第九十一話 忠実なる家族➁
本棚の陰でマンナズが覚悟を決める。
「僕が……自分の執念で大きな一歩を踏み出す時が来たのか。カシム様のために――ここまであの御方を慕っているとは、自分でも驚いたよ」
マンナズは覚悟を決め、本棚から姿を現す。
数メートル先には両手にアイアンクローを持って、且つ獣化で爪が鋭く伸びたルピナがマンナズを探していた。
マンナズは右手にダガーを持って、ルピナの背中へ走り出す。
しかしルピナがすぐに気づき、裏拳でマンナズを吹き飛ばす。
ルピナがマンナズの飛んでいった方向を見ながら言った。
「ネタが……いや、タネが尽きたか?そんなもので俺を倒せると思うな!さぁ、ハティかアロンについて知っていることをすべて喋るんだ!」
ルピナがそう言うと、マンナズは叩きつけられた本棚からゆっくりと立ち上がった。
衝撃により体の複数個所が切れ、本棚の破片も体に刺さっている。
「黙れ!その情報は渡さないし、ここを通すつもりもない!僕が貴様をここで潰す」
マンナズがそう言い始めると、見る見るうちにマンナズの体が毛深くなってきた。
顔つきも狼に近づき、手がどんどん狼へと変化していく。
――獣化である。
それはハイイロオオカミやハティ族の人狼的な獣化とも、他の獣人のような、部分的な獣化とも違う。
目と口だけが出た、狼のマスクを被ったような姿、さらには背や尾の毛も伸びて、まるでコートを着た姿へと変貌した。
「――獣化ァーーッ!!!!」
「ここに来て獣化の覚醒か?勘弁してくれ。こっちは血が足りてねぇんだ」
ルピナはそう言うとアイアンクローと爪をマンナズへと振りかざす。
爪は毛皮で躱し、そのままマンナズがルピナの鳩尾を殴った。
ルピナが吐血する。
マンナズが一度引き、軽くステップを踏みながらマンナズに言った。
「どうやら僕の毛皮は暖かいだけじゃなかった――クソ硬くもあるようだね」
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ホッキョクオオカミの獣人――毛皮の硬質化、保温性、耐久力の上昇。
ハティの獣人――人狼化による攻撃力の向上と、速度の大幅な強化。
彼らは矛と盾であった。
だが、運命とは皮肉なもので、ホッキョクオオカミの能力はハティのそれとは上昇量がまるで違う。
疲弊したハティ種と、限界を超えたホッキョク種。
ここから先は、精神力による戦いだった。
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マンナズが拳をルピナへと突き出し、ルピナがアイアンクローでそれを遮る。
拳と鉄がぶつかり、金属音と共に火花が散った。
ルピナが肩で息をしながら言う。
「お前の毛、金属並みに硬ぇじゃねえか」
ルピナがマンナズの頭上から鉤爪を振り下ろし、マンナズはそれを受け流してカウンターへ繋げる。
マンナズの全身についた傷からは血が出て、ルピナの口や左手からは乾燥して黒くなった大量の血がこびりついていた。
何度も攻撃を当てあう二人、ギリギリで立っている二人。
互いに防御することもなく、ルピナがアイアンクローをマンナズの体に当て、マンナズが鋼鉄の拳をマンナズの体へ当てる。
「うおおおおおおお!」
「そろそろくたばりやがれ!」
互いの打撃音がバシバシと鳴り響き、互いの武器が重なった時は金属音と火花が散る。
「家族のために!!」
「カシム様のために!!」
連打を繰り出す二人はボロボロになっていたが、遂には全ての力を振り絞って最後の一撃を繰り出す。
「諦めろ手品バカァア!!!!!」 「くたばれハーフ野郎ォオ!!!!!」
全力の攻撃が丁度真ん中でぶつかり合い、爆発にも似た炎と、衝突による爆音が保管庫の中へと広がった。
二人は吹き飛び、保管庫の床へ倒れる。
辺りに煙が立ち込め、部屋が静まり返った。
周りには少し焼けた本が散らばる。
煙の中で立ち上がったのは一人。
――ボロボロになったルピナだけだった。
左頬にはマンナズの一撃をわずかに掠った跡があり、気絶したマンナズの右頬にはアイアンクローによる一撃がくっきりと跡になっている。
毛皮のおかげでアイアンクローが刺さりはしていなかったが、強烈な一撃による衝撃には耐えられなかったらしい。
ルピナはアイアンクローでわずかに相手の右ストレートをずらし、逆に自分はその内側から攻撃を当てていた。
「戦闘経験の差だ……だが……なかなか根性のあるやつだったぜェ」
ルピナはそう言うと、クリスの足へアイアンクローをぶすりと刺す。
寝ていたクリスは慌てて飛びあがった。
「痛ぇ!てめ、よくもやってくれ、あれ、ルピナじゃねぇか。敵はどうなった!……てか……大丈夫なのか?」
ルピナは朦朧とする意識の中でクリスに言う。
「奴はやった。お前は先へ進め。カシムは奥にいる――逃げる前に、早く行け!」
「バカ!喋んな!全身から血が吹きでてんぞ!!」
クリスは忠告しながら、そのまま倒れそうになったルピナを支える。
地面に寝かせると、彼は目を閉じた。
呼吸はしっかりと出来ている。
そのままキッドを起こし、二人でルピナの側へと駆け寄る。
「何してんだ。早く行け!俺のことは心配するな。クールな役回りはお前じゃ役不足だ……」
クリスは瀕死状態のルピナが気がかりだった。
――が、ルピナの言葉を胸に、奥へ進むことを決意する。
彼の貢献を無駄にしない為にも、足を踏み出す。
「行こう。キッド。そろそろクロノスの本隊も来る。治療はそいつら任せだ。俺の後ろ、頼んだぜ!」
クリスが銃を構えながら、扉へと手を掛けた。
だが、キッドが深刻そうな顔をして言う。
「そうですね。僕は残ります。ルピナさんは血が足りてません。僕の血を分けましょう。クリス先輩は一人で行ってください」
それにクリスが安堵しながら答える。
「よし、二人で奥へ進もう。罠があるかもしれねーから注意し――うぇ!?キッド残んの!?」
ルピナとキッドが当然だろ?という風にクリスを見た。
「いやいやいや、あのカシムに対して俺一人!?マジで言ってる!?」
キッドはニコリとして言う。
「先輩ならいけます!余裕っス!」
ルピナもニコリとして言った。
「まぁ俺は最悪お前が死んでもいい」
クリスがイラっとした表情でルピナを見る。
「お前マジ敵だったらボコボコにしてるからな?…....体休めとけバカ」




