第7話 勝てばいいだけだよ
すみません、昨日投稿し忘れていました。
今回が本日2話目になります。
「500匹だぞ、500匹! 早く逃げないと飲み込まれるだろうが!」
ヒステリックな韮澤の叫びが、僕の意識を思考の海から浮上させた。
ぐるりとテーブルを見回してみると……みんなしてずいぶんとヒートアップしている。
真っ昼間っから開いた緊急の生徒会は、オークの大軍団が襲い掛かってくると報告してから、ゴチャゴチャ揉めていた模様。
「桧川さん、さっきからずっと黙っていますが……」
弱々しい会長の声。顔色も悪い。まだ調子が戻ってないんだな。だからって、何がどうなるってこともないけどね。
「すみません、聞いてませんでした」
「タクローさま、さすがにそれは……」
特別ゲストのプリムプラムにも窘められてしまった。彼女が会議に参加しているのは、オークに関する知識をみんなで共有するためだ。彼女曰く、はぐれの雑魚オークと部隊単位のオークはほとんど別物。【万魔の書】とやらを持つ異世界の魔王ですら、オーク軍団と正面から戦うことを避けるらしい。
とにかく突破力が凄まじいとのこと。キングを頂点とする統制力も強く、調略の類が効かない。雑魚オークには調略に応じるほどの知性がないとも言う。そしてバカだからこそ自分で物を考えることなく、上位種の命令に素直に従う。頭が悪いってのがむしろ奴らの強みになってるんだよね。
――なんじゃそりゃって感じだよ、はぁ……
その上、放っておくと周囲のオークを組み込んで、どんどん軍団は拡大していくときた。
頂点に立つキングのほかに、正妻に当たるハイオークのクイーンも厄介。強力な火の魔法を使うクイーンをはじめとするメイジ軍団が火を放って、ジェネラルが統率する兵士たちが突撃する。これがオークの常勝戦術だそうだ。
ここまでは、この会議の前にすでに聞き取り済み。
「桧川、お前な……」
「だって意味ないでしょ。逃げるなんて選択肢、ないんだから」
ありゃ、みんな沈黙しちゃったよ。
当たり前のことを口にしたつもりだったのに、なんでだ?
さっきまでキャンキャン喚いていた韮澤が、テーブルにバンと両手を叩きつけて立ち上がった。もはや癇癪を抑えるつもりもないらしい。
「私たちは真面目な話をしているんだぞ! お前、いい加減に……」
「逃げることはできますよ。僕らだけなら」
「……僕らだけ?」
怪訝な目を向けてくる椎名さん。
なんか誤解されてそうなので、補足しておいた方がよさそうだ。
「僕らっていうのは僕のパーティだけって意味じゃないよ。レベルが1以上に上がっている人だけなら可能性はあるって意味。だってそうでしょ? レベル0が逃げられるわけない。僕らはレベル1になったときにパワーアップした。身体能力そのものが劇的に向上してるし、スキルだって手に入れた。この力を使って散り散りに逃げたら助かる人はいるかもしれない。全員生き残れるかって言われたら難しいだろうけど、男女ペアで逃げて、生き残った人がアダムとイブになるって方法はあると思う。レベル0は、まぁ……せいぜい囮かな」
囮。
その単語を口にしたら、不穏なざわめきが起きた。
「囮って、お前……」
「変かな? どう考えても、そうなるよね?」
学園は周囲をぐるっと森におおわれている。森と言えばコボルドだ。四方八方から矢を射かけられる。背後からはキングだかジェネラルだかに率いられたオークが突っ込んでくる。この状況でレベル0が逃げ切れるわけがない。運よく森を抜けることができても、その先――御崎原市街が安全なんて保障はない。たぶんモンスターだらけだろう。学園の外が安全だったら、とっくの昔に助けが来てるさ。異変が起きてからもうすぐ1か月たつんだよ?
じゃあ、僕らがレベル0を守りながら逃げる?
無理だよ。人数差を考えてよ。戦えない100人を20人程度で守り切れるわけがない。最終的には彼らを見捨てることになるのは明白だ。僕らが彼らを諦めた瞬間、彼らは囮になる。
最初から囮にするか、最終的に囮になるか。経緯は違っても結果は変わらない。
――それに、ここを放棄するのはリスクが高すぎるよ。
体育館には屋根があって水もある、寝起きする場所もあるし、なにより頼りになる仲間がいる。篁さん、柊さん、王さん、護道くん、椎名さん、最上さんたちや舞坂さんたち。【勇者】と【聖女】な一之瀬兄妹。戦えなくたって、会長の【AMAZ〇NES】みたいに計り知れない価値のスキルを持っている人だっている。今はレベル0の連中にしても、レベルさえ上げてくれたら即戦力になる可能性がある。囮にしたらそれっきり、もったいないにもほどがある。考えれば考えるほど、ここは死守の一手だね。
これなら納得してもらえるかなって僕が口を開くより早く、一之瀬くんが非難めいた目を向けてきた。
「囮って……お前、みんなを見捨てるってことか、桧川。いくら何でも酷いと思わないのか?」
「はぁ……違うって。勘違いしないで。僕はレベル0の人たちに死んでほしいと思ってるわけじゃない。誰も死なせないために戦う。戦って勝つ。それ以外に選択肢はないって、そう言ってるの。間違ったこと言ってる、僕?」
逃げたらどれだけ犠牲が出ると思ってんだか。戦記物のマンガや小説を読んだことがあったら、撤退するときが一番危ないってわかるでしょ。現実だって同じだよ、たぶん。作者の人たちは、きっと実際の資料を読み込んで書いている。少なくとも、軍事ド素人の僕たちよりは、ずっと真剣に考えているはずだ。あの人たちはそれで飯食ってたんだから。バカなことを書いたらSNSでフルボッコ一直線のオマケ付きでね。まぁ、これは言わなくていいな。
「道理だな。だがよぉ……『言うは易し、行うは難し』って言うよな、桧川。お前、勝つ手立てはあんのか?」
護道くんと正面から向かい合った。プレッシャーが凄い。でも、それだけじゃない。期待感のようなものも混じっているように感じられた。彼とは異変が始まってから話すようになった。それほど長い付き合いでもないんだよね。
――それでもわかることはあるよ。
護道くんは理性的な人物だ。
逃げてもどうにもならないってわかってくれている。
そして――助けられる人間を見捨てたりするような人でもない。僕と違って情に厚い男だ。
「一応作戦は考えた。勝てるかどうかはわかんないけど」
「ほう……あるのかよ、作戦。言ってみろ」
「護道くん、戦うつもり?」
「マジで聞いてなかったんだな、お前……いい根性してるぜ」
護道くんが苦笑して、椎名さんも続いた。
この空気、初日の中等部救出作戦を思い出すね。
「ホント、桧川、アンタって奴は……」
「プリムプラムが言うには、連中は出陣式ってのをやってるらしい。オークは夜目が効かないから、攻めてくるなら明日の朝。合ってるよね?」
プリムプラムが頷いた。
その顔に、強い緊張と恐怖が滲んでいる。
娘を孕ませようと機会を窺っていたクソ親父がこの世界に転移してきたことを知って以来、ずっとこの調子だ。オークどもを壊滅させることに躊躇いがないのは助かる。【万象の書】の効果で僕に絶対服従を誓っているとは言え、後腐れなんてない方がいいに決まっている。
「とりあえず考えたってだけの穴だらけの作戦だけど、あいにくと僕らには時間がない。早く動かなきゃいけないからサクッと行くよ。まず、全体の指揮官は……椎名さん、お願い」
「はいはい、私ね……え、私!?」
ビックリ顔、レアだね。
そうだよ。これは椎名さんにしかできない仕事なんだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これにて第4章終了となります。
キャラクター紹介を挟んで、明日より第5章を開始します。




