第百九話 金属が降る砂漠の謎➂
バイクに跨り、スカーフで口を覆ったクリスが前方を指さす。
「敵がいるのはおそらく一番手前の鉄塔。近くまで行けば、バイクは乗り捨てるしかねぇな。お前はそこで待ってろ。俺が守ってやるから、いいな?」
砂漠からバイクを走らせ、かなりフィシニアにまで近づいたクリスとアレックス。
依然、敵の姿は見えずとも攻撃の手は止まなかった。
フィシニア市街への入り口には、掘削機や取水機のついた鉄塔が待ち構えている。
それが見えると同時に、アレックスの視界に何かが映る。
「まずいクリス、また来たよ!10メートル先1時の方向、30メートル先10時の方向!」
空を見上げるアレックスが鉄塊の落ちてくる方向を示し、クリスがそれを避ける。
「了解!続けてくれ!」
クリスはそう言うと右手だけでハンドルを切り、攻撃を避けながら進む。
疾走するバイクの横に次々と落ちてくる塊。
それは鉄パイプや鉄鋼だけでなく、木の板や、アルミ製のワイヤーなど様々だった。
「次は真正面12時にすぐ落ちる!」
「了解!」
クリスが思い切りハンドルを切るとバイクが地面すれすれまで傾く。
オフロードタイヤで砂が巻き上げながら、落ちてくる鉄塊を見事に避けた。
正面に投げられた鉄の塊はバイクの右すれすれに落ち、衝撃でクリスとアレックスの体を震わせた。
「あと少しだクリス!そのまま街へ!!」
「行っけぇぇえええええ!!!!」
クリスはそのままスピードを上げ、すんなりとフィシニアの街へ入った。
荒廃した町と誰もいない家屋に響くエンジン音。
暫く進めば人の住んでいるような中心街があるのだろうが、ここら一帯はあまり人が来ないらしい。
クリスはそのままバイクを脇に止め、降りていくつかの鉄塔を見上げる。
「ほらどうした、投げて来いよ!!」
クリスがそう叫ぶと、真北にある鉄塔の上から何者かが下を覗いた。
「バカ野郎。クリスを覗いた時はクリスもまた覗いてんだよ」
「何言ってんだ……君」
クリスは右手だけで鉄塔を登り始め、屋上にいるであろう刺客の元を目指す。
損傷した左手の回復量は約60%。既に肘のあたりまでは伸びていた。
鉄の柱に右手と足を掛け、着実に登るクリス。
しかし、敵にとって最大のチャンスであろう今、相手がなぜ攻撃を仕掛けてこないのか疑問に思った。
「チッ……どこ行ったァ?」
その瞬間、当然の如くクリスの頭に浮かぶもの。
それは「罠」。
クリスをまんまと嵌め、確実な一手を下すための罠。
しかし、だとしたらどういう罠なのかは見当もつかない。
そんな疑念を抱きつつも鉄塔を登るクリス。
やがて鉄塔のほとんどを登り終える。
ふと後ろを振り返ると、フィシニアの街並みがまるでミニチュアのように小さく見えるほどの高さに到達していた。
風はクリスの恐怖を煽り、一度手を滑らせれば即死の高度に足が震えるクリス。
「あと一歩で――よっと……これで、頂上――」
そして遂にクリスが鉄塔を登り終え、右手を頂上の鉄板に乗せた。
クリスは片手で体を引き上げ、超高層鉄塔の頂点に辿りついた。
そこはほんの小さな足場となっており、金網で作られた不安定な足場からは地面が見えている。
そこでクリスが目にしたものはただの案山子だった。
刺客ではない。
――騙された。
そう思ったとき、後方にある鉄塔から声が聞こえて来た。
「クックックッ。ざまぁねぇな。クリス君。やっぱり殺人鬼は所詮殺人鬼。警戒しろと警察から言われたが、クリス君もただの気が狂った一般人だった」
クリスがそちらへ向くと、彼が立つ取水塔の隣にある少し高い給水塔の上に、全身を砂色のスカーフで包んだ男が立っていた。
その瞬間、風が吹いてクリスの足元がぐらつく。
取水塔はグラグラと揺れ、きしむ音が恐怖を掻き立てる。
「俺は対テロ機動班所属、優生吸血族組織のミラーだ。政府の人間だよ。賞金稼ぎなんかじゃない。政府の為、いや、優生種吸血族の為に、お前を殺しに来た」
地上数百メートルで睨み合う二人。
互いの髪やローブは風になびき、鉄塔は笛を鳴らしながら揺れていた。
クリスが右手で腰のリボルバーを出し、ミラーへと構える。
しかし、ミラーは逃げるだろうと予想していたクリスの考えとは反し、近くにあったバルブに手を置いた。
銃を知らないミラーにとっては得体のしれないであろう、“ハンドガン”が怖くないのか?
クリスがそう思った時、ある予想がクリスの中で立つ。
そこまで来て、やっとこれまでの攻撃の意味に気が付いた。
退くに退けないクリスはリボルバーを握りしめ、ミラーを睨む。
クリスはミラーに、苦い顔を向けて言った。
「お前の狙いは俺をここに呼ぶこと。あの鉄塊も含めて一つの策……違うか?」
「あれ?今頃かな?おじさんの方が頭が柔らかかったんだね」
「ここに来るまでに降って来た鉄塊も無作為に落としたもので、俺を狙ってやったんじゃない」
「まぁ、当たればいいとは思ってたけどねェ」
「すべては俺をここに招き、塔ごと崩壊させて、その瓦礫の中に俺を封印するために――!!」
クリスはいつ足元が崩れても良いよう、腰をかがめて重心を下げる。
「砂漠に放り投げられていたのは……今俺が立っている鉄塔の大事な支柱やネジ。そしてお前がそのバルブを捻って放水すれば――」
「地上に落ちる水はその脆くなった塔を直撃してあっという間に鉄塔を飲み込み、崩壊していく塔の中に君が閉じ込められるってわけだねェ」
「まんまとやられたよ」
ミラーはクリスの表情を見て、満足そうに呟いた。
「国の為に正義を執行する――」
ミラーがバルブを捻ると、給水塔に溜められていたフィニシアの生活用水が一気に放水され、その濁流がクリスのいる鉄塔へと襲い掛かった。




