↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明日の僕から、君を嫌いになれと届いた  作者: きびだんご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/18

火のない朝

 会館は、午前中のうちに臨時休館になった。


 僕たちの話だけで決まったわけではなかった。

 研究室から施設へ連絡が入り、管理者が設備業者に点検を依頼した。施設には前から、照明が瞬間的に落ちるという報告もあったらしい。

 原因を確認するまで貸室を止める、と会館のホームページに告知が出た。


 その告知を、僕は何度も開き直した。

 未来の僕が知っている会館にも、このお知らせは出ていたのだろうか。出ていても、僕は戻ったのだろうか。

 考え始めると、どの情報も怖い方へつながった。


 研究室へ、会館が閉まったなら火事は起きないのか、と問い合わせた。

 担当者は、今分かっていることだけを答えた。利用者の入館は止まっている。現場の安全確認は管理者と専門の業者が進める。何も起きないと保証はできないが、危険を減らすためにできる対応を取っている。

 僕が現場へ確認に行く必要はない、とも言った。


「僕たちが連絡したせいで、点検の人が巻き込まれませんか」

「危険の可能性と時刻は、対応する方にも伝えています。具体的な作業方法は現場で判断します。あなたが建物に入り、安全を確かめる役割ではありません」


 僕は、分かりました、と答えた。

 電話を切っても、何か忘れている気がした。

 何もしないことが怖い。だから近くへ行きたくなる。

 その気持ちが、メールの「戻るな」と結びついた。


 駅前へ行くとき、会館のある通りを避けた。

 遠回りになるのは数分だった。信号待ちのあいだに、会館へ向かう方の道を見た。

 自分で選んで違う道を歩いているだけなのに、知らない場所へ来たような気がした。


 律には、今から家を出る、と送った。

 すぐに、俺も、と返ってきた。

 昨日なら、そんな連絡はしなかった。

 少し面倒で、でもその面倒がありがたかった。


 午後1時、駅前の喫茶店で律と会った。

 僕が先に着いた。入口が見える席を選び、律がドアを押すまで、運ばれた水に手をつけなかった。


「お待たせ」


 その声を聞いて、ようやく息を吐いた。

 律は気づかなかったふりをして、向かいに座った。


 コートの襟が片方だけ内側へ折れていた。

 僕が指さすと、律は慌てて直した。


「走ってきた?」

「いや。電車、一本待った」

「急がなくてよかったのに」

「急いでへんって」


 いつものやり取りだった。

 律は椅子の背へ鞄を掛けようとして、やめた。机の下、自分の足に触れる場所へ置く。

 スマホは鞄にしまわず、手元へ出していた。


「昨日の僕、何で電話つながらなかったんだろう」


 声に出してから、昨日ではないと気づいた。

 あちらで起きた、こちらではまだ起きていない今日。

 言葉が追いつかなかった。


「向こうのことは、俺も分からん」


 律は言って、自分のスマホを軽く持ち上げた。


「今日は出られるようにしとく」


 僕は頷いた。

 分からないことを無理に埋めず、今日のことだけ決める。

 説明会で言われたことより、その動作の方がよく分かった。


「録音、残念やけど。また場所探そ」

「そうだね」


 律がメニューを開く。

 僕は両手が見える位置に自分のスマホを置いた。


「機材は?」

「返却、来週でええって。今日は取りに来てもらうのもやめた。敷地に入らん方がええやろし」

「点検の人は、大丈夫なのかな」

「それも研究室に聞いた。危険かもしれん場所と時間は伝えて、作業する側で対応考えてるって」


「僕も同じこと聞いた」

「そっか」


 律はメニューを閉じた。

 机の端で、爪が小さく鳴った。


「俺、最初に会館へ電話したとき、何て言うたらええか分からんかった」

「未来からメールが来た、って?」

「いきなりそれだけ言うても困るやろ。研究に参加してることと、日時のある火災の情報が届いたこと、順番に話した。途中で自分でも何言うてんねんってなった」


 僕は初めて、朝の律も怖かったのだと具体的に想像した。

 電話では必要なことばかり言っていたから、僕より落ち着いているのだと思った。


「受付の人、ちゃんと聞いてくれた?」

「最初は確認しますって。あとで研究室からも連絡行って、管理の人が代わってくれた。俺の予約番号も聞かれた」

「僕も聞かれた」


 同じ番号を、2人が別々の部屋で読み上げていた。

 律は番号を覚えていた。僕はメールを探した。

 似たことをしていても、まったく同じ朝ではなかった。


「休館で、ほかの人にも迷惑かかったね」

「そうやな」


 律は否定しなかった。


「予約してた人は困ると思う。でも、それで黙っといた方がよかったとは、俺は思わん」


 謝らなくていい、と言われるより納得できた。

 誰にも迷惑をかけずに危険だけを消す、そんな選び方はなかった。

 僕は施設へ伝えたことを取り消さなくていいのだと、もう一度自分に言った。


 律が、ようやく水を飲んだ。

 喉が渇いていたのか、グラスの半分ほどが一度に減った。

 僕は店員を呼びかけて、律が自分で水差しを取るのを見て手を下ろした。

 小さなことだった。

 でも今日は、律が自分でできることにまで、手を伸ばしそうになった。


 律がコーヒーを頼み、僕は同じものを頼んだ。

 店員が去ったあと、僕はようやく言った。


「見せて」

「何を?」

「律に来たメール」


 律の指が、メニューの角で止まった。


「火事のところは、電話で言った通りやで」

「それ以外もあるんだ」


 責めるつもりではなかった。

 でも口から出たあとに聞いたら、そういう声だった。


「ある。先に、俺から話したいことがあって」


 昨日、改札で聞いた言葉と同じだった。

 僕は自分のスマホの画面を下へ向けた。


「僕にも見せろとは言わないんだね」


 律は僕を見た。


「見せてくれるなら見る。でも、湊が先に話したいことあるんやったら、待つ」


 その答えを優しいと思った。

 同時に、自分はもう試されている気がした。

 僕なら相手の画面を待てるだろうか。今、見せてと言ったばかりなのに。


 コーヒーが届いた。

 律はミルクを入れず、スプーンだけを一度動かした。考え事をしているときに、よくそうする。


「昨日の話、してええ?」


 僕は頷いた。

 外を救急車が通った。僕たちはどちらも窓を見た。

 サイレンは交差点を曲がって、会館とは反対へ遠ざかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。