06 魔女と騎士
男は、女の顔がよく見えるように顔を上向かせた。
まず目を引いたのは、色水を浴びたような派手な黄色の長い髪だ。エベル寺院の監視人によれば、金髪をした貴族の娘という話だったが、おそらく森の暗がりで見間違えたのだろう。どう見ても金髪には見えない。
エニシダの花のような濃い黄色で、ふわふわと波打って女の顔のまわりを覆っている。とても人間の髪とは思えないが、眉や睫毛も同じ色であるのを見るに、生まれつきのものであるらしい。瞳は春空のような薄青で、そこに涙がにじんでいる。
おびえきっているものの、まっすぐな視線は善良そうではある。
先程の大げさな謝罪も、同情を引くための演技やごまかしには聞こえなかった。
寺院を破壊した張本人なのは間違いないようだが、女が言ったように不注意による事故かは疑わしい。そう行動するよう、誰かに仕向けられた可能性も十分考えられる。実際、この様子なら騙すのは簡単だっただろう。黒幕は誰であるのか、これから聞き出す必要がありそうだ。
何にせよ、面倒なことになったと男は思う。
間近で見る女の顔は、まだ少女のように見える。言動からしても、二十歳を越えていないのは間違いない。にもかかわらず、病人のように痩せ細り、目の下には何日も寝ていないような紫色の隈がある。
左側の頬が赤くなっているのは、今しがた、誰かに殴られたばかりのようだ。被害を受けたのはアデリス国だというのに、スレーン国はこの女を自国の罪人と同様にあつかったらしい。ろくに食事を与えず、痛めつけることで逃亡する気力を奪ったのだ。
「いったい誰に殴られた?」
好奇心から尋ねた。女は、今にも目をまわしそうに見えたが、何度か口をぱくぱくさせたあと、ようやく答えた。
「――魔法省のクレアモント伯爵です。ですが、私がいけなかったんです。身のほどをわきまえず……」
語尾をにごらせると、もごもご言って黙り込む。
よく見ると、女の唇には乾いた血が付着していた。魔法省の伯爵とやらにに殴られた際、口の中を切ったらしい。自業自得と捨て置くのは簡単だが、裁判前に死なれては事件の全容を明らかにすることができない。あとで医務官を手配しておこうと、男は心に留めた。
「あなたの名前と身分は?」
尋ねると、女が驚いた顔をした。犯人について、詳しい情報を知っているものと思っていたようだ。
「エスリル男爵の娘で、ジットリア・エスリルと申します」
男爵家の娘と聞き、男は顔に出さずに納得した。
アデリス国に貴族はいないが、隣国の貴族制度は知識として知っている。男爵家はスレーン国貴族の中でもっとも階級が低く、その程度の家柄では大した後ろ盾にならない。魔法省の役人は伯爵だというから、男爵家よりも立場が上だ。それなら、面倒事を引き起こした腹いせも、心おきなくやれるというものだろう。
女から手を離すと、男は部下達に命じた。
「男爵令嬢を拘束しろ。だが、くれぐれも油断するな。普通の女のように見えて、攻撃魔法をあつかえる魔術師だ。彼女のひと声で、我々の命など一瞬で消し飛ぶぞ」
エベル寺院の周辺には、厳重な防御魔法が敷かれていた。それを突破し、寺院を破壊したのだから、相当な魔術の使い手のはずだ。弱く儚げに見えるからといって、その事実を忘れてはならない。突然命が惜しくなり、兵を倒して逃亡をはかる危険は十分あった。
兜をつけようとした男は、問うような女の視線に気付いて動きを止めた。
視線が合うと、何か言おうとしかけて女が顔を伏せる。抵抗するつもりはないと言うつもりかと待ってみるが、うつむいたまま話し出す様子がない。ふと、まだ名乗っていなかったことを男は思い出した。
「私は、レネス・ノルゼインだ」
それだけ言うと、男は兜をかぶり直した。




