第7話 夜空に浮かぶ月を見上げて
「さて、どうしたものかな」
尋問が終わって、みんな解散して、僕は――廊下でひとり月を見上げていた。満天の星空にひと際存在感を放つ月。世界にモンスターが溢れかえったあの日以来、こうして月を見上げる機会が増えたような気がする。電気が失われた世界で夜闇を照らしてくれる月は、僕らの貴重な精神安定剤だ。
★
『桧川さん、申し訳ございませんでした』
鬼人の女の子サクラを連れて帰ってきたと思ったら問答無用で連行された僕は、みんなに一連の流れを説明する羽目になった。
――説明する気ではいたんだけど、う~ん……
街で鬼人と戦っていたら、女の子の殺害現場に遭遇した。血だまりに倒れ伏したサクラと、その傍で佇んでいた忍者オーガのキキョウ。キキョウには逃げられたもののサクラの救出には成功。デュラハンをはじめとするアンデッドを討伐しながら学園に帰還……最初は不信感マックスで僕を見つめていたみんなは次第に困惑の表情を浮かべ、最後には納得からの謝罪へ着地した。
え?
さっきのって冗談じゃなかったの?
……ま、まぁ、謝ってもらえたしええやろ。いいってことにしておこう。
『オーガ……いや、鬼人か。角さえなけりゃ普通のガキにしか見えねぇんだがな』
『最初助けたとき、僕もそう思った』
学園の外に生き残りの人間がいたのかって喜びかけて、でも、そんなことはなかった。サクラはれっきとしたモンスターで、でも、いい子だった。そのいい子がなぜあんな目に遭っていたのか……モンスターって呼び方は、やっぱり響きが良くないね。彼女に倣って鬼人にしよう。
どっちにしても助けられてよかった。
『殺されかかってたサクラをあの場に置き去りにするわけにもいかなかったし』
『いや、その判断は正しかったと思う。疑ってすまなかった』
『いいよ。僕も軽率だったかなとは思ってたし』
ガチ目に頭を下げてくれる一之瀬くんを前に、却って申し訳なさが募った。
今にして思えば、プリムの小鳥に手紙でも結び付けて、あらかじめみんなに知らせておけばよかった。アンデッドが大挙して襲い掛かってきたから余裕なかったってのもある。
『仲間割れ、なのかしらね』
『どうだろう? 鬼人側の事情が何も分かってない段階で結論を出すのもねぇ』
『あのガキ、危険はないのか?』
『わかんない。戦闘向きの能力はなかったよ』
『そうなの?』
『うん。スキルは【薬師】と【テイマー】だった』
ガタッ!
椅子を蹴るように立ち上がった椎名さんは、そのまま会議室を飛び出そうとして最上さんに止められた。
『止めるな、最上』
『いきなりすぎますよ、先輩!』
椎名さんの気持ちはわからなくもない。薬系のアイテムを生成する【薬品生成】と薬系のアイテムの効果を引き上げる【薬師の心得】を持つ【薬師】に、小鳥を使って周囲の状況を把握できる【テイマー】は、どっちも最近僕らの界隈で熱いスキルだ。 シナジーこそ感じられないものの、このふたつのスキルを併せ持っているサクラは将来有望な逸材だからね。
『コホン……それでは、サクラさんは私たちが保護するということで、いいですね』
『異議なし』
『桧川、私がサクラちゃんと話をする時間を作りなさい』
『……本人に聞いてよ』
椎名さんの目がガチすぎて怖い。完全に獲物を見る狩人のそれだ。
ひとり気炎を吐く椎名さんを放っておいて、後は定例の生徒会だ。街で遭遇したモンスターの情報共有とか、新しくレベルアップした生徒のスキルとか。あとは生産職が欲しがっているアイテムを誰が調達してくるのかとか。
できることが増えたってことは、考えることも増えるってことだ。悪いことじゃない。
★
「……実際のところ、何があったんだろうね?」
ひと口にモンスターと言っても一枚岩でないことは明白だ。プリムがオークを嫌っていたって前例がある。お姫さまであるサクラを殺そうとするってのは穏やかじゃないと思うけど。
街へ繰り出したほかのメンバーと情報を突き合わせると、今の御崎原市街には鬼人が幅を利かせている領域とアンデッドが跋扈している領域があるみたいで、両者が戦っている場面に出くわした生徒もいた。正確には鬼人がアンデッドを退治していた場面だったらしい。鬼人にとってアンデッドは倒すべき敵ってわけだ。
――人間、鬼人、アンデッド……御崎原市街で三国志か。
そのアンデッドの領域にサクラを連れ出して切りつけたキキョウ……陰謀の匂いがプンプンするよ。サクラを助けたことに後悔はないにしても、鬼人がらみのトラブルに巻き込まれるのは避けられないだろうな。
「拓郎」
「篁さん?」
呼ばれた方に顔を向けると、篁さんがいた。
いつもと変わらない佇まいに、妙な違和感を覚えた。
――あれ?
何だろう?
何かに引っかかってるのに、理由がわからない。
「みんなには納得してもらえたか?」
「おかげさまで。サクラは?」
「もう寝た。傍には真都と白鈴がついている」
「じゃあ、大丈夫だね」
万が一サクラが変な気を起こしてみんなを襲ったところで王さんに勝てるとは思えないし、逆にサクラを危険視した生徒が襲い掛かってくることもないだろう。
ホッとしたら、僕のお腹がグ~っと鳴った。はぁ、そう言えば晩ごはん食べ損ねたよ。明日の朝まで我慢できるかなぁ……
「ほら、これ食べろ」
「ありがとう」
篁さんが手渡してくれたのはダチョウサンドだった。ダチョウと言っても、学園の北に広がる農地に生息するダチョウ型のモンスターのことだ。肉は鶏肉に近いヘルシーな感じ。
僕がもそもそとサンドイッチを食べていると、篁さんは僕の隣までやってきて、僕と同じように月を見上げた。
一緒に月を見ながら僕は小さく首を傾げ――さっき感じた違和感の正体に思い至った。
「あ」
「どうした?」
「名前。呼び方」
「ああ。一緒に行動することになって一か月以上たって、いくつもの死線を潜り抜けてきて……今さらながらに水臭いと思ったからな」
「そっか……そういうものなのかな」
つい先日まで、僕の名前を呼ぶ女子は綾香しかいなかった。アイツとは色々あってお世辞にも好意的ではいられなくて、僕は女子との距離を測りかねていた。もともとの陰キャ気質もあるけどね。
「そうだ」
「……」
「だいたい、プリムやサクラには呼ばれていたじゃないか」
「そう言われれば、そうだね?」
「プリムなんて、拓郎だってプリムって呼んでいるくせに」
何かおかしな言い方だな。言いたいことはわかるけど。
僕がプリムをそう呼ぶようになったのって、いつからだっけ?
最初の頃はプリムプラムってフルネームで呼んでいた気がする……んんん?
「……と言うわけで、拓郎も私を名前で呼んでくれ」
「え……いきなり難易度高い」
たじろいでいると、篁さんがグッとのぞき込んできた。
キラキラ煌めく漆黒の瞳……それ、明らかに面白がっているよね?
なんだろう、すごく負けたくないな。何に負けるのが嫌なのか、わからないけど。
「え、えっと……それじゃ」
「それじゃ?」
「あ、亜衣、さん」
「……」
「亜衣さん?」
「もう一回、頼む」
「亜衣、さん」
「ああ」
亜衣さんは僕から目を反らして空を見上げた。
僕はその横顔をじっと見つめる。亜衣さんの頬が、少し赤く染まっているように見えた。たぶん、僕の顔も赤くなっている。
見なくたってわかるよ。だって、こんなに頬が熱いんだもの。




