第8話 僕だ。
「残ってもらって悪いけど、篁さんにやってほしいことって特にないんだ」
遠ざかっていく柊さんたちを見送って、そう言った。
篁さんは小さく笑って僕の頭を撫でてくる。
う~ん、それ、逆ではなかろうか?
――いやいや、何を考えてるの、僕は。
それが許されるのはイケメンラブコメ主人公だけだからね。
僕が篁さんの頭を撫でたら、タダのセクハラだよ。
「水臭いことを言うな。足止めぐらいは役に立って見せる」
篁さんはそう言うだろうなって思っていた。
でも、本当にやってもらうことはないんだ、たぶん。
僕とオーク・キングとの戦いは恐らく一瞬で決着する。長期戦になるようでは勝てない。
まずは、このカードだ。
「『常夏のプリンセス・プリムプラム』起動!」
カードが輝き、場違いな水着を身にまとったプリムプラムが姿を現した。
彼女は僕を見て、キングを見て――その瞳を細めた。
父を嫌い、オークそのものを嫌っていた彼女は今、どんな気持ちなのだろう?
その漆黒の瞳に映るのは、つい先日まで彼女が共に過ごした同胞たちの無残な姿なのだ。ほとんど魔石化してるけど、雰囲気的にね。
「……」
プリムプラムは小さく頭を振った。
ショートボブの黒髪がふわりと風を孕む。
僕の方に向けられた眼差しには、複雑な感情が滲んでいるように見えた。その内訳をうかがい知ることは出来そうにないし、今はそれどころじゃない。
「キングを倒す。力を貸して」
「……承りました」
キングを睨み、バインダーに収納されたままのカードを3枚破棄状態に変更すると、全属性のマナが3つ僕のまわりに浮かび上がった。
水着バージョンの能力だ。
キングの能力のおかげで腐っていた地形カードがここで活きた。
僕はレベル5に上がっている。【万象の書】もレベル3に上がっている。焼豚作戦からのクイーン戦でかなりの経験値をゲットできた模様。
さて、コスト計算の時間だ。
デフォルトで8。
プリムプラムを起動している分の2を引く。
彼女の特殊能力を使って付与した全属性のマナが合わせて3つ。
全部足すと……一度に使えるコストは合計で9になるよ。
「来るぞ、桧川!」
炎の壁が消失した。
殺意マシマシな地響きに足元がふらつく。
猛然と突っ込んでくるキングを、僕は1枚のカードで迎え撃つ。
「ここはコレでしょ! 『エクスプロージョン』!」
クイーンからゲットしたばかりの最大火力。さっき僕らを吹き飛ばそうとした赤い光が、オーク・キングを包み込んで――大・爆・発!
「た~まや~!」
爆裂魔法は最高だぜ!
キングの巨体が燃え盛る炎の中で傾いた。
ダメージのランダム性が不安要素だったけど、かなりいい目が出た模様。
――日ごろの行いのおかげだね!
……なんて調子こいている場合じゃなかった。
凄まじい咆哮が耳をつんざいてくる。
キングだ。
キングは、まだ死んでない。
「クソッ、やっぱりランダムダメージは当てにできない!」
かなりの大ダメージを叩き込んだはずなのに、致命傷には届かなかったか。治癒するスキルも魔法もないクセに……それでもキングはこちらに近づいてくる。
ドシン、ドシンと振動が迫ってくる。
「桧川、あれ……」
「お父さま、そんな……」
僕は甘かった。
こちらに迫る巨影――キングを見て、わかってしまった。
奴は生き残るべくして生き残ったのだと。ダイス目の良し悪しなんて、関係なかったのだと。
「自分を、食ってる……そんな、あの能力って、自分をコストに取れるの?」
オーク・キングは自分の腕を食っていた。
引きちぎった左腕を口にくわえ、右腕だけで巨大な剣を構えて突撃してくる。予想外の展開で混乱したうえに、激烈なプレッシャーをぶつけられて、僕の頭の中は真っ白だ。
「う、うわ……ッ」
ちょっと待って。
コストは自分の分――8しか残ってない。違う、プリムプラムの分を引いたら6だ。いや、もう一回能力を使えば9になるよ?
でも――
――キングと戦えるカードある?
思いつかない。
魔法はほとんど撃ち尽くした。
MPポーションを飲んで『エクスプロージョン』を【リユース】するか?
無理だ。MP全部突っ込んでも足りない。
――それに、そもそも……
じっと手元を見た。
僕はこの【万象の書】を信じていいのか?
このスキルがその名のとおり『この世のあらゆる事象』を網羅しているなら、奴はそのルールを乗り越えてきたってことになる。テキストを素直に読んだら、自分を食ってパワーアップなんてできるはずがない。食った時点で戦場から破棄されてないとおかしい。これはカードゲーマーとしての僕が読む限り、絶対に絶対だ。
だったら……それって、ルールの中で戦っても勝てないってことじゃないのか?
僕は、このスキルがないと何もできないただのクソ雑魚なのに。
「桧川、カードだ!」
「篁さん?」
「カードを買うんだ、今ここで!」
篁さんの声で我に返った。
魔石はある。クイーンと親衛隊の分が。あとでみんなと山分けしようと思っていた。今ここを切り抜けないと山分けもクソもない。
――でも……カードを買うってことは、このスキルに賭けるってことだ。
信じていいのか?
僕は――
「どうした?」
カードバインダーに視線を落としたまま、顔を上げられない。
代わりに口から泣き言めいた声が零れ落ちた。
「……僕は、僕のスキルを信じられない。アイツは、僕のスキルを超えている」
「……ッ!」
篁さんが僕の肩を強く握りしめた。手のひら越しに震えが伝わってくる。驚いて顔を上げると、篁さんは泣きそうな顔をしていた。
「だったら、私を信じろ!」
「篁さん?」
「あの日から今まで、私たちはずっとお前に助けられてきた。だから私はお前を信じる。お前のスキルじゃなくって、お前を信じる! アイツがお前のスキルを超えてきたからなんだ? お前のスキルを超えたアイツを、お前が超えればいいだけだろう!」
「……………………はぁ?」
無茶苦茶言い出したぞ、この人。
でも――
「ぷっ」
ありがとう。
篁さんはいつも篁さんだ。
だから――僕だって、いつも僕なんだ。どうしようもなく僕なんだ。
――そうさ、どうでもいいんだよ。
オーク・キングがルールを乗り越えてきたからって、それがどうした?
僕にできることなんて、これだけだろ。ちょっと思いどおりにいかなかったからって『うぇ~ん、僕、もう駄目だぁ!?』ってか?
バカバカしい。
それで諦めて死ぬとか、そんなのは絶対に御免だね。
それに――
「……何で笑うんだ、桧川。私、何か変なことを言ったか?」
「そうじゃないよ。ただ、この状況でデスティニードローなんて、カードゲーマーとしてどうなのかなって思っただけ」
笑ってオーク・キングを睨みつけた。アイツも僕を睨みつけてくる。
さぞかし僕を殺したいんだろうな。でもさぁ――僕もお前を殺したいよ。いや、お前が僕を殺したいって思う気持ちより、僕がお前を殺したいって気持ちの方が絶対に大きいね。だって、僕は――新しいカードを見たら、ワクワクせずにはいられないんだ。僕はねぇ、お前が欲しいんだ。
僕は、僕の業はお前なんかには負けないよ。
「タクローさま、ここは私が」
「お願い!」
僕は最後に残った地形カードを破棄状態に変更した。
水着バージョンのもうひとつの特殊能力、『紅玉の王女のアヴァンチュール』が発動する。効果は【火炎あるいは津波:1D+2】ダメージだ。どっちを撃つかはお任せで!
「お父さま……私は、私が……もう、ここまでに……いえ、ここから先へ行かせるわけにはまいりません!」
結局、彼女に父殺しをさせてしまう。
僕の業に付き合わせてしまって、申し訳ないとさえ思ってしまった。我ながら矛盾しているね。あはは。
言葉を詰まらせていたプリムプラムだったけど、最後は毅然としてその手をオーク・キングに向けた。
轟ッ!
キングの身体が激しく燃え上がった。
止まらない、前進も咆哮も。僕はひたすらに魔法カードを買い続けた。氷の槍が、電撃が、得体の知れない黒い刃が巨体を襲う。出てきたカードを即座に起動して叩き込んでいるのに、それでもキングは向かってくる。
食いちぎった左腕は地に落ちた。
全身の傷という傷から血が噴き出している。
大きく見開かれた目は焼けただれ、片方は潰れていた。
それでも――その巨体は倒れることなく、その脚は大地を踏みしめている。
血が混じった赤い蒸気を吐きながら一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。押し寄せてくる威容を、僕たちはただ見つめることしかできない――じゃない。感心している暇があったらカードを買うんだよぉ!
「桧川、止めるなよ?」
「……本気で行くの?」
いよいよキングは目と鼻の先――篁さんが一歩踏み出した。
そのときだった。ふたりの小さな呟きが左右から僕の耳をかすめた。
「あ」
「あれは……」
光だ。
オーク・キングの向こうに白い輝きが立ち昇っている。
あれは――異変の初日に目にした【勇者】の、『聖剣エクスカリバー』のきらめきだ。いや、少し違う。群がるオークをバッタバッタやって道を切り開いていた光をありったけ束ねたみたいに明るくて、そして、大きい光だ。なんだ、あれ?
一之瀬くんの背後に護道くんたちの姿が見える。まるで英雄譚のひと幕みたい、凄く絵になる。
……なお、柊さんと王さんは踊っていた。めっちゃ必死だ。
――なんだ、あれ?
柊さんとか、ダンスするタイプじゃないと思ってた……ゴメン、僕と同じ陰キャ組だとばかり……まさか柊さんがSNSでダンスを披露する系女子だったなんて……
「そうか、離脱か!」
篁さんが振り向いて剣を投げ捨てた。
両手で僕とプリムプラムを抱えて、オーク・キングに背を向けて大地を蹴る。こんなに必死な彼女の顔を目にしたことはない。なるほど、さっき不思議な踊りは『逃げろ』ってジェスチャーだったのか。
「あ゛!?」
オーク・キングが振り向きやがった。
一之瀬くんを見られた。
どうするつもりだ?
避けるのか?
それとも――
「プリム、ポーション!」
「は、はい!」
柊さんからもらったクソマズMPポーションを僕の口に突っ込むプリム。
ギリギリまでMP回復させてか~ら~の~【リユース】だよ。
元に戻したのは、最下級の攻撃魔法カードたち。
僕はその魔法を残らず叩き込んだ。
「タクローさま、その程度の魔法では!」
「いいんだよ、これで」
魔法はひとつもオーク・キングには当たらなかった。身体にはね。
それはそう。だって僕は足元を狙ったんだもの。自分を狙ったものじゃなかったから油断したかな?
――お前がルールを乗り越えてきたところで!
地形カード無効化能力があったって、地形を弄ることはできるんだ。
こうやってね。だって、そうだろ?
ここは現実なんだから。
「ナイスだ、それでこそ桧川!」
魔法の衝撃でキングの足元が崩れる。
駆け出そうとしたところで足元が崩れたら――そりゃズッコケるさ。
最期にもう一度こっちを見たキングと目が合った。
僕は、ニヤリと口の端を吊り上げてやった。
「ざまぁ、みろ」
光が、世界を灼いた。
そう表現せざるを得ない、凄まじいビーム。
ありったけのバフを乗せた勇者の全力攻撃は、さっきまでのキングすら上回る圧倒的な理不尽の塊だった。
凄まじい奔流に飲み込まれたキングは跡形もなく消失……して、カードバインダーに収まった。同じパーティのメンバーが倒したわけじゃなくても、僕のカードになるのね。勉強になります。




