第九十二話 電撃が走る➀
ロランが次のフロアへ進むと、そこは食堂のような場所になっていた。
中央に長い机があり、上からはシャンデリアがぶら下がっている。
机には様々な食事が並べられており、その一つ一つが見事なまでに美しく、香りもまた魅惑的だった。
上を見るとシャンデリアの光が食堂全体を柔らかく照らし出し、机の上の銀の食器やクリスタルのグラスがキラキラと輝いている。
「やっと隠れ家らしいところまで来た……かな?」
ロランが奥へ進もうとしたとき、食堂の右、壁際に置かれた謎のアーティファクトが目に入った。
それはラオへ行く途中の列車で見たものとそっくりだった――が、大きな違いがあった。
――それは頭と姿勢。
鎧兜を被っている点は同じだったが、兜の上から出た金属の耳と、兜の奥にある青い目はまるで人狼を模したような姿をしている。
姿勢も騎士のようにピンと背を張り、右手には先が太くなった三メートル大の四角い棍棒を持っていた。
さらに違うのは、背中に煙突などの蒸気機関がないこと。
これだけ強そうなアーティファクトでも、動力が無ければ動かないだろう。
「まぁ……置物かな」
ロランは必然的にそう考えた。
安心して前を進もうとしたその時――背後に何かの気配を感じて、すぐにその場から飛び退いた。
その間わずか0.2秒。
獣化せずともこれだけの反応速度を見せられるのは、才能か――それとも訓練の成果か。
同時に鳴り響く爆音。
空気が揺れ、土煙が舞った。
ロランが振り向くと、そこには動き出した騎士型アーティファクトがいた。
アーティファクトは棍棒で食事の並べられた長テーブルを叩き割り、肩を上下させている。
「これ、まさか生きている……のか?」
ロランはアーティファクトから距離を取り、二本のマチェットを構えた。
「いやいや、それは息じゃない。中で冷却ファンが回ってるだけだ」
アーティファクトとは反対方向、食堂奥の扉から声がして驚くロラン。
その声の主は、三大老――そして、ハンスを殺した吸血族三人が内の一人、カシムだった。
白衣を着、片眼鏡を掛けた長身の吸血族がロランを見下ろしている。
「カシム!!!」
ロランが叫ぶと、カシムは既に顔を知られていることへ驚いた。
「――僕がカシムだとよく分かったな。顔は一部の人間にしか明かしていないはずだが?」
そう告げるハンスの仇に、より一層鋭い視線を浴びせる。
「お前は、僕の全てを奪った……仲間も……親も……人生も!!」
ロランは姿勢を低く構え、感覚を研ぎ澄ませる。
内なる“あの男”に飲まれないよう、慎重に獣化を進める。
容赦などは必要ない。
ただ、正面に立つ男を、殴る。
――オリバーの、クリスの、ルピナの、ロータスの代わりに……!
「まさかアロンが負けるとは思っていもいなかったねぇ……後で回収しないと」
「そうはさせないさ。ロータス先輩がいる」
「――まぁ、どちらにしろ、全員をのしていくだけさァッ!!!!」
カシムは右手に黒い棒を構え、取っ手に付いたボタンを押すと棍棒に電流が流れ始める。
それと同時にアーティファクトの持っている棍棒にも青い電流が流れ始め、その先端をロランの方へと向けた。
「魔法?何だ……これ……?」
ロランは初めて見る電気に戸惑いを隠せない。
警戒するロランとは逆に、アーティファクトはどんどん距離を詰める。
ロランが先手を打つよりも先に、アーティファクトが右手を大きく振りかぶった。
「やれ。殺せ!」
ドガァアアアア!!!!!
アーティファクトの放つ一撃が椅子に当ると椅子は砕け散る。
断面は焼け焦げ、煙を吐いている。
「なるほど……とにかく触れちゃダメなわけだね?了解」
仕組みはともかく、ロランの中の何かが、その武器に触れるのはまずいと警告している。
次々と繰り出される棍棒を避け、マチェットで防ぐ。
棍棒が近づくたびに、薪が燃えるような、パチパチという音が響いた。
「逃げているだけじゃどうにもならないぞ!――僕の出る幕は無いのかなァ?」
カシムはそう言い、食卓の一番端に腰掛ける。
ロランはアーティファクトの振り下ろす電気棍を避けるので精一杯であり、二人を相手にしている余裕などない。
マチェットと電気棒がぶつかると火花が散り、電撃が周囲に走る。
閃光と稲妻が迸り、瞬く度にカシムの顔が青く浮かび上がった。
「リーチと体格のせいで攻撃を与えられない……すごくマズい!!」
ロランが、アーティファクトの大振りな一撃を回避しようと、わずかに体を捻った――その瞬間だった。
「――ッ!?」
横合いから、何かが飛んできた。
カシムだ。
食卓に置かれていた花瓶を、躊躇なく投げつけてきたのである。
完全に意識の外――回避は間に合わない。
鈍い衝撃が顔面に直撃した。
視界が弾ける。
そして――
「がぁぁぁぁぁぁあああああっ……!」
直後、追撃のように叩き込まれた電気棍がロランの脇腹を深く打ち据える。
衝撃と電流が同時に体内を駆け巡った。
この世界には電流というものは存在しない。
故に、この一撃はロランを身体的に、そして精神的に大きなダメージを与えることとなる。
ロランの体は為す術もなく吹き飛ばされ、そのまま背後の壁へと叩きつけられた。
鈍い音が室内に響く。
口の奥から、鉄の味が溢れた。
――血だ。
「……ぐ、ぁ……」
全身を、これまでに経験したことのない激痛が貫く。
呼吸をするだけで、胸の奥が軋む。
肋骨が何本か折れた――そう直感する。
だが、それ以上に問題なのは――
(……動か、ない……?声も……出ない!!)
指先に、力が入らない。脚も口も、言うことを聞かない。
まるで、自分の体ではないかのように。
焦りが、一気に喉元までせり上がる。
そんなロランの様子を――
「ははっ……いい顔だなぁ、ロラン」
カシムは、愉悦に満ちた笑みで見下ろしていた。
「素晴らしい。強制的な筋収縮による戦闘不能化。試作品にしては完璧じゃないか!ハハハ、君は少しの間動けまい」
カシムはそう言うと、ゆっくりと歩いてロランに近づいた。
黒い電気棒を逆手に持ち、眉間へと照準を合わせる。
ロランはそれを避けようにも動けない。声すら出ない。
「うぅ、う」
歯を食いしばって体を動かそうとしたが、どうしても無理だった。
「君は想定の範囲内だ。僕の発明の足元にも及ばない。執念が見えたけど……それでも足りないみたいだね……君が本気を出すのは、僕が世界を壊そうとしてるときくらいかなァ」
カシムがそう言って手を振り上げ、そのままロランの眉間を砕こうとした時。
部屋の入口の方から破裂音がした。
パァァァアアアアン!!!!
それと共に、手に激痛を感じて悶えるカシム。
「手が!誰だァ!それに、どうしてすぐに回復しない!痛い!こんな痛みは初めてだッ!」
ロランがカシムの方を見ると、カシムの手には綺麗に穴が開き、傷口からは血があふれ出ていた。
その穴を通して部屋の入り口を見ると、フードを被った一人の男がリボルバーを構えて、カシムに二発目を打ち込もうとしている。
「まずい!」
「悪いねぇ。最新技術を持ってんのはアンタだけじゃないみたいで――ちょっと電気使えたからって調子こいてんじゃねェクソ野郎!!」




