54 エニシダの髪
振り向いたミリアンは、同情するような顔をしている。ちらっと黄色の髪に目をやってから、ジットリアと視線を合わせた。
「病気ではないわ。その髪は病のせいではなく、染料によってそうなったのよ」
ジットリアは瞬きをした。すぐには意味が理解できなかった。
「染料……と言うことは、私の髪は誰かに染められたということですか?」
「あなたが自分でやったのでなければ、そうなるわね」
言いにくそうに告げられると、ジットリアは気が遠くなりかけた。言ったのがミリアンでなかったら、たちの悪い冗談だと思っただろう。
本人に知られず、長い髪を一晩で染め変えるなど不可能だ。仮に出来たのだとしても、あれから一ヶ月以上たっている。染めた髪なら、洗うたびに色褪せ、根元に元の色が見えてくるはずだが、ジットリアの髪は今も根元まで濃い黄色をしている。
「……ですが、心当たりがありません」
事実を受け止められずに、ジットリアは訴えた。
「眠る前には、部屋の扉に鍵をかけていましたし、それに……それに……いくら私でも、誰かに髪を染められたら、眠っていても目が覚めます。失礼ですが、本当に失礼を申し上げますが……何かの間違いではないでしょうか?」
寒気を感じて、ジットリアは自分の体に腕をまわした。
真夜中に誰かが部屋に侵入し、ジットリアの髪や眉を派手な黄色に染め変えた。その状況を想像しただけで、恐怖で血の気が引いて行く。突然の奇病にかかるより、もっと怖ろしい、あり得ないことだ。
「顔色が悪いわ。ナイルズ、椅子を持ってきて」
真っ青な顔をしているジットリアの腕をとり、ミリアンが指示を出す。ナイルズが椅子を運んでくると、ジットリアは礼を言って腰を下ろした。
「どう? 落ち着いた?」
「はい……失礼なことを言って、申し訳ありませんでした」
がっくりうなだれて、ジットリアは謝罪する。ジットリアの背に手を置いたミリアンは、心配する顔で口を開いた。
「何かの間違いだと思いたいのも無理ないわ。でもね、あなたの髪を調べた結果、髪を染め変える薬品が検出されたのは事実なのよ。そして、自分で染料を使った覚えがないというのなら、それを使った人物が他にいるということになる」
前回診察を受けた際、ジットリアは一晩で髪の色が変わってしまったことを話し、数本の髪のサンプルをミリアンにわたした。それをミリアンが薬剤部に持ち込み、分析を行った結果、髪を染め変える薬品が検出されたのだという。
説明していたミリアンが、しまったという風に口に手をやった。
「大事なことを言い忘れていたわ! 検出された薬品は飲み薬らしいのよ」
「飲み薬? 飲むと髪の色が変わるんですか?」
ジットリアが驚いて顔を上げる。ミリアンがうなずいた。
「そうらしいわ。ある種の魔法薬ね。飲むと一晩で体毛の色が変わり、だいたい一、二ヶ月はそのままだそうよ。おかしな薬が出回ってるものね」
ジットリアは混乱して頭を抱えた。記憶をたどるまでもなく、そんなあやしい薬を口にした覚えはない。何者かがジットリアの食事か飲み物に薬を混ぜ、知らずにそれを摂取したということだ。
いったい誰が、何のためにそんなことをしたのか。
クレアモントの顔が浮かんだが、そんなはずはないとジットリアは否定する。
髪の色が変わったのは、アデリス国から抗議文が届くより前の出来事だ。朝起きたら髪が真っ黄色になっていて、混乱しながら部屋を出ようとしたところ、大勢の兵士が押し入ってきたのを覚えている。
ミリアンは、一晩で体毛の色が変わると言った。と言うことは、ジットリアが薬を口にしたのは、逮捕される前日だったはずだ。それなら、クレアモントがジットリアに罰を与える理由も、恥をかかせようとする理由もない。
クレアモントではない。だが、他に心当たりもなかった。
ジットリアは社交界に縁がなく、宮廷魔術師になったばかりで、親しい友人も、恨みを買うような知り合いも宮廷内にはいなかった。先ほどエドガーに言われたように、王女の護衛官に落ちた者の嫌がらせというのが、可能性としては一番高いだろう。
考え込んでいると、誰かに肩をつつかれた。ジットリアが顔を上げると、満面の笑みを浮かべたエドガーと目が合った。
「落ち込んでおられるところ、大変申し訳ありません。先ほどから二人して、大変興味深いお話をなさっておられるようですが、もし差し支えなければ、私も混ぜていただけないでしょうか?」
謙虚に言うものの、エドガーの目は好奇心で輝いている。背後に立っているナイルズが、両手を腰に当てると口を開いた。
「その薬を手に入れて、何かするつもりじゃないだろうな?」
「人聞きの悪いことを言わないでください! 職務を遂行する上で、知っておくべきと判断した情報を求めているだけです。個人的な趣味を充実させるために、首を突っ込もうとしているわけではありません!」
片腕を振ってエドガーが否定する。ナイルズと同様、ジットリアも疑いの目をしたが、大事なことはほとんど話してしまっている。ため息をつくと説明を始めた。
「……私はもともと、こんな色の髪ではないんです」
そう言って、真っ黄色の髪を示す。
今は一本の三つ編みにしているが、髪をほどいていると、黄色い茨がもつれているような有様になる。眉と睫毛も同じ色になり、ジットリア自身でさえ、鏡にうつった姿を見てひるんだくらいだ。他人の目から見れば、もっと異様な姿に見えているに違いない。
「眠る前は、いつも通りの色でした。ですが、朝目が覚めたら、この通り濃い黄色に変わっていたんです。何かの病気に違いないと思ったのですが、直後に牢に入れられたので、スレーン国の医術師に診ていただくことができませんでした。それで、ミリアン先生の診察を受けたときに、ご相談したのです」
ジットリアが視線を向けると、ミリアンが口を開いた。
「一晩で髪の色が変わる――白髪ならまだしも黄色に。そんな病は聞いたこともなかったし、他の医務官に相談しても類似の病を知らなかった。だからまず、彼女の髪が染められたものであるという確証を得ようと考えたの。自分で染めたのではないとしても、眠り薬を嗅がされて、その間にということも考えられるから」
眠り薬という言葉を聞いて、ジットリアはぞわっとした。それなら何をされてもジットリアは目覚めないし、気づかれずに髪や眉を染め変えられる。ミリアンが続けて言った。
「彼女の髪を薬剤部にわたして、くわしく調べてもらった。結果は、さっきも言った通り、髪を染め変える薬品が検出されたわ」




