第5話 優雅だねぇ
本音を言えば、僕は一之瀬さん――妹さんの肩を持ちたい。
一之瀬くんが妹さんを大切に思っていることを疑うつもりはないけれど、この状況でレベルを上げたいと手を挙げてくれた彼女の意思を、僕は尊重したいんだ。いくら【勇者】だからって、四六時中べったりくっついて妹さんを守るわけにもいかないだろうしね。いざと言うときのためにも、妹さんだって力をつけておくべきなんだ。
だからと言って、僕は一之瀬くんと揉めたいわけじゃない。
何とか仲直りしてくれないかなぁ、このふたり。
はぁ……人間関係、苦手な奴ですわ。
「【演奏】かぁ。先輩って、どんな楽器ができるの?」
そう尋ねたのは、踊るようにステップを刻む王さんだった。
今日も今日とて左右に結わえられたツインテールの黒髪がピコピコ踊っている。
中等部最強戦力であるはずの彼女は、なぜか僕と行動を共にしている。
『乃愛が先輩に協力してあげてって』
『ひょっとしてハブられてる? いじめとか?』
『そんなわけないでしょ! 乃愛と私は親友なんだから!』
乃愛こと『最上 乃愛』さんの作戦だそうだ。彼女は僕との関係性を重視しているらしいんだな。エースである王さんを貸し出すことによって、いざと言うときに力を貸してもらえる体制を維持したいという思惑がある模様。
『会長の方がよくない? 仲良くなっておいたら買い物し放題だよ?』
『そうかしら? 乃愛は先輩の方がいいみたい』
『ふぅん』
会長の【AMAZ〇NES】を知ったうえで僕に接近してくる理由がよくわからない。そんなに彼女の気を引くようなことをやっただろうか?
篁さん、柊さんと、王さん、そして最上さん。昨日から今日にかけて、何だか僕への好感度が急上昇してない?
これって僕の自意識過剰だったりする?
心の中で首をかしげる僕の前で、王さんは肩を竦めた。
『ま、私の意見は違うけどね。だって、素直に助けてほしいって頭を下げた方が絶~っ対に手っ取り早いもの』
『最上さんは中等部のリーダーだから、そう簡単には頭を下げられないんじゃないかな』
『でも、桧川先輩を相手に下手に駆け引きするのは危ないって思うの』
『……それは、僕に言ったらダメなやつでは?』
『助けてくれるでしょ、先輩♡』
『善処するよ』
かわいい仕草でニコリと笑う王さん。
彼女のように素直に正面から突撃してくるタイプも、最上さんみたいに策動するのも、生き残るために全力を尽くしている点は一緒だ。どっちも好感が持てるよ。
特に王さんはセミナーハウス前に陣取ってオークと戦っていた姿が強く印象に残っている。仲間のために命を懸けられるカッコいい人だ。さらに戦力としても最強クラスのアタッカーなんだから、同行を拒否する理由なんてひとつもない。
……とまぁ、そんな感じで僕らは5人でパーティを組んで音楽室にたどり着いた。校舎の中はゴブリンばかりで、もはや相手にならない。
前衛に【剣術】【体術】を持つ篁さんと【格闘術】【体術】【気功術】を持つ王さん、後衛に【鑑定】【錬金術】の柊さんと【聖女】【演奏】の一之瀬さん、そして【万象の書】の僕。エクストラスキル持ちが3人もいる贅沢なメンツだ。一之瀬さんは楽器がなくても【聖女】だけで十分に仕事ができる人。
「一番得意なのはヴァイオリンです。子どものころから嗜んでいましたので」
「ヴァイオリンか……」
「何か?」
「モンスターと戦いながら演奏しなきゃならないって難しそうだなって」
一之瀬さんには【聖女】としての動きも求められる。
このエクストラスキルには派生として【治癒】【浄化】【聖域】という三種類のスキルがある。それぞれ傷の治癒、毒状態からの回復、モンスターの能力を下げるフィールドの展開。前ふたつのスキルは名前そのまんま。反面、癖があるのが【聖域】だ。デバフフィールドの範囲は僕が前に使った『瘴気の沼』とだいたい同じぐらいの広さで大きくMPを消費する。
味方が被弾しなければ【聖域】だけで済むけど、ダメージを食らうようなら【治癒】も必要になる。その上でヴァイオリンの演奏なんてできるのかな?
「では、桧川さんは何がいいとお思いですか?」
問い返されて、返答に窮した。
僕は楽器なんて全然詳しくないんだ。
音楽の授業とかずっと寝てたし。でも、せっかく会話が繋がっているんだからノーコメントだと感じ悪いよなぁ……
「う~ん、動きながらできそうな楽器って……マラカスとか?」
「タンバリンとか、カスタネットもよくない?」
「手が空いているならシンバルとかトライアングルはどうだ?」
僕、柊さん、篁さんの意見は却下された。マラカスを振ってる一之瀬さんの姿は想像しにくい。
発見した無事なヴァイオリンを肩に乗せ、一之瀬さんは弓を添えた。
「私のものではありませんが……」
「自分のヴァイオリンなんて持ってるんだ。ストラディバリウスだっけ?」
「ええ、よくご存じですね」
めっちゃ高いヴァイオリンの名前を適当に挙げたら、素直に頷かれて絶句。一之瀬家どうなってんだよ。柊さんも頬を引きつらせていた。篁さんと王さんはきょとんとしている。そのままのふたりでいてほしいな。
そんな僕らを余所に、一之瀬さんがヴァイオリンを奏ではじめる。
ややあって――
「む、これは……身体が軽くなった?」
篁さんが抜き放った剣を振るい、王さんも蹴りを繰り返している。
ふたりの表情から察するに、動きが鋭くなっているようだ。
僕は……動きやすくなったかなって気がする程度。
――でも、誤差レベルかなぁ。
ステータスの上昇幅は固定値だろうか、それとも割合だろうか?
最上さんの【号令】あたりとの兼ね合いも気になるところ。
まぁ、そんな疑問を口にするのは野暮かな、今は。
「上手いもんだね」
「芸術のことはわかんないけど、いい演奏だね」
一之瀬さんの演奏が終わってから『他の楽器も持って帰ろう』と提案すると『どうしてですか?』と問われた。
「うん、音楽があったらいいなって」
「はぁ」
「僕は寝てたから直接耳にしたわけじゃないんだけど、昨日の夜、泣いてる人が多かったって聞いた。そのときに音楽があったら少しは気を紛らわせることができたんじゃないかって、一之瀬さんの演奏を聞いて思ったワケ」
【演奏】スキルがあろうがなかろうが、音楽は音楽だ。
ステータスには表れてこないけど、メンタル面では芸術とか娯楽があった方がいいんじゃないかな。
それこそ会長の【AMAZ〇NES】で買ってもいいけど、節約できるところは節約した方がいい。他のことに魔石が使えるからね。
「それは、確かにそうですね」
「娯楽って言えば……図書館にマンガとかあるんじゃないの、先輩?」
「いいね、王さん。それ、ナイスアイデアだ」
ずっと体育館に引き籠っていると気が滅入る。
マンガだけじゃなく小説とかもいい気晴らしになるだろう。もちろん、学術書とか地図とかサバイバル教本とか、役に立つ本だってたくさんある。
次は図書館かな。僕たちだけじゃ手が足りない。体育館に戻ったら、みんなに提案しよう。
「やることが多いな、桧川」
「ホントにねぇ……まぁ、焦らずに行こうよ」
異変が起きて、まだ1日しか経ってないんだからさ。




