第6話 変なオークがいるんだってさ
昼ご飯を食べていると、護道くんから声を掛けられた。
『変なオークがいるみたいだぜ』って。
午前中に一之瀬くんのパーティが戦ったらしい。場所は講堂あたり。高等部の敷地のうち、北のエリアだ。講堂は、この体育館に避難するまでに生き残りが立て籠もっていた場所でもある。
「変って……どう変なの?」
「なんか、装備がいいんだとよ」
「それって、親衛隊みたいな奴ってこと?」
プリムプラムと戦ったとき、彼女の周囲にいたオークを思い出した。剣と盾を持っていて、身に着けているものがほかのオークと違ってキチっとしていた。
護道くんも『よくわからん』と顎をさすっている。あんまり焦っているようには見えない。一之瀬くんが遭遇した変なオークってのがジェネラル級の強敵だったなら、もっと危機感を持って情報を共有してくれていると思う。
「ん?」
クイッと袖を引っ張られた。
振り向くとすぐ傍にプリムプラムの顔があった。最近はニコニコしていることが多かったのに、今はやたらと深刻そうな表情だ。なんだかゾクッとする。
「……どうかした?」
「いえ、その……タクローさま、私たちも様子を見に行きませんか?」
「行くつもりだけど、何かあるの?」
言われなくても行くに決まっているじゃないか。たとえオークであっても、新しいモンスターがいると聞かされちゃ見に行かずにはいられない。手札が増えるのはいつだって大歓迎だ。さすがにドラゴンとか出てきたら速攻で逃げるけどね。
プリムプラムはキョロキョロと周囲の様子を窺い、耳元に顔を寄せてきた。内緒話か、珍しいな。この子は結構あけすけにものを言うタイプだと思ってた。
「詳しい話は……ここでは……」
「わかった、後で説明して」
腑に落ちないものを感じながら腰を上げた。
いつもの4人に舞坂コンビ、案内役の護道くんチームに椎名さんたちまで合流して合計12人。みんなたまたま手が空いていたと言うのもあるけど、『僕らだけで行くよ』って断る気分にはなれなかった。
プリムプラムの反応に嫌な予感を覚えたからだ。
――ま、まぁ……何もなかったらピクニックってことで。
たまには親睦を深める、みたいな?
僕たちが武器を手にしていなければ、オークをぶっ殺しに行くのでなければの話だけどね。こんな物騒なピクニック、聞いたことないよ。
今日は弓削さんが『ビビッド・サマー』を身に着けている。会長は体調不良。メンタルの方かもしれない。体育館は生徒会の飛車角と中等部が守っているし、一之瀬兄妹も残っているから大丈夫だろう。
弓削さんはあまり出しゃばらない大人しい人で、水着でモジモジしている姿が可愛らしい。堂々としていた篁さんや舞坂さんとは違う趣がある。
さて、現地は閑散としていた。オークなんてどこにも見当たらない。
「いないね、オーク」
「一輝がほとんど倒したらしいからな」
「ほとんど……ということは、全滅させたわけではないのですか?」
珍しいことにプリムプラムが護道くんに問いかけた。僕以外の男子とはあまり話をしないイメージがあったのに。嫉妬しているわけじゃないぞ、単純に不思議だったんだ。護道くんは僕の方を見てくる。僕は首を縦に振った。
「ああ、仲間が騒ぎ出したってんで何匹か取り逃したって言ってたな」
「取り逃した……どちらへ逃げたかは、わかりますか?」
「森に逃げたらしいから、北だな」
「どうした、プリム?」
篁さん、いつの間にか愛称で呼ぶようになっている。仲良くなったのは何よりだ。そんなほっこりした雰囲気じゃないので黙っておこう。僕は空気が読める男。
プリムプラムが、また僕の方を見てくる。今までにないほどに真剣な顔だ。
「タクローさま、オークが撤退することはありません」
「一之瀬くんがウソをついているってこと?」
プリムプラムは小さく頭を横に振る。
ショートボブの黒髪がふわりと風を孕んだ。
「失礼しました。例外はございます」
「つまり、今回のオークは例外って言いたいんだ。その例外を気にしているんだね」
「はい。そうですね……順を追って説明しますと、まず、オークは極めてシンプルな気質を有しています。思考は単純で武を尊ぶ。ですから、敵に背を見せることを酷く嫌います」
「自分の命がかかっていても?」
「……命が危ういと理解できるころには、すでに逃げられない状態に追い込まれているとも言えますが」
「了解。で、例外は?」
「先遣隊」
そのひと言が、ゾワリと僕の首筋を撫でてきた。
いつの間にかみんなも口を閉ざして、彼女の次の言葉を待っている。
バクバクうるさい心臓を抑え、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「先遣隊? 本隊がいる?」
「はい。部隊を動かすには相応の情報が必要です。指揮官たちは一般的なオークより知性がありますから、情報の重要性を理解しています。ですから……」
「……つまり、一之瀬くんたちが遭遇したのは先遣隊で、ここに人間がいるって情報を持ち帰られたってこと?」
「しかも、向こうは部隊単位。まとまった数で来るってことね」
割り込んできた椎名さんにプリムプラムが頷くと、一同に重い沈黙が降りた。
彼女が言うには、これまで僕らが戦ってきた……この辺でポップするオークはだいたいはぐれ者で統率なんてとれてない雑魚。部隊で動くオークは統率が取れていて、特に突撃力が半端ないそうだ。
「……北に逃げたって言ってやがったな」
行ってみるか?
僕らは互いに顔を見合わせて頷き、森に足を踏み入れた。
時おりコボルドの矢が飛来したけど、今の僕らにとっては何の障害にもならない。 弓道部トリオが撃ち返したら、すぐに森は静かになった。
「なんか、少なくない?」
「そう、だな……椎名もそう感じたか」
椎名さんと護道くん、実力者ふたりの声には不審があった。
オークとの遭遇を警戒しながら森を抜け――僕らは息を呑んだ。
驚愕の光景が広がっていた。
「うそ、あれって……」
王さんが絶句する。
学園の北の森を抜けた先は広大な田畑だったはずだ。いや、今も田畑は広がっている。問題は、そこじゃない。オークがいた。一匹や二匹じゃない。プリムプラムが言うような部隊ってレベルでもない。大軍団だ。大きな旗がいくつも風にはためいていて、ドンドコ太鼓を打ち鳴らす音がここまで聞こえてくる。
なんだ、あれ?
「……何匹ぐらいいると思う?」
緊張を漲らせた椎名さんの問いに、みんなオークを凝視し直した。
ウチの体育館の生き残りが120人ぐらいだから、それと比較して……だいたい200体以上はいるかな。
そう思った僕の見立ては甘かった。
「500ぐらい、か?」
「ご、500!?」
篁さんが口にした数字に、護道くんも椎名さんも頷いている。マジかよ!
チラッとプリムプラムの様子を窺ってみると――顔面蒼白、唇まで真っ青だ。両腕で抱きしめている彼女の身体は、傍目から見てハッキリわかるほどに震えていた。
おかしい。この子はオークの軍勢の存在を予想していたんじゃなかったのか?
「どうしたの?」
「あれは……父です。父の軍勢です。この世界に来ていたのですね。ああ、なんてこと……」




