第2話 体育館前 その1
突っ込んでくる地響きと土煙が、白みがかっていた空を飲み込んでいきやがる。
上から弓道部が矢を射かけているが、たいして効果はなさそうだ。アイツらが役に立たないって意味じゃねぇ。単純に数が違う。敵は500体以上で、椎名たちはたったの3人。撃たないよりはマシって程度にしかならねぇってことは、最初からわかっていた。
だから、俺たちがここにいる。
「お前ら、準備はいいか?」
返事はなかった。
誰もがオークの軍勢に気圧されている。
平和な国に生まれ育った俺たちとは無縁の光景だからな。でもよぉ、『仕方がない』で済む状況じゃねぇんだ。
「声が出てねぇ! お前ら、敵はもう目の前だぞ!」
「お、おう……」
マズいな。
戦う前から飲まれちまってる。
……つっても、コイツらを責めることはできねぇ。ビビりってバカにするつもりもねぇ。
俺たちと中等部はともかく、残りは舞坂が声をかけて最近レベル上げを始めた連中ばっかりだ。レベルはせいぜい1か2ってところか。
(いきなりこんなハードな戦場に放り込むのが、そもそも無理筋だろ)
ホントはもっと楽な戦いから慣れさせてやりたいし、レベルを上げさせてやりたい。
でも、時間がねぇんだ。
脚を伝って震えが駆け上がってくる。怖いわけじゃねぇ、武者震いでもねぇ。オークが地面を踏み鳴らしまくって地震みたいになってやがる。
(こいつぁ……500どころじゃねぇな)
ここに集まった俺たちは、全員合わせて50人ぐらいか。
遅きに失した感はあるにしても手ぇ挙げてくれたってだけでありがたいってもんだ。
だが……それでも、人数差が半端ねぇ。
(ざっと10倍ってところか)
歯ぎしりした俺の耳を優雅な音色が掠めた。
戦場には似つかわしくない響きは、日葵のヴァイオリンだ。
「大丈夫です。行けます」
声は震えていても、音色は澄んでいる。
音色に合わせて舞坂が踊り出した。弱っちそうなクセしやがって、たいしたタマじゃねぇか。世界がこんなになっちまって、絶体絶命ってところで、気合入れて踏ん張ってる奴がいやがるんだ。
負けられねぇ。
負けられねぇよなぁ、お前ら!
「もう一度だ。お前ら、準備はいいか!」
「「「「「「おう!」」」」」」
やればできるじゃねーか。
左右のこぶしを打ち合わせて、俺は前を向いた。
何だよ、こりゃ……オーク以外ほとんど何にも見えねぇよ。
(後ろは任せたぜ)
地面を蹴って前に出た。先陣を切るのは俺の役目だ。
握りしめたこぶしを――突っ込んできたオークに叩き込む。肉をぶん殴る感触と重たい衝撃、強烈な熱と痛みに顔をしかめた。
「こりゃ、祭りだな」
一撃必殺。魔石を残して消えたオークの後ろから、すぐに次のオークが来た。
振り下ろされる剣を躱して、お返しにその豚面をブッ飛ばす。
殴っても殴ってもキリがねぇぜ。
(やってやるよ、どこまでもな!)
★
『護道くんたちには、体育館前でオークと戦ってもらう』
俺たち3人と生徒会の飛車角、中等部と守屋と小森、後は舞坂の声掛けでレベル上げを始めた新人たち。桧川はこのメンツで体育館を守れと言ってきた。余剰戦力を持つ意味がないのはわかるが……レベル1とか2の奴を戦場に出すのはマズくないか?
まともに戦えるとは思えねぇんだが。
『ここにほとんどの人員を投入する。出し惜しみはナシだ。編成は護道くんたちに任せるよ。あ、舞坂さんと一之瀬さんは抜きで考えてね』
『あん?』
日葵と舞坂を抜く?
意味がわからねぇ。案の定、守屋が顔を曇らせやがる。
『桧川くん、僕はお嬢さまと……』
『どうしてわたくしが外れないといけないのですか?』
『それは今から説明する。そうだね……まず、舞坂さんを中等部のパーティに、一之瀬さんは護道くんのパーティに入れる。仮にね、仮にだよ』
『さっき外すって言ってたのは、何なの?』
椎名が口を尖らせた。
俺も同感だ。アイツと違って顔には出さねぇがな。
『聞いて。舞坂さんは、まず中等部パーティで踊ってもらう。一之瀬さんは護道くんのところで演奏ね。それぞれ効果が出たら、最上さんは舞坂さんをパーティからパージして、護道くんは一之瀬さんを外す。それで……』
桧川はホワイトボードに『中等部』『護道』『その他?』と書いて丸で囲み、中等部のところに青いマグネットを、俺の名前が書いてあるところに赤いマグネットを置いた。説明を続けながら、ふたつのマグネットを三つの丸の間でぐるぐると回していく。
『……とまぁ、こんな感じかな』
『ふたりをとことん使い倒すってことか』
『そういうこと。すべてのパーティに【演奏】と【舞踏】を乗せ続ける。このふたつのスキルはMPを消費しないから使い放題だ。オークの大半はランク2だから、二重の強化があれば、だいぶん楽になるはずだよ』
『できるのか?』
『システム的にできるのかって話ならできるはず。別の種類のバフが重なるのは、前に【舞踏】と【指揮】で確認済み。【演奏】も行けると思うけど、念のために後で試してみよう。手順的にできるのかってところは、リーダーの手腕によるとしか』
不可能ってわけじゃねーな。
ちゃんと考えてやがる。無茶振りだとは思うがよ。
こっちのレベルとあっちのランクが似たり寄ったりなら、バフの量で優位を取れるか……
『さっきの組み合わせな、チェンジだ。俺のところで守屋と小森を預かりたい。リーダーは守屋、お前がやれ』
飛車角と俺たちは相性が悪い。奴らは優等生、俺たちは不良。水と油だ。そんなこと言っている場合じゃないのは百も承知だが……真面目な中等部と奴らを組ませた方が上手く回るに違いない。非常時だ、余計な軋轢は避けておきたい。
守屋が怪訝な視線をこっちに向けてくる。そんな顔すんじゃねぇよ。
『護道くん……いいのか、僕で?』
『オークと殴り合いながらゴチャゴチャできる気がしねぇ。任せる』
『……わかった』
守屋ならできる。
だから、やらせる。
ただ、それだけのことだ。
それがわからねぇ奴が多いのは、気に食わねぇがな。
『桧川さん、私も』
『会長?』
沈黙を守っていた円城が手を挙げた。
アイツのスキル【AMAZ〇NES】は規格外の性能を持ってはいるものの、まるで戦闘には向いてねぇ。今まであまり戦いに口出しすることはなかったんだが……今、円城の目には紛れもない覚悟が滲んでいる。
『……私に戦う力はありません、ですが、メンバーチェンジぐらいなら』
『確かに。それじゃ、会長もお願いします』
即答だ。
使えるものは誰でも使う。
桧川の顔には、そう書いてあった。
★
「声出していけ! お互いフォローを忘れるな!」
「はい!」
二重のバフで身体に力が漲っている。
リーダーたちとバフ係のふたりのおかげだな。
雑魚オークなんぞ、片っ端からブッ飛ばしてやらぁ。
「止まりぃぃ……やがれぇ!」
小森の奇声で迫るオークの動きが止まった。麻痺の魔法だ。
そこを見逃さず中坊がとどめを刺した。
(やるじゃねぇか)
上手い。
派手さはないが、必要なところに必要な魔法をきれいに嵌めてくる。いろいろ言われる奴ではあるが、自分の力を使いこなしてるのは疑いようがねぇ。
「ガッ!?」
衝撃で視界がブレた。
頭が痛ぇ……クソッ!
「舐めた真似してくれるじゃねぇか!」
振り返りざまに、ぶん殴ってきやがったオークをブッ飛ばしてやった。
豚は消えたが……チッ、見づれぇな。視界が赤く染まりやがる。
「竜司!」
「こんなもん、かすり傷だ!」
「護道さん、そんなことを言ってはいけませんわ!」
頭がひんやりしてきて痛みが消えた。
舞坂が躍りながら治癒魔法をかけてくれたらしい。器用な奴だ。
「ありがてぇ。助かった」
「礼には及びませんわ。当然のことをしただけですもの」
誰もが全力を尽くしている。
それでも――オークの数が多い、多すぎるッ!
泣きごと言っても始まらねぇ。俺たちにできることは、オークをぶちのめすことだけだ。
「私もローテーションに入ります!」
声を張り上げたのは最上だ。
【指揮】スキルの【号令】でパーティに強力なバフを入れてくる奴。
バフが三重になれば今よりもっと上手く戦えるようになるか……だが、アイツのスキルはMPを消費する。ローテーションなんてできるのか?
「おい、最上」
「MPは大丈夫です。いざと言うときのためにポーションを用意してます。私に何かあったときのために、他のみんなにもメンバーチェンジの練習もさせてます!」
「……わかった。任せる」
任せるしかねーだろ。
自分が死んだ後のことまで考えてやがるんだ。
死なせねぇよ。年下にそこまで言わせて黙ってられるかってんだ!




