第一話 ザグバ・プロマクス、入学式で胸を膨らませる!!
「ここが、王都の魔導学園か!」
彼の名はザグバ・プロマクス。
灰色のソフトモヒカンにワインレッドの瞳を輝かせたザグバは、人目もはばからず声を出す。周りの学生よりも頭一個と半分ほど高い背丈、制服である黒ワイシャツの袖を捲って顔を見せるのは、太すぎず細すぎない鍛え抜かれた戦士の腕。左頬と首右腕には大きな古傷、腕も古傷だらけで、過去に死闘を繰り返してきたことが分かる。
そんなザグバに様々な視線が、突き刺さる。興味を抱く視線、侮蔑の視線、恐れるような視線、奇異の視線と様々だ。ザグバは視線に気付いているが、まったく興味がないらしく、堂々と腕を組んで学園を見上げていた。
由緒正しい魔導学園の制服を着崩して、ワイシャツが第二ボタンまで開いていること、他の学生より背が高く肉体が仕上がっていること、学生というより戦士という言葉が似合う男、ザグバ。
容姿が目立つのは仕方がない。だが、目立っているうちの一つとして、ザグバの立っている位置が悪い。学園の門の中央を陣取っているため、視線が向くのは当然だろう。
なぜそんなことをしているかというと、ザグバは待ち合わせをしているのだ。まぁ、門の中央で腕を組んで待っている必要はないのだが、本人は必要なことだと思っている。
少しばかり、残念な男。
それが、ザグバ・プロマクスなのであった。
「ザグ、お待たせ」
そんなザグバに、爽やかな声がかかる。
「おお、来たか、クレス!」
クレイス・デイフェル。デイフェル辺境伯の三男坊で、ザグバの親友であり、戦友でもある。
ザグバよりも背が低いクレスなのだが、他の学生に比べて頭一つ分大きい。とはいえ、ザグバに比べれば彼は大人びた学生に見える。
襟足を短く結んだ濃い緑色の髪に、小麦色の優しい瞳。キリッとした顔立ちなのに、優しい空気を醸し出す。体つきも仕上がっているが、ザグバより細い。美男美女が多い世界でも、クレスの容姿は人目を引くほどだ。ほら、女子学生の数人が、コソコソと黄色い声を上げているのがいい証拠だろう。
とはいえ、クレスは女子学生の視線を何とも思っていないらしい。そういうことに興味がないといった感じだ。
「ザグ、腕まくりはいいけど、ローブはどうしたんだい?」
「動きにくいし、熱いからな! ワイシャツだけで十分だ! やはり、まずいか?」
制服を着崩していただけでなく、ローブすら着用していないようだ。それは、目立つのも当たり前である。
「まあ、いいんじゃない。ローブを着てなくても、ザグは困らないだろうから。まぁ、第二ボタンは閉めて、ネクタイはもう少し上げたほうがいいと思うけどね」
「クレスがそういうならそうしよう! じゃあ、入学式に向かうぞ!」
「うん。あ、ザグ、そっちじゃないよ」
「む、そうか。では、案内してくれ!」
「はいはい。ちゃんとついてきてね」
「おうよ!」
輩のようなザグバと、爽やかイケメンのクレス。
正反対な見た目の彼らは、二人で入学式の会場へと向かう。
会場に向かうと、ツバの広い三角帽子を被った女教師がギョッとしながらザグバを二度見する。ザグバを見上げてくる女教師の顔は、校則違反の学生がいるというより、何やら恐ろしいものを見てしまったかのように青ざめている。女教師は、魔女帽子を深く被って視線を隠す。
「クレイス・デイフェルと、ザグバ・プロマクスです」
怯えている女教師にクレスが自身の名とザグバの名前を伝えると、女教師はかたかた手を震わせて指さす。
「あ、あ、あ、あなた方はあそこの席へ」
「ありがとうございます!」
「は、はいぃ。ど、どういたしましてぇ」
教師に指示された場所に向かい、二人は席に着く。
ザグバとクレスが席に座ると、少し離れた場所で和やかだった学生たちの空気が固くなった。まるで、危険人物が校内に入ってきたかのような緊張感だ。まぁ、性格はどうであれ、普通ではないことをしているので仕方がないだろう。
「はは、思った通り浮いてるね、ザグバ」
「そうだな。これは失敗だったかもしれん! まぁ、もう遅いから仕方がないな! がっははは!」
大きく笑うザグバに、周りの空気が少し緩む。品行方正とは真反対の人物だと思っていた学生たちだが、ザグバの話し方と空気を察したのだろう。あー、少し残念な人なんだなと言った感じに。
止まっていた話し声が再開する。ザグバに対して男子学生がコソコソと話し、クレスの顔について語る女子学生。全ての会話は、ザグバに聞こえているが、本人は何も気にしていないのか、クレスと時間が来るまで他愛もない話をする。
「静粛に。これより、王都魔導学園の入学式を始める」
教師の言葉で、ピタリと会話が止まった。優秀な貴族の子供が多く通う魔導学園といったところだろう。メリハリがきっちりとしている。
「それでは、学園長から祝福のご挨拶をお願いします」
教師の声がけで、学園長が姿を現す。壇上に突如として現れた学園長に、息を飲む音が複数ザグバの耳に届いた。優秀な魔術師の中でも、ほんの一握りの者にしか使えない転移の法で姿を現したからだろう。
壇上に現れたのは、大きな杖をついた老人だ。
(さすがは、学園長といったところか)
転移だけの判断ではない。ザグバは一目見て、学園長の強さを肌で感じ取った。教師のレベルも高いと思っていたが、学園長はさらに数歩先を行く。
見た目は弱そうな老人だ。魔術師を見た目で判断してはいけないが、大きな杖をついて腰を曲げている。声に関してもまったく覇気がなく今にも死にかけのしゃがれた声だ。
「カクカクシカジカ」
ザグバには、学園長の新入生に向けたありがたい言葉の長話が一切入っていない。
ただただじっと、老人の姿を確認する。
「女性か……姿を変えているな」
「ほう……」
先程まで弱々しかった学園長の喉から、感嘆と鋭さの混じった吐息がザグバの耳に届いた。ザグバの普段の声は大きいが、今回は周りには聞こえないくらいには小さく、無意識に放ってしまった言葉。だというのに、学園長から反応があり、目が合う。学園長の紫色の瞳は見た目と違って枯れておらず、メラメラと燃えて見えた。
「学園長?」
「いやいや、なんでもないぞい……えっとぉ、どこまで話したのぅ……あぁ、そうじゃったなぁ……カクカクシカジカ」
そうして、ザグバにとっては聞く意味のない話に戻った。
ザグバは、話は聞いていないが、学園長から決して目を離さない。
[クレス]
[どうしたの、ザグ。念話なんて]
[世界は広いな。これからが楽しみだ]
ザグバの唐突な念話や、突然過ぎる言葉にも、クレスは動じない。ただ、ふっと微笑むような声がした。
[そうだね。でも、まだ式典の最中だから、魔力も抑えてね。みんなが苦しそうだよ]
クレスに指摘されて、ザグバはハッとする。周りを見れば、少し離れた席の学生たちは顔を青くしていた。強者を見たザグバが、興奮して魔力を体に纏わせていたらしい。防衛本能に近い反射的な行動であった。
[あぁ、すまんな……助かる]
[いいよ]
[ね、念話での、し、私語も、つ、謹んで、く、くださいね]
念話に介入してきたのは、先程顔を青ざめていた女教師であった。ザグバが女教師に視線を向ければ、今も青ざめていて、なんなら若干涙目だ。ザグバと目が合うと、女教師は魔女帽子を深くかぶってカタカタと震え始める。
(念話の介入とは……恐れ入った)
念話をするには、魔力の波長を他者に合わせる必要がある。長年の関係なら念話の介入も可能であるが、そもそも念話を使っているという証拠はほとんどない。僅かに魔力が漏れる程度だが、靴に砂一粒が入ったような違和感を感じる必要がある。
よほどの魔力探知能力がなければ不可能だし、分かったところで魔力の波長を合わせることができない。
魔力の波長は指紋のようなものだから。
魔力探知とコントロールの優れた教師ということが証明された。怯えている態度とは思えないほど卓越した技術である。
(やはり、来てよかったな!)
ザグバは、うんうんと今後の学生生活に期待を寄せた。
入学式は、つつがなく進行していく。
在学生で主席の学生が挨拶に来れば。
(ほう、あの先輩が、この学園の最強か。ぜひ、手合わせ願いたいものだ!)
頭には手合わせのことしかなく。
主席の挨拶が終わると。
(ふむ……さすがは、魔導学園。ダイヤモンドの原石が山ほどいるな。鍛えがいがありそうだ!)
など、今度は自分の世界に入ってしまい、入学式の言葉や説明はほとんど覚えていないザグバなのであった。




