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黒豹王の物語 ◇第一部~序章~◇  作者: 種広交明
はじまり

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9/9

#009「家政婦(アリス)は見た!!」


翌日、レイブン前王の突然の崩御の触れが出されると、

それは瞬く間に全土に広がった。


国内は勿論のこと、国外にも伝わり

それぞれの立場によって生まれた感情は違ったが、


このコルニール王国という小国にとっては、

間違いなく国の歴史上、

最も多くの涙が流れた日の一つとして数えられたことは

言うまでもない。


事実、『賢武けんぶおう』という圧倒的な存在が無ければ、

この小国がとうに他国に吸収されていたのではないか?

という認識は国内外多くの人間が認めるところだった。


そして、戦禍の中で苦しい生活をいられる国民にとっての

唯一にして最大の心のよりどころこそ

レイブン・フォン・コルニールという偉大な一人の男であった・・・。


一人の英雄の生涯に幕がりたと同時に、

また一人の英雄となるべき運命さだめを背負った男の物語が


託された遺志と共に、

今まさに・・・ここから始まるのであった・・・



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



激動の初日を終えたレグスが目を覚ますと、

日は既に天高くへ昇っていた。


レグス「うう・・・。いかん、もう真っ昼間だ。」


どうやら、皆が新参者の自分に気を使ってゆっくり休ませてくれたらしい。


それもそのはず、この城、この国・・・どころか、

この()()の新参者である。


レグス「ああああ~~」

大きな口で大きなあくびをして

だらけきっている時に・・・


コンコン

「黒豹王様、お目覚めでしょうか?」


こ、この声はアリス!


レグス「あ、ああ。今起きたところだ。」


寝起きであり、しかも急にアリスの声がしたことに驚いて、

半分裏返ったような

おかしな声で返事をした。


ガチャ

アリス「お目覚めのところ、失礼いたします。

 こちらの服にお着替え下さい。

 陛下がレグス様をお呼びです。

 お着替えが終わりましたら朝の身支度をしてから参りましょう。」


レグス「うむ。」


アリスが一度部屋を出た後、

用意してくれた少しゆったりとした服装に着替えた。


アリスが木製の桶に暖かい湯を入れて部屋に戻ってきた。


アリス「こちらで顔を洗って下さい。」


レグス「う・・・うむ。」


元の自分では想像もしがたい扱いに半ば戸惑いながら

顔を洗おうとしたが


レグス「うっ・・・」


やはり頭が獣と化してしまったせいなのか

顔が濡れると違和感を感じる。


毛が濡れて重くなり、あまり気持ち良くないが

目を覚ますためと思い

少し無理をして洗った。


アリス「ここにお座り下さい。」


レグス「う・・・うむ。」


今度はレグスをイスに座らせ、アリスがタオルで丁寧に毛の水分をふき取っていく。

何から何まで至れり尽くせりでなんだか申し訳なくなってきた。


次にアリスはブラシを取り出した。


アリス「毛並みを整えます。」


アリスはそう言うと、慣れた手つきでレグスの頭をブラッシングし始めた。


とは言え、さすがに黒豹の頭をブラッシングしたのは初めてだろう。


レグス「うっ・・・うううううっ!」


突如として、レグスが奇妙なうめき声をあげた!


アリス「ど、どうされましたか?

 少し痛かったでしょうか?」


レグス「いっ、いや。なんでもない。続けてくれ。」


レグスはこの時、ひそかに衝撃を受けていた!


ブラッシング・・・気持ちよすぎーーーーーー!!!

自分の頭が獣と化したからだろうか。

ブラシが毛をなでる度、

あまりの気持ち良さに声が出そうになる。


頭全体が毛に覆われているため、

アリスは頭の後ろだけでなく

顔の前までこまめにブラシをかけようとしたその時!!


家政婦アリスは見た!!』


威厳あるはずの黒豹王のゆるみきった恍惚こうこつの表情を!


大きな口はほうけたようにだらしなく開いてニンマリとして

その端からは少しよだれが垂れ、

目はこれ以上ないほど細まり夢うつつ!


その表情は、熟練したアリスの手を止めるには十分すぎる衝撃だった!!


アリスは、全く思いがけないものを見た衝撃で

不覚にも一瞬の思考停止に陥り固まってしまったが、

それもものの数秒のことだった。


アリスは、表情が崩れきっていることを自覚できていないレグスの顔を見つつ、

なんとか笑うのを必死にこらえながら任務を完遂した。


この時のレグスの形容しがたい表情を、

アリスはのちに何度も思い出し笑いしたという。


どうやら黒豹王の加護も『ブラッシング攻撃』を防ぐことはできないらしい。


アリス「終わりました。レグス様。」


レグス「あ・・・ああ。・・・じゅる。」


垂れたよだれを吸い上げ平静を装うレグス。

アリスを見ると、なぜか顔が赤くなっていた。


レグス「ん? アリス殿、顔が赤いように見えるがどうされた?」


アリス「え? な、なんでもありません。作業に集中していただけです。」


レグス「??・・・そうか。」


アリス「で、では朝食を持って参ります!!」


レグス「う、うむ。」


レグスは、アリスのよく分からない答えに首をかしげながら

なぜか少し焦るように部屋を出て行くアリスを見送った。


アリスは、繊細な意匠が施された木製の台車に朝食を乗せて戻ってきた。


アリス「こちらが本日の朝食になります。

 とは言っても、毎日ほとんど変わりません。

 質素なものですがご賞味下さい。」


レグス「いや、ありがたい。

 では、いただくとしよう。」


トースト、スープ、生野菜、ハーブティー。

とてもシンプルだが健康的で、

異世界に来た実感を感じられるメニューが

逆に嬉しかった。


レグス「うむ、うまい。」


アリス「お口に合って良かったです。」


昨夜の晩餐会もそうだったが、

元居た世界でお気に入りのインスタント食品を毎日のように食べていた自分が

生涯食べるはずのなかった異世界の料理を一口ずつ口に入れて味わっていることに

未だに現実味がない。

だが、実際に食感があり味を感じる。

このような何気ない日常の積み重ねが、

やがて実感へと変わっていくのだろう。


レグス「ありがとう。おいしかった。」


アリス「それは良かったです。

 食べ終わったばかりで申し訳ないですが、

 早速陛下の所へ参りましょう。」


レグス「うむ。」


こうして、レグスにとって初めての『異世界モーニングルーティーン』を終えて

ようやく二人は部屋を出た。





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