第九十三話 電撃が走る➁
――図書館から現れたのは、クリスだった。
カシムはアーティファクトを盾にし、射線を切って隠れる。
「よぉロラン、久しぶりだな。元気してたか?俺は元気だったぜ。んで今も絶好調。なぜかって?二人目のバカを殺せるからなァ!オマエのことだ、カシム!!」
「貴様ァ!!銃を持っているのか……それは計算外だったな」
ロランの視線の先にはクリスがいた。
相変わらず偉そうな態度をしてそこに立っている。
確かに黒目は赤くなって、髪も伸びたが、これまでと変わらない兄弟の姿がそこにはあった。
「遂に電気の時代ですか!?やるねェ、カシム君。でも、俺には勝てねぇ」
クリスはそう言うとリボルバーをしまい、腰に帯びていた、青い紋様の入ったショートソードを引き抜く。
アーティファクトがクリスを敵と判断し、電気棍をクリスへと振り下ろす。
――が、クリスはそれを宝剣アンブリエルの一振りで真っ二つにしてしまった。
それと同時に体勢を崩すアーティファクト。
「流石ジィジ……切れ味抜群だぜ……!」
クリスはそう言って、輝く剣をゆらゆらと振る。
一方、電気がつかなくなった短い棍棒はただの棒きれでしかない。
アーティファクトはそれを放り投げ、素手で構えた。
しかし、ガシャンという動作音と共に、青い電流がアーティファクトを纏う。
「こりゃ殴られちゃまずいなァ……」
刹那、重い拳がクリスへ向かって突き出された。
「ギィィィッィイイイイイイイイ!!」
アーティファクトが全体重をかけて拳を振り抜くが、それを軽々と躱すクリス。
――その拳が空を裂いた瞬間。
カン、カン、カン――と、規則的な足音。
クリスはわずかに身体を傾けるだけで拳をいなし、床を滑るように間合いへ潜り込んだ。
「遅ぇ……!所詮は生き物を模して造られた“オモチャ”だな!!」
閃くアンブリエル。
青い軌跡が空中に残像を描き、次の瞬間、アーティファクトの腕部が浅く裂けた。
漏れ出す電流――。
だが攻撃の手は止まらない。
肘打ち、回し蹴り――そしてアンブリエルでの斬撃。
瞬きの間で三連撃。
「オファクにいるどこぞの老人より遅いんじゃねぇか……?」
クリスは余裕の笑みを浮かべ、剣を握る右手に力を込めた。
――しかし、アーティファクトは斬撃を体で受けつつ、そのまま右腕でカウンターを繰り出す。
ガァァアアアアッ――!
周囲にバチバチと青い閃光を放ちながら、空気を裂いていく。
クリスは金属製の拳を剣の腹で受け、反動で後方へ跳躍。
「良い蹴りだッ!!」
着地と同時に踏み込み、床板が割れる。
ドンッ!!
衝撃波と共に一瞬で懐へ。
クリスが繰り出したのは剣の先ではない。
柄の方だった。
鈍い衝撃音が廊下に響き、アーティファクトの体がわずかに浮く。
「まだまだ行くからねェ……ロボットの兄貴ィ!!」
続けざまに蹴り上げ。
金属板がきしむ音共に、大きく凹む。
そのまま回転し――青の残光が乱舞する。
アンブリエルが空を舞う。
――だが。
「ギィィィイイ!!!」
アーティファクトは空中で強引に体勢を立て直し、拳を叩き落とす。
上空から振り落とされる重圧。
クリスは咄嗟に剣を構えた。
――ズドンッ!!!!!!
剣を伝って衝撃が地面へと伝う。
足がめり込み、亀裂がカシムの下へと届いた。
クリスの赤い瞳が、さらに鋭く光る。
「乗ってきたぜ!!」
「吸血族の小僧……調子に乗らせておけばッ!!」
カシムはそう言うと片眼鏡を床へ捨て、シャツの腕をまくる。
ガラスが食堂に散乱し、光が散らばった。
「僕の天才的発明の神髄を……見せてやろうじゃないか!」
その頃ロランは、徐々に体が動くよう戻りつつあった。
だが、まだマチェットを握るほか体を動かすことができない。
――その、ロランの頭の中に響く声。
「オい、オ前ノ養父を殺しタバカがこコニいるんダぞ。アレノヨうニもっと暴れロ!」
「うる……さい!!」
「……オマエの本性は分かっているのダ。殺戮を楽シム仲間だろう?」
「違う!黙れ!僕はカシムを拘束し、その罪を償わせるためにここへ来た!!」
ロランが脳内で言い返す。
「何を言ってイル?お前ハ“頂点捕食者”の血を持ツ者。精神的ナ話じゃナい。特殊な獣人ナのダ。ソレに、オ前はルピナとカ言う小僧の家族を殺しただろウ?見たカ?ロデリックが死んだとき。血が沢山出テいタのを、悦んでイタハズダ――オ前自身ガ!!」
今まで獣化の訓練をしてきて、全く出てこなかったはずの“奴”がロランを狂わせる。
よりはっきり、より近くに奴の存在を感じる。
ロランの真正面に、真っ黒な何かが立っていた。
「違う違う違う違う違う!」
「いや、そうダ。君ガ成長したのと同時二吾輩も成長した。残忍で、狡猾デ、凶悪でアレ。狼とはそういウ誇り高き種族なのだ。さぁ立つぞ!俺はお前で、お前は俺。ひと暴れしようじゃないか……!!」
いつの間にか辺りは白く、ロランの世界は”奴”と彼だけになっていた。
ロランはその世界でも体が動かせず、獣を見上げる事しかできない。
「我が……時間だ……獣化――!」
“奴”がそう言い終わると同時にロランの獣化が始まり、人狼型の獣人になる。
それからさらに牙と爪が伸び、ガタイも通常時からはるかに大きくなった。
肉体はハイイロオオカミ種の獣化よりも強化され、感覚はアラビア種よりも鋭くなる。毛皮は鋼鉄になり、脚力や腕力は暴走せんと四肢の中で暴れていた。
「ガァァァァァァァァアアアアアアアア!!!!!」
ロランが叫ぶと、それまで緊張していた地下の空気全てがビリビリと震えた。
二人を相手にしていたクリスも異変に気付く。
「どーしたんだよロラン、様子がおかしくねぇか?ロラン!おいロラン!」
その瞬間、ロランはアーティファクトへ飛び掛かると、右手で頭を掴んだ。
「ゴミ屑も同然よ……!!」
左手で体を掴んで、金属でできた身体を真っ二つに引き千切る。
あれだけロランが手こずったアーティファクトは、いとも簡単にガラクタと化してしまった。
「僕の発明がぁあああ!」
そして次に狙ったのはカシム――ではなく、クリスだった。
ロランの繰り出した右手はクリスの右脇腹に強烈な衝撃を与え、そのままクリスを壁に叩きつける。
「ロ……ラン!」
クリスの叫びも虚しく、オオカミの目は虚空を見つめ、次のターゲットへと走り出している。
その姿はまるで飢えた狼そのものだった。
もう一度叫ぶクリス。
「ロラン!返事をしろロラーーーン!!!」
クリスの叫び声とロランの唸り声、そしてカシムの不規則な呼吸音だけが、この地下広間にこだましていた。




