第八十八話 コール・イット・マジック
クリス達が地下への階段を下りていくと、そこは貴重図書の保管室になっていた。
たくさんの本棚が壁際に並べられた、小さな体育館のような場所である。
どうやら地上にあった本は、ここから写本し直されたされたものらしい。
「広いなァ……こっからさらに奥があるのか?」
ルピナがそう言って部屋内を歩き始める。
――キィ
その時、反対側の扉が開き、従業員らしき人が現れた。
若そうな男は部屋の明かりを点け、保管庫を歩き始める。
「……?」
ルピナとクリスは顔を見合わせる。
キッドはクリスの背後に隠れた。
「おい、お前……図書館の人か?」
「図書館の人ってなんだ。語彙力がないな、君は」
「うるせぇ!ルピナは黙ってろ」
クリスがそう言うと、黒の燕尾服と茶色い蝶ネクタイを着た従業員風の男はこちらに気づいた。
「誰ですか貴方たちは!ここは重要な本だけが置いてある保管庫ですよ。勝手に入らにでください。犯罪です!」
最初は強気になっていた男だったが、男がクリスの背に背負われた大砲やルピナのアイアンクローを見ると震え出した。
キッドはクリスの後ろから出ると従業員へと近づき、男に向かって手を合わせた。
「すみません。ちょっと協力してください、何か怪しいものを持っていないかだけ調べますので」
キッドは男のポケットや服の内側を探り、武器や何か鍵を持っていないか調べるが、男は何も持っていなかった。
彼の言っていることは正しい。
カシムの手下ではなく、一般人のようだ。
「すみません。ありがとうございました。申し訳ないのですが、暫く図書館から出て行ってもらっても良いですか?」
キッドがそう言うと、男は無言で何度も頷く。
すぐさま地上へと続く扉の方に向かった。
クリス、ルピナ、キッドは男の隣を通り過ぎ、そのまま保管室の中を進んで奥の扉を開けようする。
しかし扉が開かない。
従業員の男が入って来た時、男が扉の鍵を閉めた様子は無かったはずなのに。
そこでクリスが何かに気づいて後ろを振り向いた。
地上へ向かったはずの従業員は逆に唯一の出口である扉を内側から閉め、鍵までかけている。
――彼が敵であることは明確だった。
「お前ェ、敵だな?自分もここに閉じ込めるとはなかなかの度胸だぞ」
クリスが彼を指さすと、ルピナとキッドも振り向いた。
従業員の男がポケットから小さなダガーナイフを出す。
「え……僕、彼が手ぶらなのを確認したはずですが」
「いやぁ?確認が不十分だったんじゃない?」
よくよくそのダガーを見ると、キッドが何かに気づく。
「あ!あれ僕のダガーナイフです!!」
キッドはあわてて自分の服を探すが、自分のダガーはどこにも見つからなかった。
男は得意そうに笑って続ける。
「これだけじゃないよ。僕の手にかかれば、ほら」
男はルピナのズボンにあった財布、クリスの胸に掛けてあったダガーを次々とポケットの外へ出した。
「「あ、あれ俺の!」」
クリスとルピナが慌てる。
従業員の男が黒髪をかき上げると、色が変わっていく。
――雪のような白色に。
「というわけで、ここはこのマンナズが通しません」
マンナズはそう言うと、白髪からぴょこりと犬耳を出した。
さらに燕尾服へ一瞬手をかざすと、黒かった服が真っ白に変わり、ネクタイも毒々しい赤色へと変化する。
「実は僕、ホッキョクオオカミの獣人なんだ。この小さい耳がチャーミングだろ?」
マンナズがそう言いながら、さらにポケットから何かを出した。
出て来たのはボタン。機械のボタンだった。
「カシム様はさ、ブルート様とあまり仲良くなくてさ……自由な考えの持ち主だったんだ。俺や人間のアロンを育ててくれた。好きなことをするのがモットーだぜ」
そこでマンナズがボタンを押す。
するとキッドがガクンと倒れた。
上から糸で吊るされていた人形の糸が切れてしまったかのような、急な気絶。
そのままキッドは目を閉じ、床に伏せる。
「キッド!大丈夫か!」
クリスとルピナが駆け寄る。
マンナズがボタンを見つめながら、焦りを見せるクリス達に言った。
「心配するな。僕たちの目的は君、クリスだ。君の機嫌を損ねるようなことをしたくない。彼は強睡眠薬で寝ているだけ――」
マンナズはそう言うと、ポケットから小さなアーティファクトを取り出して二人に見せる。
それはクリスがラオへの列車の中で見た、小型の飛び回るアーティファクトそっくりであった。
「この球体の中に薬が入ってる。それが君たちの胸元で……boooooom♪」
マンナズはそう言うと、再び右手に持ったボタンを押した。
ルピナが身構える。
しかし次の目標はルピナではなかった。
クリスがガクリと膝を付いて倒れる。
「おい金髪バカ!何やってんだ。起きろ!」
ルピナが倒れたクリスの肩を掴んで呼び掛けるが、全く返事がない。
マンナズがさらにニヤリと笑ってもう一度ボタンに手をかけた。
「君たちとすれ違ったときに胸ポケットへと入れておいたんだ。すごいだろ?魔法みたいだろ?」
そしてマンナズが三度目にボタンを押す。
ルピナは胸元から、何かガスのようなものが出てくるのが分かった。
「くそっ」
ルピナの頭はだんだんとマヒしていき、視界もぼやけていく。
「そうだ。寝るんだ。そのままカシム様へ突き出してやるよ」
遂にルピナも倒れ、三人共床に伏してしまうこととなった。
マンナズがルピナに近づいて、ルピナの狩人帽を取る。
そこでマンナズがルピナの正体に気づいた。
「――こいつ、まさかハティ一族の生き残りか!?危なかったッ!!」
ルピナの頭に生えた黒と白の耳は、マンナズにとって初めて見るものでありその正体に驚く。
そんな事を気にしつつも、何とかクリスを引き摺ってカシムの元へ連れて行こうとした時、ルピナが急に呻き始めた。
「うぅ。クッ」
マンナズは麻酔薬入りの睡眠剤を使ったはずだったが、ルピナは唇を噛んでギリギリ意識を保っている。
「ハティの力を……舐めるな」
「流石だな。五グラムで象が寝るような麻酔だぞ――」
唇からは血が流れ、目は片目だけ少し開いているが、襲い来る睡魔がルピナを逃がさない。
それを見たマンナズは、冷徹にも拳を振り上げる。
「ま、どうせギリギリだ。これで終わりだよ」
マンナズはそう言うとルピナの顔を思い切り殴った。
バチンという鈍い音と共にルピナの鼻から血が流れ始める。
マンナズはクリスの方へ向き直り、彼の回収を進めた。
「……ッ!!」
これでダウンを取ったと思ったマンナズだったが、予想に反してルピナは睡魔に耐えていた。
「ここで、負けるわけにはいかねぇんだ。ロランの表情から察するに、おそらくおじさん達に何かあったのは確かだろう。それを聞くためにも、いや、ロランを助けて、オリバーの仇を討つためにも、ここで負けるわけにはいかねぇんだ!!!」
ゆらりと立ち上がるルピナ。
左腕に付けているアイアンクローで、右腕の内側へ傷をつけ始める。
勿論、刃が通った場所からは大量の血が流れだした。
刃は皮膚を裂き、三本の赤い線が右腕を縦断していく。
マンナズは振り返り、三度目の驚きを見せた。
「コイツ……狂ってんだ。僕は復讐という感情を理解したことがないけど、これで理解した!!復讐とは、こんなにも歪んでいるものなのかァ!」
マンナズは髪をクルクルと弄り、興奮した様子でルピナを観察する。
痛みと根性でルピナが目を覚まし、コートを脱いで、息を切らしながらマンナズと相対した。
「ほーう。やるじゃん。こっちもマジック無しで戦わないといけない?」
マンナズはそう言いながらルピナへ右の拳を振り抜いたが、ルピナはそれを難なく躱す。
「馬鹿野郎。獣人族の中でハティのスペックは圧倒的に強いんだぜ。おじさんは族間で二位と言ってたなァ」
ルピナは既に大量の血を流しているのにもかかわらず、その反応速度はマンナズの比ではなかった。
マンナズは力を込めたこぶしに体幹を取られ、つんのめってルピナとぶつかる。
しかしルピナは全く体勢を崩さず、むしろマンナズの髪を掴んだ。
「お前、マンナズって言ったな。ハティ一族のことを知っているのか?」
ルピナがそう聞くとマンナズは笑って答える。
「ノーコメントだ。それより、自分の心配をした方がいいんじゃないか?」
ルピナはそれを聞き、当然何を言っているんだと困惑したが、すぐにその異変へと気が付いた。
――いつの間にかルピナの両手へと、銀製の手錠がしてあることに。
「いつ、何だ……これっ!」
ルピナが驚いてマンナズの髪を離す。
ルピナの手に付けてある手錠は銀製で、丁寧に南京錠まで付けてあった。




