55 赤でも青でもない
笑顔を消したエドガーは、生真面目な表情をするとミリアンに尋ねた。
「飲み薬の染料とのことですが、誰でも手に入るような代物ですか?」
「闇ルートで出回っているという話だから、手に入れること自体は難しくないと思うわ。ただし、目ん玉が飛び出るほど高価な代物だそうよ」
「副作用や毒性は?」
「成分を見た限り、一回だけであれば健康を損なうものではないわね」
「そうですか。それで、薬剤部に依頼した薬というのは?」
「それはもちろん、染料を抜いて髪の色を戻す薬よ。一、二ヶ月で自然に戻るらしいけど、このままじゃ可哀想でしょ。ただし、前例がないから、飲んでもらわないことには、効くか効かないかわからないそうよ」
「そうですか……」
黙って聞いていたナイルズが、片方の眉を上げると口を開いた。
「エドガー、何がそんなに気になる?」
「その染料が赤でも青でもなく、黄色だからですよ」
「? ちゃんと説明しろ」
ナイルズが眉を寄せ、ジットリアも首をかしげた。赤や青なら良くて、黄色だとなぜ気になるのか。謎かけのようだが、エドガーに説明する気はないようだ。疑問顔のナイルズとジットリアを放置すると、涼しい顔をミリアンに向けた。
「先生。ジットリア嬢の髪の件ですが、レネス様に報告は?」
「ノルゼイン指揮官? いいえ、知らせていないわ」
ミリアンが答えると、エドガーが意外そうな顔をした。
「おや。なぜです?」
「報告の必要はないと言われたからよ。女性の体に関することだから、この子の気持ちに配慮してくれたのね。治療の指示と薬さえ出せば、診断書は提出しなくていいと言われたの。それに何度も言うようだけど、この子のこれは病気ではないわ」
そう言うと、ミリアンは勇気づけるようにジットリアに微笑みかける。座ったままのジットリアは、感謝を込めてミリアンに笑みを返した。
最初にミリアンの診察を受けた際、あとで報告書を届けると申し出たミリアンに、レネスは必要ないと言って断った。その方が、ジットリアが医務官に症状を話しやすいだろうと判断したからだ。ジットリアに黙って診断書を渡すこともできたのに、ミリアンもレネスも、ジットリアをだますようなことはしなかった。
気分が良くなってきたのでジットリアは立ち上がった。ミリアンが気遣わしげな視線を向ける。
「大人しく座っていなさい。昨日は貧血で倒れたそうじゃない」
「大丈夫です。ご心配にはおよびません」
「私の経験から言わせてもらえば、大丈夫じゃない人ほど、そういう強がりを言うのよ。痩せ細って青白い顔をしながら、私は大丈夫です、平気です、元気です、ちょっとくらい食べなくっても死にはしませんってね」
「ですが、病気ではないと先生が……」
ジットリアは言いかけたが、ミリアンが怖い顔で腰に手を当てたので、そろそろと椅子に戻った。黄色の髪は病気ではなかったが、痩せ細って顔色も悪い自覚はある。
「あの……薬が効けば、どのくらいで元通りになりますか?」
不安を顔に出すまいとしながら、ジットリアは尋ねた。染まった時のように一晩で元に戻ればいいが、徐々に色が抜けるなら当分このままだ。ミリアンは、記憶をたどるように視線を上に向けた。
「効果が出るまで半日ぐらいかかるそうだから、上手く行けば明日の朝には元通りになっているはずよ。効かなかったら、また別の薬を試しましょう」
ミリアンが答えるのを聞いて、ジットリアの胸に安堵が広がった。
黄色の髪になった日から、謎の奇病で死んでしまうのではと悩み続けてきた。ミリアンのおかげで真相が分かったばかりか、明日の朝には本来の自分の姿に戻れるかもしれない。不幸続きのジットリアにとって、それは久しぶりの嬉しい知らせだった。
ミリアンが薬の小瓶をわたそうとすると、その前にエドガーが割り込んだ。
「失礼。ちょっと待ってください」
「エドガーさん?」
「薬の影響が出る前に、今の髪を採取させてください。かまいませんよね?」
ジットリアは黙り込む。ナイルズが渋い顔で口を開いた。
「お前、ジットリア嬢の髪をルークに売るつもりじゃないだろうな」
「奴が喜ぶことを、私がするはずありません」
「それもそうか……」
「本当ですか?」
ジットリアが疑っていると、ミリアンが口を開いた。
「染まった髪をとっておくのは、私も賛成よ。サンプルはあるに越したことはないし、黄色の髪が残っていれば、何かの拍子に犯人の心当たりを思い出すかもしれないでしょう?」
「先生がそうおっしゃるなら……」
医務室にあるハサミを借りたジットリアは、三つ編みを結んだ革紐の上に刃を当てると、毛先がギザギザにならないよう慎重に切り落とした。三つ編みの先端が手に残り、ほどけた髪が波打ちながら広がる。
そうして、手にした黄色の髪をあらためて観察してみる。タンポポのような真っ黄色で、生まれつきそうだったように完全に染まっている。断面を見ても、薬で染めたようにはとても見えなかった。
ジットリアは、切った髪をエドガーにさし出した。
「変なことに使わないでくださいね」
「少しで構わなかったんですが……まあ、貴族の令嬢らしくもない、あなたの雑なところは嫌いじゃありませんよ。ああ、誤解されても困るのではっきり言っておきますが、好きという意味ではありません。嫌いではないというだけですので、くれぐれも思い上がらないでください」
今のは褒められたのか、それとも貶されたのだろうか。ジットリアが悩んでいると、ナイルズがやってきてエドガーの肩に手を置いた。
「ルークに取られないよう気をつけろよ」
「無論。死守します」
そう言うと、エドガーは黄色い髪をハンカチでくるんでポケットに入れた。




