08 そもそもの
徒歩で移動する歩兵隊の横を、レネスを先頭にした騎馬隊が追い抜いて行く。歩兵は黙々と行進し、隊列こそ乱していないものの、古戦場で並び立っていた時のような緊張感はない。戦闘にならなかったせいか、どこか退屈そうだ。
馬の背にゆられながら、ジットリアは背筋をのばした。
レネスは裁判を受けさせてくれると言ったし、ルークも下心はあるものの親切にしてくれている。気がゆるんだせいで疲労を感じたが、居眠りをしてルークに寄りかかるわけにはいかない。がんばって目を開けている内に、ふと、この状況を招いた発端の出来事をジットリアは思い出した。
数ヶ月前、難関試験に合格して宮廷魔術師となったジットリアは、ナターシャ王女付きの護衛官に配属された。王女付の護衛官は、王家に近い貴族から選ばれるのが常であったから、男爵家の娘が指名されるのは異例のことだ。
スレーン国の王女ナターシャの趣味は、辺境の森での魔獣狩りである。国民には伏せられていたものの、ナターシャの血生臭い趣味は、貴族の間では知らぬ者のいない有名な話だ。
狩猟は男性貴族のたしなみであるが、ナターシャのそれはたしなみの域をこえている。わずかな護衛だけを連れて辺境の森に入り、命の危険をおかして魔獣を狩ることに人生をかけている。国王の苦言も聞き入れず、狩猟なしの生活が考えられないほど、のめり込んでいる変わり者という話だ。
初めて謁見した時、ナターシャが華奢で美しい女性であることにジットリアは驚いた。父の悪評のせいで王宮行事に招待されたことがなく、自国の王女を間近で見たのは、その日が初めてだった。こんなにも美しく可憐な方が、本当に魔獣狩りなどなさるのだろうか。ナターシャをねたんだ何者かが、根も葉もない嘘を広めたのではないか。そう思った。
ほどなくして、ジットリアは現実を目にすることとなる。
狩猟用に調教したグリフィンにまたがり、武器と魔法を駆使して魔獣を追うナターシャ。噂は事実であったと震え上がると同時に、獲物を仕留める手際の良さにジットリアは感動した。生き生きと地に空に駆けるナターシャの姿は、まるで神話に出てくる女神のようで、王女のために働けることはジットリアの大きな喜びとなった。
新人護衛官であるジットリアの仕事は、狩りの獲物を見つけ、ナターシャのもとまで追い立てることだ。護衛官とは? との疑問を感じなくもなかったが、新人が口答えなど許されない。ナターシャは美しくも厳しく残酷な人であった。
魔獣が多く出没する狩り場は、たいてい人間の住む地域から遠く離れている。狩りのたびに遠出をし、宿泊には各地にある王家の別邸を利用した。あの日も、数日かけて騎獣を飛ばし、一行が到着したのは魔獣が多く生息しているという国境に近い森だった。
グリフィンに騎乗したジットリアは、他の護衛官達とともにナターシャが狩るための獲物を探し始めた。森には多くの魔獣が生息していたが、ナターシャが気に入りそうな手強い魔獣の姿はなかなか見つからない。森に入って半日、ようやく獲物を見つけた時、ジットリアは心底ほっとした。
半日がかりで見つけた獲物は、巨大なラフォーク大狼だ。
その名の通り狼のような外見をし、しかし、その体躯は狼よりもはるかに大きい。黒い縁取りのある銀色の目に、鋭い爪と牙を持ち、体の下側の毛は黒く、顔の上部から背中、尻尾にかけて青い毛におおわれている。魔物と妖精の中間のような存在で、現界と冥界を自由に行き来できるとも噂される。めったに姿を見せることのない、希少な魔獣だ。
他の護衛官達と協力して、ラフォーク大狼をナターシャの元へと追い立てた。
ところが、そこで思わぬ出来事が起こった。追いつめられた大狼がナターシャの乗る騎獣に飛びかかり、ナターシャが騎獣の背から投げ出されたのだ。
「ナターシャ様!」
ジットリアは、急いでナターシャのもとに駆け寄った。地面に倒れたナターシャが、美しい顔を苦痛にゆがめながらジットリアの手をつかむ。
「……ジットリア、わたくしは動けそうにありませんわ。わたくしに牙を剥いた、あの大狼を必ず仕留めるのですわ。卑しい魔獣の首を持ち帰り、このわたくしに献上するのですわ」
「ナターシャ様。お任せください!」
命令を下されたジットリアは、意気込んでそう答えた。
他の護衛官にナターシャのことを任せ、グリフィンに飛び乗ったジットリアは逃げた獲物を追い始めた。遠ざかる影を目指して騎獣を飛ばし、もうすぐ追いつけるとなった時、森が開けて巨大な建物が目の前に現れた。
遺跡のような古い建物で、大狼は建物を目指してまっすぐ走り、暗い入り口に飛び込むと姿を消してしまった。




