第3話 体育館前 その2
【演奏】【舞踏】【号令】の三重バフを受けた俺たちは、ひたすらにオークをぶちのめしまくった。どれだけ倒したのか、どれだけ残ってるのか、数えるのはとっくの昔にやめちまったがな。
「バフ3人に敵を近づけるな!」
「うっす!」
レベルが高い俺たちが前で受け止め、新しくレベルを上げ始めたばかりの連中がフォローする。これまでロクに話したこともない者同士で、よくもこれだけうまく連携できるもんだ。後ろで全体の指揮をとっている円城も、上から矢を撃ちまくっている椎名たちも、どいつもこいつもありがてぇ。頼りになるぜ。
まだ体育館は無事だ。
俺たちは、まだ戦えている。
(見誤っていたな)
オークどもに呑まれかけていた俺たちをヴァイオリンと舞踏で変えた日葵と舞坂だけじゃない。他の奴らもだ。つい先日まで、俺は心のどこかでコイツらを甘く見ていた。見下していた。ロクに自分の意見すら言えもしない、ヘラヘラ笑ってばっかりで、まわりの目ばっかり気にする雑魚どもってな。どいつもこいつも死んだ魚みたいな目ぇしやがってってな。
ダセェ。
ダサすぎんだろ、俺。
コイツらは、こんなにやりやがるじゃねぇか。
勝ちたい。心の底から、そう思った。勝って生き延びて、俺は、コイツらと――
★
『桧川、オレは?』
話題から外されていた一輝が手を挙げた。
コイツの性格上、仲間を戦わせて自分だけ何もしないなんてできるわけがねぇんだ。
桧川……お前、そこんとこ、どう考えてる?
『一之瀬くんは戦わないで。やってもらいたいことがあるから、そっちに専念してほしい』
『……やってほしいこと?』
問い直すのに間が空いた。
一輝の気持ちもわからなくもねぇ。何となく嫌な予感がしやがる。首筋がチリチリしてるんだよな、さっきから。
対する桧川はいつもと変わらねぇ。
ハッキリ言って不気味だ。コイツ、こんな奴だったか?
『うん。まず、ひとつ目。オークたちを僕たちが待ち受けているところまで連れてきてほしいんだよね』
『どういうことだ?』
『プリムプラムが言うにはオークたちは突撃上等って言うか、囲むとか回り込むとか苦手なんだって。十中八九は、この体育館に突っ込んでくると思う。でも、100パーセントじゃない』
念には念を入れるってわけか。
オレたちは体育館前でオークたちを迎え撃つ算段をしている。
ここで奴らが横からぶん殴ってきやがったり、包囲殲滅なんて作戦に走りやがったらゾッとするわ。
納得した。俺も、一輝も。
『なるほど、万が一にでも奇襲されたらマズいな。でも、何でオレ?』
『一之瀬くん、ピカピカ光って目立つから』
『おい!』
一輝はこめかみに青筋をヒクつかせたが、俺は悪ぃが笑いをこらえるのに必死だった。まぁ、確かに一輝は目立つ。チラッと視線を走らせてみれば、他の奴らも俺と似たり寄ったりだ。悪くねぇ空気だ。500体のオークと戦うってブルってたさっきまでより、ずっといい。
『冗談だよ、冗談。一之瀬くんならオークに追いつかれても戦えるでしょ』
『……最初からそう言ってくれ。それで、ふたつ目は?』
『ふたつ目は最後のオーク・キングとの決戦だね。最強の敵に最強の味方をぶつけたい。一之瀬くんの消耗はできるだけ避けたい。だから、よほどのことがない限り戦うのは禁止。リーダーの仕事に専念してね』
『……わかった』
わずかな間があった。
味方がオークと戦っている姿を後ろで見守る自分を思い描いたか。
自分も戦うと言いかけて、堪えた。桧川の正しさを認めざるを得なかったんだろう。
『それで、三つめが……』
『まだあるのか?』
『もちろんだよ』
桧川は笑った。
その笑みを前に一輝が怯んだ。
一輝だけじゃねぇ。誰もがアイツに、アイツが纏う異様な雰囲気に呑まれていた。
『まぁ、これは後のお楽しみってね』
★
「矢文きました!」
「読め!」
「はい……ズッコケ作戦、成功だそうです」
名前でズッコケそうになる。アイツ、ネーミングセンスはカスだな。
だが、朗報だ。
オークの鳴き声が、立ち昇る砂煙の様子が、さっきまでと少し違うように感じられる。キョロキョロと余所見するブタもいる。
何より、向かってくる圧力が目に見えて鈍りやがった。
「上手く行ってるぞ。あと少しだ。持ちこたえろ!」
「はい!」
ウソじゃねぇ。状況は作戦どおりに進んでいる。
だが、それでも厳しい。ひたすらオークに叩きこんでいるこぶしも、もう痛みを感じねぇ。ただひたすらに熱い。腕も脚も重くてガタガタだ。気を抜いたら、ここでぶっ倒れちまうぜ。
ほかの奴らの顔にも疲労が見える。それが絶望に変わったら後がねぇ。
――まだか、桧川!?
第一校舎の屋上を睨みつけた。
アイツらは――そこにいる。
★
『……それで、お前はどうするんだ?』
一輝の三つ目の仕事とやらを問い詰める前に、自分はどうするつもりなのかを問いかけた。何もしないってことはないんだろうが……コイツは、よくわからん。
『僕はちょっと、アイツらにイタズラするつもり』
『言え』
『あ、うん。えっとね……』
桧川はプリムプラムに補足されながらオーク軍団について話し始めた。
オークってのはキングやジェネラルに統制された突撃力が半端ない。異世界の魔王とやらがビビるくらいの、それこそ激流みたいにブッ込んでくるらしい。
しかも、部族と関係ない連中も、近くに上位種がいたらはせ参じてくるんだと。 おいおい、500体じゃ済まねぇってか。こっちから先手を打った方が、まだ戦えないか?
『……と言うことで、僕が起動したオークを潜り込ませようかなって。バレないだろうし』
『頃合いを見て裏切らせるってことか? 何匹ぐらい行けるんだ?』
『コスト上限が6しかないから3体だね』
アホか。
500体のうち3体を裏切らせても意味ねーだろ。
そう言いかけて、その言葉を飲み込んだ。ツッコむよりも桧川が口を開く方が早かった。
『もちろん簡単に殺される。それは別にいいんだ。大切なのは、ほんの一瞬でも流れに逆らうことだから』
怒涛の勢いで突っ込んでくるオークの中で、唐突に足を止める奴がいるとどうなるか。想像するのは簡単だ。
えげつねぇことをサラッと言いやがる。
『勢いがあればあるほど、いい感じにズッコケてくれるんじゃないかな』
『そんなに上手く行くのか?』
『あくまでイタズラだよ、イタズラ。たいした手間を掛けずに美味しい展開にならないかなって程度の。本命の作戦は別にある。そっちを気取られないようにするための小細工って言ってもいいかな。うん、そっちのほうがいいね』
『本命?』
『そう、本命』
そのために、みんなにお願いしたいことがあるんだ。
桧川は――何とも名状しがたい笑みを浮かべていやがった。禍々しいとしか表現しようのない笑みだった。
『一之瀬くんに頼みたい、さっき黙ってた三つ目のお願いとも関係しているんだけどね――』
★
戦場の空に花が咲いた。
ただの花じゃない、打ち上げ花火だ。
夜明けの空を染める色とりどりの輝き――準備完了の合図だ!
「一輝! 来るぞ!」
「ああ……【イージスの盾】よ、オレにみんなを守る力を!」
一輝が前に出て、白く輝く盾を掲げた。
盾から溢れた光のバリアが味方ごと体育館を覆っていく。
光の向こうで炎が弾けた。凄まじい衝撃が身体を貫いて、そして――オークに埋め尽くされていた視界があっという間に赤く染まった。




