第4話 遭遇
友だちなんていない。
学園内で僕と縁があると言えそうなのは綾香だけ。
綾香は両親を喪った僕を引き取ってくれた叔父の娘で、つまりは従姉妹なのだけれど……ひとつ屋根の下に住んでいたにもかかわらず、お世辞にも仲がいいとは言えない間柄だった。
僕の人間関係は、それほどに希薄。
生徒も教師も赤の他人で、誰がどうなろうと知ったことじゃない。
ずっとそう思っていた。
「……クソッ」
胸がムカムカする。
ギリリと噛み締めた奥歯が痛みを発している。
目の前に男子が横たわっている。手足がもがれて内臓がはみ出ていて苦悶の表情を浮かべている――死体。さっきまでゴブリンに食われていた。
ゴブリンは殺した。
カッとはしなかったが、後悔はしていない。
そして今、無残な死体を前にして、僕の中でドス黒い感情が渦巻いている。
――こんな死に方、ないだろ……
顔に見覚えはない。知らない生徒だ。
綾香じゃなくてホッとした。気に食わない従姉妹でも生きていてほしい。
死体を見るのは初めてじゃない。いくつかの教室を見て回って、いくつもの死体を見てきた。逃げ遅れたのか、突然出現したゴブリンに不意打ちを食らってやられたのか、そこまではわからなかった。死体はいずれもひどい有様だった。首が変な方向に折れ曲がっている女子にせっせと腰を使っているゴブリンまでいた。やりたい放題にも限度があるだろうに。
ゴブリンが人間を食べることは知っている。
さっき車に撥ねられた生徒が食べられるところを目撃したから。
でも、あのときは距離がありすぎて実感が湧かなかった。現実を直視できていなかったとも言う。
僕だって、モンスターに負けたら……こんな風になるんだ。
「……ふぅ」
落ち着け。
胸に手を当てて、心の中で自分に言い聞かせる。
おぞましいほどの血の匂いと、それ以外の何かの匂いで頭がクラクラする。
もう一度死体を見た。できれば埋葬してあげたいと思うけど、そんな余裕はなさそうだ。今の僕は1対1ならゴブリン相手にそうそう後れは取らないけれど、囲まれたらヤバいことに変わりはない。ゴブリンはそこら中にうろついている。やっぱりダメだ。死体はここに放置していくしかない。ごめんね。
「にゃ! にゃにゃ!」
頬に感触。
リュンクスが肉球をプニプニしてくる。
『なんか焦ってる?』と不思議に思って振り向いて――喉元に何かを突き付けられた。
「ここで何をしている?」
「何って……」
凛とした声が耳朶を震わせる。
目の前に、人がいた。生きている、人。
女子だ。ポニーテールの黒髪が風にたなびいている。
切れ長の瞳がまっすぐに僕を射抜いてくる。喉にギリギリ触れるか触れないかの位置に固定されたモップの柄が、彼女に見惚れることを許してくれない。
「篁……さん?」
「桧川、ここで何をしている?」
『篁 亜衣』
僕と同じ二年生、剣道部のエース。
話したことはないけれど、顔と名前は一致する。有名人だから。
むしろ彼女が僕の名前を知っていたことに驚いたけれど、それを口にする状況じゃないことは一目瞭然だ。
全身を貫いてくる殺気は、ゴブリンのそれとはレベルが違う。
――ひょっとして僕がやったと思ってる?
『そんなバカな』と笑い飛ばせない。
たくさんの生徒が死んでいる中で、僕だけが生きている。
怪しまれる可能性は十分にある。立場が逆だったら、僕だったらどう考える?
慎重に言葉を選ばなければならない。
でも、ウソをついたり誤魔化したりする必要は感じない。
ゴブリンを起動してなくてよかったと心の底から思う。運も実力のうち、と言ったところかな。
「別に何もしてない。ゴブリンは倒したけど、遅かったなって」
「……そうか」
すまなかったな。
謝罪の言葉までにわずかな間があった。
篁さんは死体と僕の間で目を行き来させてモップを下ろした。どうやら信じてもらえたようだ。
念のために用心していただけなのかも。
表情が穏やかになっていて、周囲の空気がはっきりと弛緩するのがわかった。
「篁さんこそ、こんなところで何を?」
尋ね返したら、視線を逸らされた。
気恥しげと言うか、気まずげと言うか……なんだ、そのリアクション?
「何をと言われてもな。隣の、第3校舎の屋上で昼寝をしていて、校舎の中に入ったら誰もいなくて……いや、なんか変なバケモノがいたので、これで打ち払ってきた」
ゴブリンと言うのか?
篁さんは小さく首をかしげる。
凛とした佇まいに似合わない、かわいらしい仕草だ。
「昼寝って……パニックになって、もの凄く煩かったと思うんだけど」
「全然気が付かなかった。熟睡してたんだな」
「……危ないなぁ」
呆れて、ふと気になった。
「篁さん、ゴブリン倒したの?」
「倒した。何かマズかったか?」
「マズくはないけど、レベル上がってるよね? ステータスはどんな感じ?」
「……なんだそれは?」
怪訝な顔をされた。
あれ、会話が噛み合わない。
ひょっとして、篁さんは気がついてない?
――いや、まぁ、そういうこともあるか。
ステータスオープンを知らない人がいてもおかしくはないのか。
ウェブ小説からの書籍化、メディアミックスが著しい昨今であっても、全然興味がない人っているだろうし。
「えっと、『ステータスオープン』って言ってみて」
「『ステータスオープン』って、うわっ!?」
篁さんが素っ頓狂な声を上げた。
僕からは何も見えないけれど、ずいぶんとあたふたしている。オロオロしていると言った方がいいかもしれない。
縋るような目を僕に向けてくる篁さん。美人にそんな顔をされるとドキドキする。
「な、なんだこれは……」
「なんだって、篁さんのステータス」
「ステータス、むむむ」
篁さんはしばしウィンドウを見つめ、眉間にしわを寄せた。
恐る恐ると言った態で指を上下させ――ウィンドウの脇から僕を見つめてくる。
「桧川、助けてくれ」
「助けるって?」
「私は、その……タッチパネルとかはよくわからんのだ」
「……おばあちゃんかな?」
「何か言ったか?」
「何にも言ってないです」
睨まれたので視線を逸らす。
チラッと横目で見た篁さんは、頬を真っ赤に染めていた。
――調子に乗りすぎたかな。
生きた人間がいたという事実、言葉を交わしたことへの喜び。
いつの間にか気が緩んでいたのかもしれない。
謝るべきかなと迷っていたら、いきなり視界にウィンドウが表示された。
≪『篁 亜衣』からパーティ申請がありました。加入しますか(YES/NO)≫
また新しい機能が出てきたっぽい。
幸い意味は容易に理解できる。
「……篁さん、何か変なところ触った?」
「桧川の名前があったから、つい」
ダメだったか?
そう言われると……ダメではないな。
パーティを組むなんて、やっぱりゲームっぽいと思う。
メリットもデメリットも想像の域を出ない。
でも――
――友だちなんていない、ずっとそう思っていたけれど。
ここでパーティを組まないなんて選択肢はない。
今のこの状況をひとりで切り抜けられると思うほど、僕は思い上がってはいない。
「じゃあ、とりあえず……ポチッとな」
YESを押すと、篁さんの前にウィンドウらしきものが出現した。
何も書かれていない、真っ黒。たぶん裏側なんだろうな。反対側からは内容はわからないが、パーティを組むと仲間のステータスウィンドウが見えるようになるらしい。
「ちょっと見せてもらっていい?」
「すまん、よろしく頼む」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
名 前:篁 亜衣
種 族:人間
性 別:女
レベル:2
H P:40/40
M P:15/15
状 態:正常
攻撃力:4
防御力:4
魔法力:2
称 号:なし
スキル:【剣術】レベル1
【体術】レベル1
エクストラスキル:なし
装備品:木の棒
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
本日の更新はここまでとなります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




