07 アデリス軍
「いやあ、レディに手枷をつけるなんて緊張するなあ」
などと言いながら、若い兵士がジットリアの手首に手枷をはめた。自分からルークだと名乗り、他の兵達が周囲を警戒しているなか、何が嬉しいのかニコニコと笑顔でいる。
兜の面頬を上げており、短く切った赤毛と、生き生きした青い目が見えていた。年齢は、二十歳をいくつか過ぎたくらいだろう。態度や話し方から、女性のあつかいに慣れていることがうかがえた。
ジットリアの両手首につけられた鎖付きの手枷は、鉄製の輪の内側に革が貼られ、金属が直接肌に触れないよう工夫されている。左右の手枷をつなぐ鎖も、長すぎず短すぎず、つけたまま日常の動作ができるよう考えられていた。
「誓って上は見ないから! 大人しくしてくれれば、すぐに終わるからね!」
そう言って地面に膝をついたルークは、ジットリアの足に足枷をつけ始めた。
くすんだ青色のドレスのすそは足首の上まであり、視線を上げたところでドロワーズは見えないとジットリアは思ったが、宣言通りルークはちらとも上を見ない。さっき油断するなと言われたばかりなのに、作業しながら鼻歌まで歌い出した。
あの人が言った通り、刑罰が決まるまでは安全に過ごせるようだ。
ほっとしたような、拍子抜けしたような、ふわふわした気持ちでジットリアは立っている。ジットリアに足枷をつけ終えたルークは、先程の男性――レネスと名乗った男の方に顔を向けた。
「レネス様、口枷ってどうしても必要ですか?」
口枷という言葉を聞いて、ジットリアぎょっとした。
スレーン国の虜囚であったときは、魔法省のクレアモントが同行していたせいか、口枷はつけられなかった。だが、魔術師の逃亡を防ぐのであれば、口枷をして詠唱を禁じてしまうのが一番効果的だ。
「その人が逃亡する際、真っ先に死ぬのがお前になるが、それでも文句を言わないというなら、お前の判断に任せる」
馬に乗ったレネスが、淡々とした口調でルークに答えた。面頬を下ろしていて表情が読めないので、本気なのか冗談なのか、うかがい知ることはできない。
ルークが不服そうに言い返す。
「でも、ほっぺた痛そうで可哀想です。こんなに可愛い顔なのに、口枷で痣ができたら一大事ですよ!」
どうやら、ジットリアのことを気遣ってくれているらしい。罪人のケガを心配してくれるなんて、何て良い人なんだろう。ジットリアは感激した。
「私なら大丈夫です。遠慮無く口枷をしてください」
「でも、ほっぺたに当たると痛いよ?」
「痛くても我慢できます。大丈夫です」
ジットリアが言うと、ルークは「それじゃあお言葉に甘えて」と言って、ジットリアの背後にまわった。
口枷と聞いて拷問具のようなものを想像したジットリアだったが、ルークが持っていたのは、ただの白い布だった。長い布をジットリアの口にかませると、両端を頭の後ろで結びつけた。
「強く縛りすぎたかな? 痛くない?」
「……あいようぶえす」
布をくわえた状態で、もごもごとジットリアが答える。下町の少年のように親指を立てて見せようかと考えるが、お行儀が悪いと思われるだろうと自制した。
布が食い込んだ左頬がずきずき痛むが、詠唱を禁じる処置は正しいので我慢する。左頬は、きっと紫色になってしまうだろう。髪は黄色になってしまうし、鏡を見るのが怖ろしいとジットリアは悲しくなった。
拘束されたジットリアは、兵士に手伝われて馬の背に乗せられた。
スカートを履いている上、足枷が鎖で繋がっているので鞍にまたがることはできない。横向きに腰掛けたところへ、後ろにルークがまたがって手綱を手にする。金属の鎧を身につけているとはいえ、男性を間近にしてジットリアは体をこわばらせた。
ジットリアの緊張に気づいたルークが、優しく声をかけた。
「特等席とは言えないけど、なるべく揺らさないようにするから我慢してね。もし気持ち悪くなったら言って――いや、言えないか。俺の腕を叩いてくれれば止まるから。緊張しなくても平気だよ。気を楽にして」
「あい。あいがとうごやいまふ」
もごもご言うと、ルークがにっこり微笑む。馬の腹を蹴ると、古戦場の端にいる本隊を目指して馬を進めた。
大勢の兵士が、列を成して古戦場から森の道へ引いて行く。
ルークの馬に相乗りをしたジットリアは、道の脇で一糸乱れぬ行軍をながめていた。ジットリアが捕まるのを見届けたのち、向こう側にいたスレーン国の軍勢が兵を引き始めたので、こちらも兵を下げるのだと言う。
とは言え、
「念のため、ほとんどの兵は国境付近に数日待機させておくんだよ。背後を攻められて全滅なんて、笑い話にもならないからね。俺たちも野営地に行くけど、明日は本隊とは別行動で首都に戻る予定だよ。早朝に出発するって言ってたから、今夜は早めに寝た方がいいよ。君は寝つきはいい方? でも今日はさすがに眠れないかな?」
後ろにいるルークが、ぺらぺらと内情を説明する。口枷をされたジットリアは、うなずくより他に答えようがないが、ルークは気にしていないようだ。
「ドラゴンも連れてきてるけど、馬が怖がるから後方に控えさせたんだよね。それに、重要な局面でもないのに手の内を見せるものじゃないって、レネス様が言ってたっけ」
そのレネスは、離れた場所で数名の年嵩の男と何事かを話し合っている。
レネス以外の者は凝った装飾の鎧やマントを身につけ、各部隊の将校であるとうかがえた。レネスの鎧は、これといって特徴のない銀色の鎧だ。にもかかわらず、他の男達にへりくだることなく堂々とした態度でいる。いったい何者なのだろう。
「レネス様が気になる?」
ふいにルークに尋ねられ、ジットリアは目を見開いた。
「ほんなことはあいまへん!」
あわてて否定するも、ルークは取り合わない。にやにやしながら口を開いた。
「またまた、レネス様かっこいいもんね。思わず見つめちゃう気持ちも分かるよ。でもショックだなあ、ジリーはレネス様みたいな男が好みなのか。ちなみになんだけど、ジリーは俺の好みど真ん中だから、その気になったらいつでも言ってね。一目見た時から、俺のハートはジリーのものだよ!」
勝手な愛称をつけて勝手なことを言いつつ、ルークが片目を閉じて愛想を振りまく。言葉も動作もよどみないことから、普段から言い慣れていることが予想できた。
「……あい」
恋愛にうといジットリアでも、さすがに社交辞令であるとわかる。
スレーン国でも、この手の男性を多く見てきた。未婚既婚を問わず、性別が女であれば口説かなくては失礼だと思いこんでいるタイプだ。それにしても、会ったばかりの犯罪者を口説くのは、分別がなさすぎるのではないかとジットリアは思う。いつか女性がらみで痛い目に遭うことだろう。
「――はっ! その熱い視線。どうやら俺の魅力に気付いたようだね?」
「ひひゃいまふ」
冷静にジットリアが答えたところで、ようやくレネスが戻ってきた。会話の最後を聞いていたらしく、冷ややかな視線をルークに向ける。
「虜囚を口説こうとするな」
「可愛い女の子と一緒なのに、話もするなとか拷問じゃないですか!」
憤慨してルークが叫ぶと、レネスの表情が険しくなった。
「問題をすり替えるな。明日には、役目を交代させるからな」
「それにはおよびません。ジリーの身柄は、この俺が命に代えても守ります!」
きっぱりしてルークが答えると、レネスは苛立った顔をする。だが、これ以上注意しても時間の無駄だと判断したようで、手綱を受け取ると馬の背に乗った。
「野営地に移動する。各自、警戒をおこたるな」
口枷について。“猿ぐつわ”が正しいですが、世界観に合わないので口枷で通します。




