第5話 何事もない平穏な日々ということにしておく(202X年7月18日)
「拓郎、ちょっと話があるんだけど」
朝食を終えてレベル上げに行こうとしていた僕を呼び止めたのは綾香だった。整った顔立ちには不快感があからさまに滲んでいた。腰まで届く黒髪は、ケアが行き届いていないせいで輝きを失いつつある。
異変の前から一之瀬くんにまとわりついているIIFCの一員にしてサッカー部の押しかけマネージャー、そして、異変が起きてからもずっと彼の傍を離れようとしない――僕の従姉妹だ。言葉を交わすのは久々な気がする。
……そんな機会訪れなければよかったのにって思ってしまうのは、僕が薄情だからだろうか?
「何? 僕、忙しいんだけど」
「レベル上げ、手伝いなさい」
聞き間違いかと思った。
なんで僕?
「……一之瀬くんに頼めばいいじゃん」
「一輝に迷惑かけたくないの」
「僕に迷惑かけるのはいいのかよ」
「何その態度。誰がアンタを引き取ってやったと思ってんの?」
お前じゃねーよ。
その言葉を、どうにか飲み込んだ。
両親が死んだ後、僕を引き取ってくれたのは彼女の父親である叔父だ。叔父とは色々あったけど、その点だけは感謝している。綾香に感謝することは特にない。でも、叔父に借りを返しておきたいって気持ちはある。
「桧川、何やってんの? 篁も王さんも準備できてるよ」
「ごめん、柊さん……綾香がレベル上げ手伝えって」
何気なく答えたつもりの声には、自分でもわかるぐらい『めんどくさい』が滲んでいた。僕の苛立ちを聞き咎めた綾香が、これ見よがしなため息をつく。
「はぁ、アンタってホントに器が小さいわね」
「その器が小さい男に頼ろうとしている奴に言われたくないな」
「すぐそうやって揚げ足を取ろうとするところ、最高にダサい。従姉妹として情けないわ」
「何をやってるんだ、桧川。舞坂たちも待ってるぞ」
今度は篁さんがやってきた。
……と思ったら、綾香は眉をピクリと震わせた。
何その反応、よくわからないな。初めて見る。
「桧川……綾香さんがレベル上げを手伝えって桧川に詰め寄ってるんだよ」
柊さんの説明を聞いた篁さんが、僕と綾香を交互に見やる。
ウンザリした表情だった。これまた珍しい。
「一之瀬じゃダメなのか。まぁ、アイツは手加減とか下手そうだしなぁ。仕方ないと言えば仕方ないか」
「はぁ!? 一輝がダメなわけないでしょ。手間を取らせたくないって心遣いがわかんないワケ?」
「……その心遣いの半分でも桧川に向けてやれないのか、お前は」
バカバカしい。
篁さんはそう言って大きく息を吐き出した。
ゴメン……なんだか、すごくごめんなさい。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだ。身内の不始末って本当につらい。綾香が身内かって言われると、ちょっと自信ないけど。
「まぁ、いい。手伝ってやるから、さっさと行くぞ」
なお、レベルが上がるなり礼も言わずに一之瀬くんの元へ向かった綾香の態度にキレた篁さんをなだめる方が、ゴブリンを倒すより100倍苦労した。
綾香さぁ、その態度はないよ……
★
「なんでですかッ!?」
悲嘆にくれる会長を、飛田副会長が慰めていた。
ほかのメンバーは互いに目配せを交わし合うだけだ。『お前、なんか言ってやれよ』って。定例の生徒会が終わった後のリーダー会議の真っ最中である。
『リーダー会議って何ぞ?』って言うと、生徒会から教師3人を抜いただけのものだ。だいたい生徒会が終わった後に参加者が残って、何となくスタートする。
内容は……ざっくばらんな雑談とか、パーティ内のトラブルとか、その他いろいろ。パーティメンバーには聞かせたくない話、リーダー同士でないと話しにくい話題もあったりするしね。あとは新しく出てきたスキルの情報とかもここで詳しく共有したりする。
人間関係に疎い僕的にはありがたい集まりだ。いろいろ勉強させてもらってます。
なんで会長が凹んでいるかと言うと、彼女がここ一週間ほどこっ恥ずかしい水着を着て必死に習得しようとしていた(できてない)【精霊魔法(水)】を、舞坂さんがたった一日で習得してしまったからだ。今日は会長も弓削さんもスケジュールの都合がつかなくて、それで舞坂さんに試しに着てもらった。時間を有効活用しようと思ったんだけど……まさか、こんなことになるとは。
「いろいろ考えてみたんですけど、属性の問題じゃないかなって」
「属性? 相性じゃなくってか?」
「仮説ですけどね」
ホワイトボードに六角形を書く。一番上の頂点に『光』を、一番下に『闇』と書いた。それで『火』と『水』が対象になるように、『風』『土』が対象になるように書き足していく。
「舞坂さんは水属性だから水の魔法を簡単に習得できた。篁さんは水っぽくないと言うか僕的には風属性かなって思ってるんですが、水と風は隣り合っているから習得しやすい。会長は……」
「水から離れている光か土、あるいは正反対の火属性だから習得が難しい、あるいはできないって言いたいのね。でも、ステータス見ても属性なんて項目ないわよ?」
「マスクデータの可能性がある。見えない設定ってことね。モンスターも魔法も属性が割り振られているのに、人間だけ例外ってのは変な気がするし」
「言われてみれば、そうかもしれませんね」
ドクター柊の相性説をベースにした属性説だ。
こっちの方がゲームっぽくなった世界のシステムとも噛み合ってるのではないかと。
「じゃ、じゃあ……私がしてきたことは?」
「すみません、別にこれが確定版ってわけじゃないので」
「うう……要するに水の魔法を諦めろって言いたいんですよね、桧川さんは」
「そこまでは言ってませんけど……」
弓削さんを優先した方がいいかなとは思ってる。
新しいスキル装備カードが引けたら会長に回すってことで、どうでしょうかね?
本音を飲み込んだ僕を余所に、一之瀬くんが手を挙げた。
「俺からもいいか? 綾香がレベルアップしてスキルを覚えた。【魔女】だ」
「レベルアップしたって、桧川先輩が手伝ってあげたんですよね? 白鈴が愚痴ってましたよ」
「そ、そうなのか?」
最上さんのツッコミに戸惑う一之瀬くん。
綾香のやつ、自分に都合が悪いことはだんまりかよ。予想どおり過ぎて、もうね……
「……まぁ、そこはいいよ。王さんには後で僕から謝っておくから。それで、どんなスキルなのか教えてくれる?」
「あ、ああ」
ホント、めんどくさい。
僕にスキルの情報を隠したって、どうせバレるのに。
リーダーがこうして集まって情報交換を行っているって、別に隠してないんだよ。
綾香の【魔女】には【ウィッチクラフト】と【薬品生成】のふたつのスキルが派生しているそうだ。【薬品生成】の方は柊さんの【錬金術】から派生したスキルと同名で効果も同じ。
「【ウィッチクラフト】は敵を麻痺させたり毒を与えたりする魔法だった」
「ふ~ん、状態異常系のデバッファーか」
いいスキル引いてるじゃん、綾香。
一之瀬くんは最強の剣であり盾、妹さんは治癒とバフにデバフまで担当している。アイテム生成と状態異常は割ときれいに戦術に組み込める。欲を言えば攻撃魔法が使えると、もっと良かったかもしれないとは言え……とりあえず、ほかのIIFCメンバーからは一歩リードできたんじゃないかな。
それにしても、妹さんの仕事が多すぎる気がするな?
「綾香は難しいって言っていたが……」
「何でそうなるのさ」
「そうなのか?」
首をかしげる一之瀬くんに、僕なりに考えた綾香の戦い方を伝えた。
僕が直に綾香に教えたら揉めるだろう。しかし、同じ内容でも一之瀬くんから提案されたら素直に首を縦に振る。アイツはそういう奴だ。
「ま、そっちはどうでもいいわ。舞坂たちはどうするの? 桧川のとこに入れるわけ?」
「本人たちの意思を尊重するよ」
「きれいごとねぇ」
ニヤリと笑う椎名さん。
いいじゃない、きれいごとも大切だよ。
汚いことばっかり考えていると心がすさんでしまうからね。
「友だちにも『レベルを上げましょう』って声をかけるって言ってたから、自分でパーティを立ち上げるんじゃないかな」
レベル0の気持ちと、レベルを上げてからの気持ち。両方を理解している彼女から声掛けしてもらえば、立ち上がってくれる人がいるんじゃないかなって期待感がある。僕らが頭ごなしに『レベルを上げろ』って唸っても反感を買うばっかりでロクなことになりそうにないし。いずれは彼女もここに来ることになるだろう。そう思えるだけ、今日は実りがあったよ。
なお、会長(以下略




