第百八話 金属が降る砂漠の謎➁
部屋の中央に置かれたテーブルには十人の役人が座っている。
その一番奥には筋骨隆々の元軍人、現警察長官白髪の吸血老人エクス。
さらにその後ろには副官である、容姿端麗な女性吸血族アオイが控えていた。
人間族の英雄として名高かったエクスも、結局は吸血族の力と永遠の命を欲した。
つまり、戦争での功績を称える褒賞として、ゼリクの血を吸収したのだった。
「で、結局その件は検挙できたのか?」
エクスの問いに高官らしき男が答える。
「いいえ、エクス様。ですが……」
「大丈夫、大丈夫だ。そう慌てるな」
エクスは焦る男をなだめるが、その目には明らかな苛立ちが見えている。
彼は席を立って男の元へ行くと、その資料をふんだくって読んだ。
「ほうほう。君は新人で、一般吸血族の期待のホープと――」
新人はガチガチと歯を鳴らしながら震えていた。
「待て待て、俺がお前を殺すように見えるか?そんな冷酷じゃないだろ、俺は」
エクスがそう言うと、男はほっとした表情になる。
どうやら処刑は免れそうだった。
エクスは資料をアオイに渡し、仕事をそのまま引き継ぐように言い、それからまた喋り始めた。
「なぁお前、蒸気機関の第一人者サイラス技師は、死刑になったことを知っているか?」
男は首を振って“いいえ”を示す。
「そうか。サイラス技師は別に人を殺したわけじゃないし、人を騙したわけでもない。なんでこんな最期を迎えたか分かるか?」
男は目を泳がせ、少しして答えた。
「秘密を知りすぎた……から?」
エクスはそれを聞いて感心したが、すぐに人差し指を横に振る。
「残念。だが良い線いってるじゃないか。正解は、俺の部屋でおならしたからだ。いやぁ、あの時は色んな人に怒られたよ。流石にあいつは殺すなってなァ」
男は訳が分からないという風にエクスを見た。
「え、面白くない?面白いだろ。おならだぞおなら。ほら、笑えよ」
エクスが満面の笑みを向けると、男はハハ……と乾いた笑みを浮かべる。
しかし会議室の中は彼以外、誰一人笑っていなかった。
すると暫く笑っていたエクスが机に腰掛け、真顔になって言う。
「まだ分かんねぇのかゴミ屑。おならで殺された奴がいるのに、俺の手を煩わせて生きている奴がいると思うのか?気づいたらすぐ謝るだろ、普通」
それを聞いた男の顔は一気に青ざめる。
「は、え、あ、も、申し訳ございませんでした!この度は私のふて、不、際であ、ああ」
男がエクスの顔を見ると、その目は既に人を見る目ではなかった。
「連れてけ、豚の餌だ」
エクスの指示と同時に会議室の入り口を警備していた男達が両脇を抱え、しくじった若い役人を椅子から引きずり下ろす。
「いやだ、いやだ!助けてくれ!あぁ、嫌だぁあああああ」
男は入り口まで引きずられ、バタンという扉が閉まる音と共にその姿が見えなくなった。
男が部屋から連れていかれると、会議室の中は一気に静まり返る。
その中でエクスが歩いて自分の席に戻り、皆に言った。
「さ、続けよう。二課からだっけな」
♢
クリスは岩陰から、辺りに誰かいないかと周りの様子を窺う。
「どこからこの鉄くずが降って来たかだ。空からとしても上には何もない。自然発生?そんなわけがない」
クリスはアレックスにここで待っているよう言うと、一人砂漠へと歩き出した。
何もない、だだっ広い砂漠の中、空中に金属が発生するのを待つクリス。
――しかし、何も起きなかった。
クリスはバイクに近づきヘルメットを回収すると、再び岩陰へ戻ろうとする。
その時、クリスの視界に何か光るものが映った。
「まずい、来やがった!!」
クリスは咄嗟に除け、ギリギリで衝突を避けた。
降って来たものはドンと大きな重底音を鳴らして地面にめり込み、砂埃を巻き上げる。
思わずむせるクリス。
砂埃の中、クリスは防砂ゴーグルをして落ちたものを確認した。
「な、なんだ、これ」
それは、およそ三メートルもある巨大な鉄骨であり、とても人間の力では投げたりすることはできない代物だった。
クリスが砂埃の中でそれを見ていると、不意に空から何かの気配を感じる。
クリスはそちらを向いたが、その時は既にそれが目の前に迫っていた。
それは空から降って来たであろう鉄の鉤爪。
クレーンの先についているような巨大な鉤が目の間に迫っていた。
クリスはそれを避けることができず、左手に鉄の塊が衝突する。
――ブチッ
鈍い音と共に肉が引き裂かれ、左手を全て砂の中へ持っていかれた。
それと同時に、途轍もない衝撃で地面に叩きつけられる身体。
腕から先が千切れ、血みどろになった上半身。
「がぁあああああ!!!」
再生能力があるとはいえ、左手を失った痛みは想像を絶するものだった。
「ハァ、ハァ、いや、ラオの時と比べればこんなもの!」
それでも自らを奮い立たせて立ち上がるクリス。
「大丈夫か!クリス!叫び声が聞こえたぞ!」
アレックスの声が聞こえる方にゆっくりと進むと、最初に隠れた岩が見えてくる。
クリスはそこに転がり込み、アレックスへ状況を伝えた。
「左手は、持ってかれたが、25分あれば戻る。ハァ、分かったぞアレックス。敵はいる。これは攻撃だ。上空からの……攻撃だ!」
「そんなことより、止血と消毒を!砂を巻き込んだまま回復してしまったらどうするんだ!」
アレックスが腕を水で流し、包帯で汚れと血を拭き取る。
「がぁああああああ!!!」
痛みに絶叫するクリス。
しかし、その目は勝ちを確信し、相手の息の根を止める準備ができた目だった。
「アレックス、おそらく奴はフィシニアにいる。フィシニアの鉄塔の上だ。二百メートル以上はあるだろう鉄塔の上から、建築材料をここへ落としているんだ」
「そんな芸当をやってのけるのは吸血族くらい……刺客だな?」
クリスは腕を包帯でぐるぐる巻きにすると、すぐさまバイクとの距離を測る。
「そう……吸血族と給水塔がこの不思議な現象を可能にしている。種が分かればこっちのもん。行くぞ、アレックス、塔の真下まで行く。近づけば近づくほど奴の攻撃は当たりやすくなるが、こっからは技術勝負だ」
「えー……またバイク乗るのー?」
「我がまま言うな!!乗るぞっ!!」
「はいはい、王子様ー」
♢
薄暗い部屋の中で、エクスとカシムがテーブルに座っている。
会議が終わり、静まった部屋に二人だけ。
「良いか?エクス」
「はい。承知いたしました。本部を強襲するということですね。勿論大丈夫でございます。賊徒を一網打尽にしてください。カシム様」
カシムは赤い液体の入ったワイングラスを口へ運び、そのドロドロとしたものをぐいっと飲み干した。
「美味だな。10歳以下北方種じゃないか?これ今度僕にも教えてくれ。」
カシムがそう言うと、エクスは愛想笑いを作る。
「素晴らしい……正解です」
そしてエクスは腕時計をちらりと見ると、長机から立った。
「では、私はお先に失礼します。また会議が控えているので」
エクスが部屋を後にし、カシムが一人になった。
カシムは苦い顔をし、拳を握りしめる。
「今度こそ僕の発明で仕留めて見せる。ロランとやら、アレンを返してもらおう――ステティア掃討作戦だ」




