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異世界転生2257  作者: 自彊 やまず
第六章 ルバモシ王家過去編
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第百三話 異世界に呼び起こされたもの➀

 それから約一年。


 ハンスたちは再起の計画を進め、アダムとクリスの教育に力を注いでいた。


 リリィはただ一人、吸血症の研究に没頭していたが――どれだけ探しても、治療法は見つからない。


 その事実だけが、彼女の心を少しずつ、確実に削っていった。





 研究室の中で一人、シャーレの中の透明な塊を顕微鏡で覗くリリィ。

 かつて細胞だったものが、冷凍室から出すと全て形を保てずに溶けていくのを見て絶望する。


 もう何度も顕微鏡を覗いているが、その結果は同じだった。


「そんな……治療細胞も死滅している」


 予想はしていたものの、二百年という時の流れには逆らえなかった。


 リリィは顕微鏡を避け、そのまま机に突っ伏す。

 机には大量のシャーレとタブレットが置いてあり、それぞれのタブレットには化学式や数式が書かれていた。


「……」


 静まり返る研究室。

 そうして思考を停止していた時、不意にタブレットから通知が鳴った。


 気づいたリリィがそれを手に取ると、リリィによりロシア語設定された画面の上部に、“記憶反映治療の研究データが未更新です”と表示されている。

 リリィはその療法に聞き覚えがあり、内容を記憶の底から掘り返した。


「これは確か――もし記憶喪失になった時のために自分の記憶をデータ化しておいて、記憶喪失後に脳へインプットさせる技術。まだ実用化には程遠く、日本では二例だけしか記憶をデータ化できなかったはずだけど」


 彼女はその通知を押すと、二人の少年少女のデータが表示される。


 脳細胞が人より強く、賢い少年。

 英語を読み書きできる少女。

 高校生で終わったその人生。


 恐らくこのタブレットは二百年間、誰にも気づかれることなく淡々と通知を発し続けていたのだろう。

 記憶データの最終更新日が2063年1月になっていた。


 そこでリリィが一つの案を思いつく。


 自分を治療できない今、ゼリク殺害の復讐を進めるべきでは?と。

 この記憶を使えば、二百年前の知識が得られる。


 (いにしえ)の本を集めれば、彼等はその言語が分かる。


 冷戦時からずっと常にロシア語のみを使っていたリリィにとって、英語を使える人物は喉から手が出るほど欲しい者であった。


「――小瀧夏。彼女がそうなのね」


 リリィはすぐさまデータを液体へ移し、それを注射器へ入れる。


 記憶反映の方法は一つ。注射器を右耳の裏から打ち、脳に直接記憶を見せること。

 成功例はゼロだったが、全てをこの研究へ掛けることにした。


 一応、佐藤雄志の分も作り、机に二本並べて置く。


 さらにその隣にノートを作り、(いにしえ)の知識が武器となりうること、注射器の使い方、小瀧夏と佐藤雄志の特徴。

 その上、自分の医療知識と、記憶を反映されたものが吸収した兵器や化学の知識が合わされば、全てが上手くいくはずだと。


 赤字で、第五紀言語で書いた。


 そして、このメモが――。





 ふとランファンが廊下を歩いていた時、研究室から光が漏れているのが見えた。


 研究室の中には誰の影もない。

 机の上に置かれた不思議な光る板が気になって中へ入ると、そこには注射器二本と、雑に書き殴られたリリィのメモが置いてあった。


「何だこれは」


 ランファンが注射器を手に取り、メモを横目にピストンを押し出すと、注射器の中の液体が少しこぼれてしまう。


 その瞬間に開く部屋のドア。

 部屋に入って来たのはリリィだった。


「何をしているのですか?」


 睨む彼女にランファンは苦笑いし、注射器を体の後ろに隠して答える。


「いやぁ、これすごいなって。タブレットって言うのかぁ。ただ見ていただけだぜ」


 ランファンはリリィの視線を請けながら、じりじりと壁を背にそのまま部屋を後にした。

 足音が徐々に遠ざかり、部屋には静寂が戻った。


 リリィはデスクの椅子に腰掛ける。


 無機質な実験室。


 壁には数々の古い図面や付箋が貼られ、過去の試行錯誤の痕跡が浮かび上がっている。

 柔らかな光が部屋の中をさまよった。


 リリィは、一人机の上の何かを探す。


「あれ……?ユウジ型の記憶反映剤を作らなかったかしら?」


 彼女はパソコンを開き、もう一度雄志の方の記憶反映剤を生成し始めた。





 一方のランファンは、注射器を見つめながら無言で廊下を歩く。

 頭の中ではメモに書いてあったことを復唱し、注射をどう使うか考えていた。


“第四紀の知識を使えれば古代兵器が使える、か。あの野郎……何を考えているんだ?“


 彼女は腕を組み、窓から見えるジャングルを眺める。


“ともかく大事なのは、これを誰に打つかだ。最も良いのはライか?戦闘能力もある。でも、老い先の短いジジィが使ってもな“


 ランファンは誰もいない廊下の角を曲がり、自分の部屋に入った。


 ルバモシ残党一同は始め、中央棟にある大避難所で過ごしていたが、リリィが病室棟の鍵を見つけたことで、それぞれの個室に移っていった。


 ランファンが手をかざすと自動でドアが開き、部屋に入ってしまうと勝手にドアが閉まる。

 現代の技術では再現できないであろうこの建物は、いつになってもランファンには慣れなかった。


「おかえり!!」


 部屋には丁度七歳になったアダムが来ており、今日の昼食をテーブルの上に置いているところだった。


 そこでランファンは考えた。


――この将来有望な少年が、例の古代武器を身に付ければ、訓練次第でルバモシの戦力になるのではないか。


 ランファンは扉の前に立ち、こちらを見つめるアダムに言う。


「アダム、もし、ルバモシのために戦う時が来たら、一緒に戦ってくれるか?」


 ランファンがそう聞くと、アダムは乳歯の二本抜けた笑顔で、真剣に答えた。


「僕ね、あんまりね、王国には興味ないかも。王族だから命も狙われるしね、国王じゃないから好き放題もできないの」


 アダムはそこで一度俯き、そしてもう一度話し出す。


「でも、ビサの国の王様は憎いよ。僕の故郷を滅茶苦茶にして、おばさんだって今生きてるかどうかわかんない。だから、そいつを倒すためなら、僕は戦いたい」


 その目には、確かにゼリクへの憎しみが宿っていた。

 ランファンはごくりと唾を飲み込む。


 こいつなら、ルバモシ復興の一番槍となれるかもしれない。そう思った。


「アダム、少し後ろを向いてくれないか」


「うん?いいよ。どうかした?」


 ランファンが注射器を取り出し、アダムの右耳の裏に針を当てる。

 そしてランファンは躊躇うことなく、一気にその中身を注入した。


「ぎゃああああああああああああ!」


 それと同時にアダムの叫び声が病院中に響く。

 この一瞬に、アダムには何年もの記憶が脳内に流れ込んでいるのだろう。


 アダムが苦しむさまを見て、ランファンはルバモシ復興へ一歩近づいたと、静かに興奮していた。

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