第百四話 異世界に呼び起こされたもの➁
アダムの叫び声を聞いたハンスが声の出どころへ行くと、部屋にはランファンと、苦しむアダムの姿があった。
アダムは床へ倒れ込み、ランファンはその頭を撫でている。
「どうした!アダムは無事か!」
ハンスの後すぐにライが着き、リリィもライとほぼ同時に部屋へ来た。
「あぁ、心配するな」
ランファンがにっこりと笑って答え、アダムを立ち上がらせようとする。
その瞬間、アダムの頭がガクンと下がり、うなじがリリィ達の方へ向けられた。
そこでリリィは、アダムの耳の裏に注射痕があることに気づく。
「これ、まさか」
リリィは雄志の注射を一本失くしたことを思い出す。
「まさか、記憶反映剤を――?ランファンさん、注射器を一本盗みましたね?」
ハンスとライは何のことかわからないという顔をしていたが、ランファンの額に汗が浮かんだ。
だが、彼女は口角を上げ、興奮した様子で話す。
「あぁ、使ったよ。ルバモシの為なら何でもするさ」
その瞬間、リリィが焦りを見せた。
「それはまずいですよ。この研究、成功例はまだ一例もないんです。すぐさま治療しなければ」
しかしランファンは冷静にリリィを睨み、逆に返す。
「じゃぁ、アンタは何をしようとしていたんだ。この薬を使って、自分だけの帝国を築こうとしたんじゃないのか?第四紀の記憶を使えば、最強の兵士が生まれる、それでこの薬を作ったんだろう?おい、ハンス、ライ。アダムにその薬を注射した。喜べ、一歩ルバモシの復興に近づいたぞ!」
ランファンがそう言った時、ハンスはほぼ本能的にランファンの頬を叩いた。
「何をしているんだ貴様ァ!」
ランファンはアダムに添えていた手が離れ、床にへたり込む。
ライはこれまで共に生活してきて、ハンスが声を荒げるのを初めて聞いた。
「お前は何てことをしたんだ!この子の未来を奪ったのだぞ!しかも苦しみと共に!分かっているのか?答えろ!」
ハンスがすごい剣幕で怒り、ランファンを怒鳴った。
ランファンは悪びれもせず、ハンスに言い返す。
「私はジョージ王の為にすべてを捧げる。ルバモシを復興するためならアダムの犠牲なんて何とも思わない。お前は忠誠が足りてないんじゃないか?」
その挑発的な物言いに、ハンスはもう一度手を挙げそうになったが、一度冷静になって拳を下ろした。
「ともかく、金輪際お前はアダムに近づかせない。絶対にだ!!お前には人として大切な――根本的な何かが欠けている」
ハンスはアダムを連れ、麻酔や治療薬を持ったリリィと共に自室へと駆けて行った。
♢
そして二つ目の過ち。それはランファンがハンスの寝首を掻きに来たことだった。
ライとリリィはこの場にいなかったため詳細を知らないが、途中で気づいたハンスが返り討ちにしたらしい。
翌朝には一人ルバモシ残党が減っていた。
♢
三つ目の過ち。
アダムに過去の記憶が定着する。
これによって反映剤が成功すると確信したリリィは、早朝に行動を起こす。
クリスに男である“雄志”の記憶反映剤を打ち、もう一つ“夏”の反映剤を持って国際病院から抜け出そうとした。
滅びた王国の国王であるクリスであれば、彼を擁立して、傀儡政権により大きな権力を手に入れられると考えたのだ。
しかしそれも失敗。
玄関から泣き叫ぶクリスを抱えて出ようとしていたところライが矢を放ち、リリィの右足を貫いて阻止した。
それでもリリィは自力で矢を抜き、すぐさま傷口を塞いで、クリスを置いて単身で逃げることに成功する。
そうして最後に残されたのがライ、ハンス、アダム、クリスだった。
静まり返った病院のフロントにて、気絶したクリスを抱きかかえたハンス。
彼は怒りに満ちた表情でライに言った。
「ライ、私は帰ってクリスとアダムを育てる。ルバモシとは無縁にね」
ライはその一言に驚いた。
ジョージと最も関係の深いハンスが、そのようなことを言うと思ってもみなかったのだ。
「私はどうやらこの子らに情が湧いてしまったようだ。それに、実は大臣になった後でも常々思っていた――昔の純粋だったころのジョージ、ハンスに戻りたいと」
「ジョージ国王……ハンス殿」
「私たちの友情はルバモシという国に消された。だから、この子達には……自分たちの選ぶ、好きな未来を進んでほしい」
しかしそこで、アダムが間に入る。
「僕は、クリスとは一緒に行かない。ゼリクを倒す。嫌だけど……もう後戻りできない」
まだ小さいアダムは、ライの側までぽてぽてと歩いて行った。
それを見たハンスは残念そうに「これもまた選択」と呟く。
そして、ライにこれからどうするんだ?というような顔をした。
ライは少し考え、アダムとハンスを交互に見る。
「私はルバモシを再興する。やはりクリス様を王にしてルバモシを再建したい。これは、偉大なるジョージ前国王が最後に願ったたった一つの願いを叶え、このライ・ナスギの忠誠を示すためにすることだ。国は滅びても、私はルバモシの家臣。いついかなる時も国王様の僕となるだろう」
ハンスはそれを聞き、俯いて言った。
「そうか、じゃあ、クリスが13になるまで、待ってくれ。その時にお主へ手紙をやる。その時に会ってクリスが国王を望めば、もう一度私もルバモシに手を貸そう」
ライはそれを聞き、頷いて言った。
「前ジョージ王の右腕に言われちゃぁ、断れませんな」
それを聞くと、ハンスはクリスを抱えたまま国際病院を出ようとする。
しかし馬が三匹しかいないことに気づく。
――リリィが一匹使ったのだろう。
「あぁ、ライ、君は今すぐに向こうへ帰るのか?そもそも帰れるのか?」
それを聞いたライは、にっこりとして言った。
「ちょっとアダムに稽古つけてから帰るとしよう。向こうはここみたいにエアコンもないから、不便だしな。それに帰ろうと思えば、アダムが帰り方を知っている。せっかく古の知識を得たのだからな、活用してもらわねば」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それから再び月日は流れ、クリス13歳の年。
もし何かあった時の備えとして、ハンスはライへの連絡手段を作っていた。
古代の遺物であるアルマトストーンへクリスの指紋を認識させ、クリスが触れることで革命軍へと情報が流れる。
こうしてライはハンスの死を知ったのだ。
「ハンス。貴殿のことは絶対に忘れぬ……見事な臣下。国の臣下ではないが――クリス様の唯一の忠臣であった」
ライは密かにクリス、ロランを探し、クリスが吸血族系の犯罪組織に入ったことを知った。
直接接触するとハンスのように殺される可能性があったため、ライはクリスを陰ながらにサポートすることにする。
革命軍の象徴である金の三角マークが入った布をこっそりと持たせ、団員であるルーシーに尋問でそれを見つけさせる。
そして、クロノス教でリリィを監視していたルーシーにクリスを預けた。
その間、アダム達はラオ反乱軍含む反政府勢力へ資金を流し、じっくりとビサへの反撃を狙っていた。
――というのが全てのシナリオだった。
「まぁ、クリス様のブルート撃破や、ラオでのゼリク急襲は想定外だったがね」
ライはそこまで言うと、時間が止まってしまった様に静まり返った講堂で、一人煙草の火を点けた。




