第9話 帰還
来るときは奇襲を食らって大急ぎで駆け抜けたコボルドの森、帰るときはゆっくりと前進した。動けない女子を3人抱えたまま強行突破をするのは危ないと思ったし、レベルが上がった前衛5人で周囲をガードすれば、コボルドぐらいどうとでもなるとも思ったからだ。
肉盾が不足していたらオークを起動すればいいし、もしもガチめにヤバそうになったらプリムプラムの【精霊魔法(火)】で森を焼き払うつもりだった。
なお実際は、残弾数の縛りをクリアした椎名さんがバカスカ矢を撃ちまくったぐらいしか特筆すべき点はなかった。よっぽどストレス溜まってたのかな。最上さんの【号令】のひとつである【アクセルオーダー】で加速した意味が全然なかった。
せっかくの新スキルなのに……椎名さん、最上さんに謝って!
「……帰ってこられたね」
「ああ」
篁さんの柔らかな声がしみ込んできた。
夜闇が迫る中に聳え立つ体育館を目にするなり『帰ってきた』って実感が込み上げてきた。ほんの数時間しか経過していないのに懐かしさすら感じる。一年以上通ってきた学校なのに、こんな気持ちを抱いたことは一度もなかったな。
『毎日通うのめんどくさ』って思ってたのにねぇ。人間変われば変わるもんだ。
「お~い!」
入口を固めていた一之瀬くんが、こちらに気づいて大きく手を振っている。
焦っている感じじゃない。僕らの本拠地は無事のようだ。
一之瀬くんは、今もキラキラ光っていた。
守りは完璧っぽい。
「あと少し、気を抜かないようにね」
「そうだな。油断大敵だ」
「桧川の言うとおりだわ」
『みゃ~』とリュンクスが鳴いた。
【気配察知】に引っかかっているモンスターはいない。
走り出したい気持ちを我慢して、周囲を警戒しながら歩みを進めた。
ここで『横から強敵がエントリー!』とかマジで勘弁してほしい。ちょっと心配しすぎかもしれないけど……ううん、無事に体育館にたどり着くことが最優先だ。
そして――僕たちは何事もなく体育館に帰り着いた。
「竜司!」
「一輝、そっちはどうだった?」
問われた一之瀬くんは顔を輝かせた。
これまで何度も目にしてきた、自信満々な表情だ。
みんなに安心感を与えることも、リーダーの資質なんだろうな。
「何度かゴブリンが襲ってきたが、どうにか守り切った。そっちは?」
「……一緒に行ったメンバーは全員無事だ。7人助けられた」
「7人か……」
「いや、違うな。助けたのは3人だ」
顎を撫でさすりながら、護道くんが言いなおした。
彼の目から見ても、レベルが上がっている4人は十分に戦力として映っているのだ。僕らは中等部を助けに行ったつもりだけど、彼らに助けられる機会も多かった。特にプリムプラムと戦ったときの王さん、あのキックは目が覚めるような一撃だったね。あれで篁さんたちがオークに専念できたのは大きかったよ。
一之瀬くんが訝しげに眉を寄せた。腑に落ちないって感じの珍しい表情だ。
――それにしても、7人か。
中等部って全部で何人いたんだろう?
高等部が1000人ぐらいだから、同じくらい?
僕みたいな高等部編入組がいることを考えると、もっと少ないのかな?
――たった7人……悔しいなぁ。
やれることはやった。
その結果だから大人しく受け入れるしかない。
ダメだダメだ。僕がクヨクヨしていたら、ついてきてくれたみんなだって気落ちしてしまう。
胸を張るんだ、僕!
「7人なのか3人なのか、どっちなんだ?」
「見りゃわかるだろ。説明は後だ。とにかく中に入れてくれ」
すげない護道くんに、一之瀬くんの顔が曇った。
どっちの気持ちもわかる。もちろん僕は護道くん寄りだよ。
コボルドの森を抜けて、オークをボコって、要救助者を助けて……イベントてんこ盛りでメチャクチャ疲れているんだ。
死体だらけの校舎探索でメンタルもヘロヘロ。
話は後って言うか、明日じゃダメかな?
「あ、ああ……あ~、えっと、桧川、話を……」
「ごめん、一之瀬くん。説明したいんだけど……その前に休ませて」
所在なさげな一之瀬くんが話を振ってきた。
だから無理だって。僕だって体育館で何があったか~とか聞きたいよ。
気になってることもある。
――あのオークの子、プリムプラムだっけ。
エロいアラビアン衣装をまとった黒目黒髪の美少女の顔が脳裏に浮かぶ。
会話が通じるオークってだけでも驚きなのに、『魔王』なんて単語まで出てきた。 僕だけじゃなく、みんなだって気になってるに違いない。
でも、全部後回しだ。
今はとにかく横になりたい。
さっきから、なんか視界がフラフラしてるんだ。
「……わかった」
よかった。
一之瀬くんが食い下がってきたらキレてたかもしれない。
中に入れてもらって、板張りの床に感動して、ぶっ倒れて……そこで僕の記憶は途切れてしまった。
気が抜けたって言うか、もう、限界だった。
助けられなかった人たちには『ごめんなさい』って謝ることしかできない。
でも、それ以上に僕と一緒に来てくれたみんなが無事でよかったって気持ちの方が強かった。人を率いるって、こんなに大変なんだ。
こうして異変の初日が終わりを告げた。
とりあえず、生き残ったよ。
ここまでが第2章となります。お読みいただきありがとうございました。
キャラクター紹介を挟んで第3章に移ります。
今後ともよろしくお願いいたします。




