第七話
俺は、越後長岡藩、今の新潟で名もなき下級武士の三男として生まれた。
世は元禄。すでに徳川幕府は盤石の状態にあり、民衆は「戦のない平和な時代」を存分に謳歌していた。
戦がなければ、侍は刀を握る必要はない。俺に言わせれば、城勤めの武士など、ちょんまげをつけたサラリーマンだ。
俺は、自分でも認めるくらいのバカだったが、兄弟の中でも剣の腕は一番立った。
だが、太平の世にあって、剣の腕など飯の種にもならない。そもそも、武士の家の三男なんてものは、家禄を継ぐわけでもなく、出世の道が開かれている訳でもない。言うなれば、単なるごくつぶしだ。要は邪魔者だな。
一五になると、俺は刀一本持って家を捨てた。脱藩浪人になって、剣の道を極めながら、諸国を回るつもりだった。俺には、剣しかなかったんだ。
野を越え、山を越え、とりあえず江戸を目指した。江戸に行けば何かが変わると信じてたんだ。ネオンにたかる羽虫みたいに、何の考えもなく東京に行きたがる今のガキどもと同じさ。いつの時代も、バカはバカだ。
途中、「剣豪」と言われる剣士に、次々と勝負を挑んだ。負ければ終わりの文字通り「真剣勝負」だ。ほとんどの相手は、自分が「剣豪」だと主張していただけのなまくら侍だった。中には、本当に骨のある剣士もいたが、俺は生き残った。運が良かったんだな、きっと。
そんな生活を続けて、いつのまにか三十年以上の月日が流れた。
ある日、俺は峠道の途中で、野武士にからまれている尼僧を見つけた。別に俺は何もする気はなかったんだが、野武士の一人が俺に襲いかかってきた。あいつら、動くものを見ると、ところかまわず襲いかかる習性がある。ほとんど獣と同じだ。
野武士は全部で三人いた。俺はそいつらを一瞬で切り倒した。俺の剣士人生の中でも三本の指に入る手応えのなさだった。
「大丈夫かい?」
刀の血をふいて、声をかけた。俺は思わず息を飲んだ。
尼のくせに、艶のある黒髪を背中まで延ばしたその女は、一目見ただけで背筋をぞくぞくさせるほどのいい女だった。
尼は、命を助けてもらったお礼がしたいと、俺を寺に誘った。
ちょうど、その晩の寝床を探していた俺としては、渡りに船の申し出だったので、快くそれを受け入れた。
その夜、食い物と酒をもらい、風呂でたまりにたまった垢を流して部屋に戻る途中、本堂の真ん中で泣いている尼を見つけた。
「どうした。なぜ、泣いている?」
「お侍様、お願いがございます」
蝋燭が数本だけの薄明かりの中で、尼の白い顔と涙で真っ赤になった目だけが、ぼんやりと浮かび上がる。
「何だ、言ってみろ」
「私を斬ってくださいまし」
「斬られたい?」
「はい、斬られて死にたいのでございます」
俺は尼の前に座り、話を聞いた。
尼は、自分は不老不死の肉体を持つ人魚なのだと言った。
「親しい人は次々と自分を残して老い、死んでいくのです。私はもう、さみしくて悲しくて、この過酷な運命に耐えられないのです」
尼は涙ながらに、そう訴えた。
俺は無言のまま立ち上がり、脇に置いていた刀を持つと、居合い抜きの要領で尼の首を水平に斬った。
尼の白い首に、血の一文字が刻まれた。尼は一瞬苦しそうな顔をしたが、すぐに元の無表情に戻った。
「なるほど、嘘ではないらしい」
尼の首についた傷跡は、俺の目の前で瞬時に塞がり、尼は何事もなかったように、再びさめざめと泣き始めた。
「お前の訴えは分かった。だが、助けてやりたくとも、これではいくら斬ったところで同じであろう」
「実は、一つだけ方法があります。それは不老不死を誰かにゆずることなのです」
「不老不死をゆずる?」
尼は、あふれ出る涙をぬぐい、恨めしげな目で俺を見つめた。




