第百一話 出航
途中エクス軍に追われながらも南端へと辿り着いた三人。
彼らの前には、錆びついてボロボロとなった船が現れた。
帆も波風にさらされて劣化しており、もっと良い船があったのではないかとランファン、ハンスが話すが、そんな贅沢を言っている暇も無い。
「心もとないですが……これに乗るしかないですね」
「そうだな――待て、ハンス。ライが来たぞ」
ここでライがハンス達に追いつき、息を上げながら彼らの前で止まった。
「陛下は、ご無事か?――大丈夫そうだな」
クリスはすやすやと寝息を立てている。
ランファンは彼を抱えたまま頷いた。
「行こうぜ、あの船に乗るっきゃねぇ」
よく見ると、甲板には怪しげな若い女性が立っていた。
恐らく彼女がリリィなのだろう。
彼女が三人に気づくと、上品お辞儀をして見せた。
三人は船に乗り込み、すぐさまルバモシを離れる準備に入る。
大臣の三人は自己紹介を後にして、黙々と作業を始めた。
もはや彼らは、互いに互いを信用するしか生き残る道はないのだから。
リリィは目を閉じた小さな国王に会釈すると、周囲へ聞こえるように言った。
「この方がクリス王ですね。私、カムチャツカ・リリィは前国王からお話を聞いております故、何なりとお申し付けください」
リリィは船のエンジンを付けながら、簡単に自分が何者なのかを説明した。
「皆様、私はクロノス教教祖、リリィと申します。先代ジョージ王から、教団の資金を使い、クリス様が再び国王になられるまで補佐するよう命ぜられました。これからよろしくお願いいたします」
そうして彼らは、リリィによって船の奥へと招かれた。
船のエンジンが本格的に動き出すまでの、わずかな時間。
ハンスは船室でジョージからの指示書を最後まで読み、あとはリリィに任されていることを知る。
そしてリリィに行き先や計画を聞くと、リリィからある程度の説明があった。
リリィによると身を潜める場所は“旧日本”という場所であり、大陸東端の島らしい。
♢
「ジャパン?聞いたこともないぞ……本当に大丈夫なのだろうか」
ライは本当にそんな場所まで行けるのかと不安になっていた。
ライは皆と別れて自分の船室に入り、巾着にあったジョージからの手紙を出す。
中にある四枚の内から、自分に向けられた一枚をテーブルに広げた。
揺れる船の中、弱い光を放つカンテラの下で、前屈みになって一文一文読み進めていった。
力の籠り、武骨でありながら綺麗な字。
職務中は気が付かなかったが、まさにジョージの性格そのものというような字の書き方が、ライの口角を少し上げる。
静かに、ゆっくりと時が流れた。
ライは最後の一文を読み終え、椅子に座って、背もたれにどっしりと体重を預けた。
僅かな期間ではあったが、共に修羅場を乗り越え、かつ最も尊敬する存在からの別れの言葉は、ライの胸に深く、重く沈んでいった。
♢
ライは暫く余韻に浸ると再び甲板へと戻り、鼻水を拭いながらハンス、ランファンとリリィに話しかけた。
どうやら何か揉めているらしく、なぜかランファンが困った顔をして誰かに話しかけている。
「どうして付いて来た!駄目だ。君はここにはいられない。今すぐ帰るんだ」
ランファンの向く先には、まだ五歳くらいの少年がいた。
ライにはその顔に見覚えが無く、リリィも困っていたが、ハンスが二人に説明する。
「彼はアダム。ジョージ公の弟、スリーリーブス・ブレイブハートの息子。一応王族ではあるが継承権はなく、生まれてすぐに病で父親を亡くし、安全面の理由からランファン邸で育てられていた。で、彼がこっそり私達に付いて来てしまったようなんだ」
リリィが首を傾げて大臣三人衆に聞く。
「この子の……お母様は?」
ハンスが答えた。
「すぐ祖国のイーリス皇国にお帰りに。政略結婚でしたからね」
アダムはランファンが直接育てることは無かったものの、彼にとって乳母が母であれば、ランファンが姉のような存在で、冷たい実の家族と違いよく慕っていた。
「ランファンさん!おねがい。ぼくころされちゃうよ。ぼく王族なんでしょ?」
「分かってる。でも、この旅だって途中で死ぬかもしれない危険な旅。お前を連れて行くわけにはいかない」
ランファンがそう言うと、アダムの顔がくしゃっと崩れる。
「えーん。ひどいよランファンさん!かぞくだとおもってたのに!」
しかしランファンはアダムを抱き上げて船から降ろそうとする。
「このままその道をまっすぐ行けば帰れる。この地は私達と行くよりも安全なはずだ。信じてくれ」
しかし、その途中で岸にある茂みから一人の男が出てくる。
「おい、いたぞ!あれがハンス一行だ!間違いない。このウラギ様が言うのだから間違いなァい!!」
男は大声でエクス軍を呼び、その声に呼応して奥からたくさんの松明が近づいてきた。
「あーもう!!アダム、いい子にすると約束しろよ?」
ランファンはそう言うとアダム、クリスを船室に入れる。
すぐさまハンスが、全員に出航の合図を出した。
クロノス教から助っ人としてきた三人の船乗りがアンカーを巻き上げ、帆を広げる。
ライは迫りくるエクス軍に弓矢を放ち、僅かながらも牽制した。
「早く出してくれ!」
ライがそう叫ぶと同時に船は離岸し、深夜、真っ黒な大海原へと進み始めた。
♢
道中様々なトラブルがありつつも旅は進み、一行はユーラシア大陸に到着、そして上陸した。
そしてさらに、しんしんと雪の降るユーラシア大陸の山中まで来たときのこと。
始め三人はリリィを信頼していなかったが、長く旅を続けていく中で、段々互いを信頼するようになっていた。
先頭で、リリィが馬に乗りながら言う。
「ここも十分寒いですが、ここから先はさらに気温が下がり、高度も上がって過酷な環境になります」
ハンスはクリスを抱え、熊の毛皮でできたコートを羽織って馬に乗っていた。
乾燥してカサカサになった唇を動かし、リリィを誉めた。
「君は何でも知っているんだな。見たところ私よりも年下のようだが、大したもんだ」
リリィはそれに答え、にこりと笑った。
「ありがとうございます。知り合いが多いんです。それで沢山の情報が私に」
「そうか。多くのものに慕われているんだな」
「――それと、言い忘れていましたが、これから行くのは旧日本という場所の中でも、私が以前お世話になった病院があるところ。そこまで行けばビサ軍も来ないかと」
少し後ろから付いて来ているランファン、ライとアダムは、現地の荷物持ちに急かされながらも、馬の操作に手間取りながら一生懸命山を登っていた。
ハンスはリリィに、さらに問うた。
「君は何故、私達を補佐する?この質問はこれまで何度も聞いてきたが、いつだってはぐらかされてきた。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
リリィはしばらく考えると、馬を止めて言った。
「私には二つの夢があります。一つは私の病を治すこと。これは、旧日本にある病院が稼働していれば叶うかもしれません」




