第6話 帰ってきたよ?
「わぁ……」
学園の正門をくぐると、手を繋いでいたサクラが感嘆の声を上げた。太陽が西に傾いて空が赤く色づく夕暮れ時の体育館前は、大勢の生徒でにぎわっていた。
もはや見慣れた感のある光景だけど……うん、見飽きるってことはないなぁ。
「みなさま、お元気そうですね」
「ああ。いつものことだが、ここまで帰ってくるとホッとするな」
「わっかるー! もう、家って感じ!」
「だね」
オーク・キングとの戦い直前の段階でレベルを1以上に上げた生徒は、だいたい50人程度だった。その後、ポツリポツリとレベルを上げると手を挙げてくれる生徒が増えてきて、僕らが全力でサポートしたりして現在に至っている。異変初日の誰もが打ちひしがれていた体育館の光景を覚えている僕的には、感慨もひとしおといったところ。
――素直に感動だけを味わってるわけでもないけどね。
彼らを突き動かしたのは、何度となく声をかけてきた円城会長でもなければ舞坂さんでもなかった。いわゆるひとつの同調圧力って奴?
全体の半分近くがレベルアップした状況に焦燥感だか危機感だかを募らせた結果、それが実情だった。誰も最後のレベル0にはなりたくないみたい。
――まぁ、結果オーライってことで。
多くの生徒がレベルを上げた結果、【鍛冶】や【料理】のような生産系のスキルを持つ生徒が現れ始め、僕らの日常は新たな段階に進んだ。いい方向に変化したんだからケチを付けるのは野暮ってもんだ。
フラフラと前を歩いていたサクラが振り向いた。心なしか頬が紅潮し、赤い瞳がキラキラ輝いているように見える。
「あの、タクローさん……今日はお祭りか何かが催されるのですか?」
「そんなんじゃないよ。ただの晩ごはん」
「はぁ……ごはん」
ここに来るまで緊張しっ放しだったサクラ、キョロキョロと落ち着かなさげに周囲を見まわしては、しきりに感心している。人間への警戒心より興味の方が勝っているのかな。
肩書に姫って書いてあったから、この手の庶民的なイベントが珍しいのかも?
10歳だって言ってたしなぁ。
――こうして見ると、年相応って感じだ。
チラッと横に目を向けると、プリムが微笑んでいた。
学園に帰って来るまでに僕らが遭遇したのはゾンビやスケルトンといった雑魚アンデッドばっかりだった。デュラハンのような強敵だけでなく、オーガもとい鬼人とのバトルも避けてくれた模様。
――ホント、どうなってるんだろうね?
サクラを襲ったのは同じ鬼人族のキキョウだった。父親がつけてくれた忠実な臣下だったとのこと。今日あそこで斬りつけられるまで、裏切られるとは思ってもみなかったらしい。
『私は……どうすればいいのでしょう?』
『そんなこと言われてもなぁ』
鬼人族全員が敵に回ったとも言い切れないこの状況、サクラの目の前で同族を倒すのはマズいんじゃないかって気持ちはあった。
でも、たぶん僕は鬼人とエンカウントしていたら戦闘を選択していたと思う。遭遇するなり僕らが逃げ出したら、奴らが調子に乗るんじゃないかって不安があったから。サクラを殺そうとしている連中にしてみたら、やりたい放題のボーナスタイムだろうし。
戦いを避けたい。
でも、弱味を見せたくない。
どっちを優先させるべきか迷って、口に出して指示できなかった。
いっそ、その場の流れに任せようと腹をくくってたんだけど……プリムがいいように取り計らってくれたんだ。
はぁ、すごく気が利くね。本当にありがたいよ。僕にはもったいない。
「今日の晩ごはん何かな、先輩?」
「ダチョウだろうな」
「たまにはダチョウ以外も食べたい気がする!」
「それは私も同感だが、ライオンとかハイエナは美味くないからなぁ」
王さんと篁さんのほっこりする会話は、青空食堂のキッチンから襲い掛かってくるジュウジュウと耳に心地よい音色と、鼻をくすぐる香ばしい香りに触発されたものだ。チラッと見ると、サクラも鼻をヒクヒクさせていた。
「肉だねぇ」
そう、肉だ。
肉を焼く音だ。
備蓄食料じゃない。モンスター肉だ。
僕たちは、肉を手に入れた。
学園の北――かつてオーク軍団が居座っていたあたりの田園地域に、ビーストが姿を現すようになったんだ。
このビースト、倒すと死体が残るんだ。
『どうも、人型モンスター以外は死体が残るっぽいのよね』
そう結論づけたのは、ビーストを散々撃ちまくって田畑を赤く染めたチーム弓道部のリーダー椎名さんだった。言われてみると、なるほどなーって感じだった。
え、魔石?
魔石は死体の中にあるよ。
魔石か素材かの二択じゃないって点は、なかなか優しい世界だ。
モンスターの死体が食材とか生産スキルの素材として活用できるって発見は、生産スキルの所有者が現れたことと合わせて、僕らの日常を大きく変える起爆剤となった。
食料供給の問題は僕の【万象の書】と円城会長の【AMAZ〇NES】でゴリ押すことになるかと思いきや、そうはならなかったワケ。
『よかったです』
『ですよね~』
僕も会長もホッと胸を撫で下ろしたよ。
たったふたりでみんな(120人程度)の食料を賄うなんて無理だし、僕らが死んだらみんなして餓死待ったなしだったからね。日に日に減っていく備蓄を見てため息をつく日々ともおさらばさ。良きかな良きかな。
なお、轟々と景気良く燃えているのは、西に姿を現した樹木型モンスターことトレント由来の木材だ。モンスター素材、いいですねぇ。モンスターは時間経過でリポップする仕様だから、資源に困らないってのが、とてもいい。
「桧川さん」
やけに平坦で、それでいて鋭い声だった。
振り向くと、僕ら陽明学園生き残り組のリーダーである生徒会長の『円城 環』先輩がいた。他にも弓道部の『椎名 月渚』さんや、金髪ヤンキーの『護道 竜司』くん、中等部のリーダー『最上 乃愛』さん、そして【勇者】スキルを持つ『一之瀬 一輝』くんと、その妹で【聖女】スキルを持つ『一之瀬 日葵』さんなど錚々たるメンツが勢ぞろい……はいいんだけど、何でみんなして僕に冷たい眼差しをブッ刺してくるの?
――はて?
そのゴミを見るような目はいったい?
ちょ~~~~~っと意味がわからないな……
「ねぇ、篁さん、何か……なにぃ!?」
パーティを見回して愕然。
みんなして距離を置いているんだが……んんんんん?
「桧川さん、ついに……」
「いつかやるって思ってたわ」
「ヤベェな、擁護してやれそうにねぇ」
「失望しました。桧川さんのファン辞めます」
彼らの視線は僕に――僕がサクラと繋いでいる手に注がれていた。
あぁ!?
ちょっと待って!
これ、酷い勘違いされてないか!?
猛烈に嫌な予感しかしないんだけど! だけど!?
「冤罪だ! 僕は悪くない!」
「悪いことをした人は、みんなそう言うんです」
「逮捕ね」
「悪りぃな、大人しくしてろ」
護道くんにガッシリ捕まった僕は、そのまま抱えあげられて体育館2階の会議室に連行されるのであった。
ええ~
「みんな~、晩ごはん食べといてね」
「ああ、心配するな」
篁さんの笑顔が眩しい。
……ああ、僕のこと少しでいいから心配して。がくっ。




