#010「守りたいもの」
アリスに案内されて着いた先に
繊細な模様のある美しい赤い絨毯が前に敷かれた
ひときわ大きな扉があった。
アリス「こちらが『王の間』になります・・・どうぞ。」
アリスはそう言うと大きな扉を開いた。
ガチャ
王「おお、レグス殿。待っておったぞ。
昨晩はゆっくりと眠れましたかな?」
レグス「ああ。とても寝心地の良いベッドでいくらでも眠れそうだ。」
王「ははは、それはなによりだ。
今日は我の最も信頼する側近の一人『ケイラス』を紹介しよう。」
ケイラス「陛下よりご紹介に預かりましたケイラスと申します。
この国の近衛騎士団の団長をやっています。
以後お見知り置きのほどを。」
レグス「うむ、よろしくお願い致す。」
王「ケイラスはな、この国で最も剣術に長けた戦士の一人だ。
兵士としての役職だけに留まらず、
多くの職務を担ってくれていて
我も頼りにしておる。」
ケイラス「もったいなきお言葉。」
王「そこでだ。
どうせ剣を習うのなら最も剣術に長けた者に師事するのが良かろう。
我はレグス殿を教えるならケイラスが最も適任だと思うが・・・
二人の意見を聞こう。」
ケイラス「陛下にそう仰って頂けるのならば、仰せのままに。」
レグス「少し待ってくれ。
我は一度も剣を持ったことなどない。
今から習って身に付くものなのか?
それに、どうしても剣が必要なのか?
剣を持っての殺し合いなど・・・元の自分からは想像を絶する。」
王「そうか・・・そうであったな。
おぬしは元居た世界で平和に暮らしていたのであろう。」
レグス「そうだ。
世界に戦争が無いわけではなかったし、母国でも過去には凄惨極まるような戦争の歴史があった。
しかし幸運にも、自国に戦争の無い時代に生まれ
敵兵と殺し合いをするような経験はせずに済んだ。」
王「そうか・・・だがおぬしが召喚された意味を考えれば、
この先必ず剣が必要になる。
そしてその剣で敵の命を奪うこともあるだろう。」
レグス「・・・。」
王「昨日まで平和に暮らしていた人間に、今日から敵を倒すために剣を習えとは
あまりに無茶なお願いであることは重々承知している。
だが、黒豹王としての役目を全うし、運命と闘うのなら他に道は無い。」
レグス「うむ・・・。」
これが平和ボケ・・・というものだろうか。
ここまで異世界おのぼりさん状態だった自分もいたのかもしれない。
しかし今後待っているのは戦いに次ぐ戦いである。
自分や国を守るためとはいえ、人を殺すかもしれない。
改めてその現実を突きつけられ、身の凍るような思いがした。
すっかり表情が暗くなったレグスを見かねて
ケイラスが口を開いた。
ケイラス「心中お察しします。
私たちコルニール国民にとっては戦争はいつも身近で、レグス殿より慣れているのは確かです。
先程仰られたように、通常は成人してから習い始めても中々ものにはなりません。
常に戦禍にさらされるこの国では、ほとんど全ての男子が幼少の頃から剣を習います。
その中で、よほど才の無い子を除いては多くの男子が兵職に就きます。
だからこそ、この国の兵士の練度は世界有数だと自負しています。
そして、ごく一部の特に才に恵まれている子は重要な地位に重用されます。」
レグス「・・・。」
ケイラス「多くの男子が兵職に就けば、当然他の仕事は人手不足に陥ります。
ですから、この国ではほぼ全ての女性が働きます。
他の国なら男がやるような仕事でもです。
とはいえ、どうしても男手が欲しい仕事もあります。
武芸の才能など無くともそのような仕事に就いたり、
または他の分野で才能を認められれば兵職から転職する者や、兵職と兼業する者もいます。
この小国が他国からの侵略を防ぎ続けるには、
これぐらい極端なことをしないと生き残れません。」
レグス「本当に・・・大変なのだな。」
ケイラス「そうです。
私は皆が懸命に戦っているこの国が好きです。
そして誇りに思っています。
レグス殿・・・
不安や怖さなど色々あるでしょう。
ですが、皆があなたを支える所存です。
あなたが孤独に押し潰されないよう一人にしないとお約束します。
私は剣術を教えることにも慣れています。
ものになるかどうかは分かりませんが、黒豹王の力が味方してくれるかもしれません。
どうかご助力のほどを・・・。」
ケイラス近衛騎士団長は、そう言うと深く頭を下げた。
王「レグス殿、わしからも何卒・・・」
続いて王も頭を下げた。
二人の中に、黒豹王という絶対的な力を欲する心もあったかもしれない。
しかし、この二人の言葉や態度からは嘘を感じ取ることができなかった・・・。
もし自分を召喚した王様が、その力で私利私欲を満たし
他国に侵略戦争を仕掛けるような人間なら、
例え命の危険を冒してでも言いなりにならぬよう抵抗しただろう。
しかしそのような人間が、このように丁寧に言葉を尽くした上で頭を下げる、
という態度を見せるとはどうしても思えなかった。
レグス「俺は元居た世界では、とてもじゃないが優秀とは言えない男だった。
正直だけが取り柄だったが、それも社会に出れば評価の対象ではなかった。
だがこの世界でも、その流儀だけは通させてもらうつもりだ。
だから正直に言わせてもらおう。
大した評価も得られなかった俺のような男が、
あなた方が思い描くような戦士になれる・・・
とは今すぐ断言も約束もできない。」
王とケイラス「・・・。」
レグス「だが、地位など関係なく、あなた方は好ましい人間だと感じる。
だから地位など度外視して、一人の人間としてのあなた方の願いに応えられるように尽力したい。
しかしそのためには、この手を血に染めなければならぬこともあるかもしれん。
だが、人を殴ったこともろくにない自分が、
その覚悟を急に持つことなど不可能だ。
恐らく、その覚悟を持つために必要なのは『守りたいもの』があるかどうかだ。」
王「守りたいもの・・・」
レグス「そうだ。
俺はこの世界に来てまだ間もない。
この国や土地、人々にまだ思い入れも無い。
おそらくここで生活を続けていけばいずれ愛着がわき、
大切だと感じるものが一つずつ増えていくはずだ。」
ケイラス「・・・・。」
レグス「それが積み重なってかけがえのないものになった時、
初めて本物の覚悟が生まれるのではないか?
だから一朝一夕で戦士としての覚悟を持つことは難しい。」
ケイラス「・・・よく分かりました、レグス殿。
正直にお話し頂いて良かった。
確かにその通りだ。
いきなり、何の思い入れも無いもののために命をかけろだなんて無茶な話だった。」
王「そうだな・・・我も考えが足りなかった。
今後はそなたにこの国や人の魅力を知ってもらえるように努力しよう。」
レグス「二人にそう言ってもらえて良かった。」
ケイラス「レグス殿。
気は進まないかもしれないが、このあと私と剣術の稽古をしましょう。
危険は無いようにしますからご安心を。」
レグス「う・・・うむ。分かった。」




