第4話 体育館前 その3
『まどろっこしいのは抜きにしろ。お願いってなんだ?』
『うん、みんな……特に力自慢な人たちに運んでほしいんだよね。車を』
『車?』
完全に虚を突かれた。
一瞬、マジで何を言われたのかわからなかった。
静まり返った中で口火を切ったのは椎名だった。コイツにしては珍しく、声が自信なさげに揺れている。
『車って、あの車よね?』
『そう、僕らが乗ってたアレ。自分で運転してたわけじゃないけどさ』
車……車……車だと?
一輝を囮に使って狙ったルートに誘い込む、俺たちがオークを受け止めて、ズッコケ作戦で足止めして、ここで車……いくつもの点が線で繋がっていく。
脳裏に一枚の絵が浮かび上がった。真っ赤に塗りたくった戦争の絵だ。
(マジ、かよ)
背筋に震えが奔った。
コイツ……とんでもねぇこと考えやがる!
驚愕に背中を押された俺は、思わず桧川を凝視してしまった。
『車って、バリケードにでもするつもり?』
『そうじゃねぇ』
『護道?』
怪訝な目を向けてくる椎名を放置して、桧川を睨む。
俺の口の端が、自分でもわかるぐらいに吊り上がっていった。
『ガソリンだな』
『そういうこと。名付けて焼豚作戦だ』
乗り手を失った車が駐車場に残されていた。
聞いたところによると車に乗って逃げていった奴もいるらしいし、モンスターにぶっ壊されたものもある。無事なものの方が少ない。車そのものはどうでもいい。必要なのは、車の中のガソリンだ。
『オークの魔石……火属性の魔石で作った柊さんの錬金爆弾をあらかじめ奴らの進軍ルートに埋めておく。できるだけたくさんね。あの爆弾って作るときにはMPを使うけど、使うときにはMPは必要ない。で、戦場にガソリンが入った車をたくさん配置しておいて、後はタイミングを見計らって椎名さんが火を、こうヒュッとね。どうかな?』
街に行けたらガソリンスタンドからかっぱらってくるのがいいんだけどねぇ。
そう笑う桧川に、俺たちは全員ドン引きした。いや、戦慄したと言ってもいいかもしれない。
『一之瀬くんにお願いしたい仕事の3つ目は、この焼豚作戦から味方と体育館を守ること。【イージスの盾】でバリアが張れるって妹さんから聞いてるよ。できそうかな?』
『できる、できるが……体育館は守れるが、それ、校舎はどうするんだ? ガソリンって確か凄まじい爆発になるはずだ。前に動画で見たことあるぞ』
『僕らに必要なのは本拠地の体育館だし、校舎は焼け落ちても別に構わないよ』
一輝が椅子を蹴って立ち上がった。
テーブルに両手を叩きつけても、激昂して見下ろしても、桧川の態度は小揺るぎもしない。
『適当すぎる! 学校だぞ、オレたちがずっと通ってきた……この学校がなくなったら、オレたちは……』
『だから何? 大切な思い出が~とか、その手の話は却下だよ。過去の思い出なんかより、これからを生きる僕らの命の方が、どう考えても大切だからね』
火花が散った。
見えはしないが、首筋がチリチリしやがる。
ふたりのエクストラスキル持ち――【勇者】と【万象の書】の視線が空中で激突し、誰もが身動きできない。
一瞬とも永遠ともつかない沈黙は、一輝が腰を下ろす音で終わりを告げた。
『オレだって、わかってるさ。校舎は命に代えられるものじゃない。だが、桧川……みんながみんな、そこまで割り切れるわけじゃない。お前が危険視されて、排除されることになるかもしれない。そうなったら――』
『そのときは守ってよ、一之瀬くん』
『断る。自分で何とかしろ』
★
もうもうと黒煙が舞い上がっている。さっきまでオークで埋め尽くされていた戦場は、今や灼熱地獄の様相を呈していた。誰もがバリア越しにその光景を見て絶句している。
俺もだ。
吹き付けてくる熱気を食らって、ようやく我に返った。
危ねぇ……まだ、何にも終わってねぇんだぞ!
「体育館は、どうなってる!?」
「あ、はい……えっと、大丈夫です。延焼はありません!」
「ちゃんと確認をお願いします。あとで『実は燃えてました』ってなったら、冗談じゃすみませんよ!」
円城が叫び声を重ねてきた。
その声に背筋をピンと伸ばしたのは、入り口にかたまっていたレベル0の奴らだ。
「は、はい。俺ら見てきます!」
「中からも確認するよう、念を押してください!」
「了解!」
モンスターと戦うのは怖いけど、死ぬのはごめんだ。できることは手伝いたい。そう言って手を挙げた連中だ。危険な戦場に出すのは無理だ。だからって、やってほしい仕事がないわけじゃねぇ。地上組は椎名と違って矢文が使えない以上、人間が自分で動くしかねぇんだ。伝令だ。矢文に伝令って、マジで戦国時代みたいじゃねぇか。
「矢文きました!」
「おう」
「桧川パーティ、予定どおりキングの背後を突くそうです。あと、上から見ても体育館は無事とも書いてます」
「気が利くな、アイツ」
焼豚作戦が失敗したら、桧川たちはこっちと合流する手はずだった。成功したらキングの背後を突く。アイツの狙いはクイーンと親衛隊。
『プリムプラムから聞いたんだけど、キングって部下のオークを食べてパワーアップするんだって。だから、可能な限りオークを減らしておきたい。考えてもみてよ、1匹食うごとに攻撃力と防御力が1ずつ増えるって仮定しても、500匹食べたらステータス500以上のバケモノになるんだ。みんなでドラ〇エやってる中で、アイツだけエフ〇フやってるようなもんだよ。そんなクソ雑コラボは断固として却下だ。焼豚作戦もその一環だよ』
ある程度親衛隊を食われるのは仕方がないにしても、パワーアップは少ない方がいい。確かにそりゃそうだ。いきなりガソリン爆発を狙わず、俺たちが猛攻を受け止めていたのは、前進してくるオークを一匹でも多く爆発に巻き込みたかったからだ。キングまで全部焼いてやれりゃよかったんだが、そこまで都合よく話が進むとは、説明している桧川すら期待していなかっただろう。欲張りすぎて俺たち前線が崩壊したら台無しだし、雑魚オークはアホだが指揮官級はそうでもないって話だったからな。
『で、クイーンは強力な魔法使いらしいので、これは僕が戦う。僕のスキルは敵の魔法をカードにできるからね。魔法使いとは相性がいいんだ』
はっ、笑えてくるぜ。
頭ごなしに話を進められても、ちっとも腹が立たねぇ。
コイツは安全なところに突っ立って命令してばっかって奴じゃねぇからな。
自分が魔法に強いから、自分がクイーンと戦う。パーティメンバーも覚悟決めてやがる。クイーンだって格上のモンスターなんだがよ。
(イカれてるぜ)
作戦が成功しても、キングの周辺には何十匹ってオークが居るはずだ。どいつもこいつも……まったくよぉ。
こっちも負けてられねぇじゃねぇか!
「お前ら、まだ行けるか? ケガしてる奴、無理そうな奴は言え!」
「先生がお薬塗ってあげるから、遠慮しちゃダメよ~」
気が抜ける薬師寺の声に、何人かふらつきながら手を挙げた。
……つっても、こっちに死人が出てないみたいだ。
正直ホッとした。
(助かるぜ、薬師寺)
レベルアップを促す舞坂の声掛けに応じたのは、生徒だけじゃなかった。
教師の中からも古宮と薬師寺が動いた。古宮は【古代魔法】で薬師寺は【薬師】だ。
薬の効果が上がる【薬師】はデカい。回復手段はいくつあってもいい。
「うおおおおおおっ! キタキタキタ、レベルアップキタ――――――!」
「……うっそ、俺、レベル4になってる」
「すっげー」
そこかしこから歓声が上がった。
どういう配分になったのかはわからねぇが、さっきの爆発で一気に経験値が入ったみたいだ。
ありがてぇ。
敵の数が減って、こっちは強くなった。
いける。こぶしを握った俺の鼓膜を――空から落ちてきた重厚な轟音が貫いた。閃光とほとんど同じタイミングだ。
「わっ!」
「な、なんだ!?」
轟いたのは――雷鳴。
レベルアップに喜んでいた俺たちは、言葉を失ったまま彼方の空を見た。
見上げた空は、朝焼けが眩しい晴天だ。アレは魔法だ。アイツとクイーンの戦いが始まったらしいな。
「桧川が戦い始めたか。こっちも前線を押し上げるぞ!」
「「「「「「おう!」」」」」」
ドデカい声でハモった。
いいぜ、滾りやがる。戦い始める前とは比べものにならない戦意がよ。
現金な奴ら……とは思わねぇ。500体以上のオークが襲ってくるって言われてお通夜かよって有様だったのに、勝機が見えたんだからな。俺も似たり寄ったりだ。
「残敵を掃討しながら一輝を無傷でキングのところまで連れていく。打ち合わせのとおり、途中でパーティを組み替えるぞ。お前ら、最後までついて来いよ!」




