45 宿敵
ジットリアは、コーデルとその護衛達に目をやった。護衛達は抜き身の剣をぴたりと構え、切っ先をジットリア達三人に向けている。対してルークとナイルズは、階級の違いから剣を抜くことさえできない。
ルークが言ったように、ジットリアは犯罪の容疑がかかった被疑者である。有罪か無罪かの判決が下されるまで拘束され、牢に入っているべき者で、自由に礼拝堂を訪れるような立場にはない。実際、責任者であるレネスの許可も得ず、勝手に寄り道をしているのだから、言い訳のしようがなかった。
抵抗を続ければ、二人がケガを負わされるかもしれない。こんなことになったのも、礼拝堂で祈りたいなどとジットリアが言い出したせいだ。ジットリアは、泣きたいのを我慢すると息を吸い込んだ。
「ざいにんだかあこそ、いのいがひつようなのえす!」
口枷をしたままジットリアが声を張り上げると、全員の目がそちらに向いた。コーデルが苛立った顔をする。
「何だと?」
「わたひは、えべうじいんをひゃかいひまひた。ひらなかったとはいえ、きょのくにのだいひなたえものをひゃかいしてひまったことお、ふかくはんへいひていまふ。てんにひかって、とうびょうもはんこうもいたひまへん。えねすひゃまは、わたひがひんじつをかあっていうとみぬいておあえうのえす!」
コーデルとその護衛達は、けげんな表情でジットリアを見ている。いったい、この女は何を言っているのか、正気なのか、正気ではないのか。怒るべきか哀れむべきか、判断に迷っている様子だ。
我に返ったナイルズが、ルークに顔を向けた。
「おい、通訳!」
ルークが、はっとすると口を開いた。
「彼女はこう言っています。――罪人だからこそ、祈りが必要なのです。私はエベル寺院を破壊しました。知らなかったとはいえ、この国の大事な建物を破壊してしまったことを深く反省しています。天に誓って、逃亡も反抗もいたしません。レネス様は、私が真実を語っていると見抜いておられるのです」
ジットリアは、こくこくとうなずいた。
コーデルは、不愉快そうに顔をゆがめている。何か言いかけたものの、表情を変えると視線を上に向けた。沈黙の中で、誰かが遠く泣いているような声が聞こえた。
いや、とジットリアは思う。人間の声ではないようだ。
唸る風音にも聞こえるが、犬か狼の遠吠えのようだと気づいた。それは礼拝堂の方から聞こえてくるが、あまりに微かなせいでルークとナイルズは気づいていない。耳を澄ませていたコーデルが、夢から覚めたように視線を戻した。
「道を空けろ、愚か者ども。頭の足りない者の相手をしていると、こちらの頭までおかしくなる」
そう毒づくと、堂々とした態度で歩き出す。三人があわてて脇に避けると、すれ違い様に鋭い視線をジットリアに向けた。
「――必ず処刑台に送ってやる」
コーデルの目に憎悪の炎が燃えているのを見て、ジットリアは息を呑んだ。総毛立つような殺気を感じ、ドラゴンや毒蜘蛛の罠を仕掛けたのは、この男に違いないと直感した。
ジットリアの処刑を望む者は、ジットリア自身に恨みがあるわけではない。国民の反乱を防ぐため、生贄を必要としているだけだ。レネスは罪のない者を処刑することに反対した。だが、残酷な目をしたこの男は。軍の体面をたもつため、ジットリアを処刑することに何の躊躇もしないだろう。
石段を上がったコーデルと護衛達は、立ち入り禁止の張り紙を無視して扉を開けると、礼拝堂の中へ入って行った。音を立てて扉が閉まると、ジットリアは震える息を吐く。生きた心地がしなかったが、どうにか切り抜けられたようだ。
ナイルズが額の汗をぬぐうと口を開いた。
「ふう。俺達にしちゃあ、上出来だったんじゃないか?」
「俺達じゃなくて、ジリーのおかげだろ。あのコーデルが尻尾を巻いて逃げ出すなんて、さすが俺の女神! 本当にすごいよジリー!」
ルークが、誇らしげな表情で両腕を広げる。ジットリアは、眉をひそめると首を横に振った。
「にげたあえはなく、みにょがさえただけえす」
「ジットリア嬢の言う通りだぞ。たぶん注意してることしかわからんが」
「えねすしゃまのごめえあくになうまえに、もどいまひょう」
「何だって?」
「レネス様の迷惑になる前に戻ろうって。そうだね」
ルークが歩き出し、ジットリアとナイルズがそれに続いた。
「あえは、だえなんえすか?」
ジットリアは、前を歩くルークに尋ねた。
短い時間でわかったのは、コーデルという名前と、ジットリアの処刑を望み、殺害をたくらむ一派の首謀者だということだ。要塞内で護衛を連れていることから、かなり階級が上の人物であるとわかる。
「ミローフ・コーデル、獣騎兵隊の第一指揮官だよ。第一指揮官は総指揮官の次に偉くて、ひとつの部隊に数人しかいないんだ。コーデルは選挙でレネス様のお父さんに負けてから、レネス様と、レネス様のお父さんを目の敵にして嫌がらせしてくるんだ。顔が怖いくせに器がちっさいよね」
やれやれ、という風にルークが肩をすくめる。
ジットリアは、コーデルの憎悪に燃えた眼差しを思い出した。嫉妬心からの嫌がらせという雰囲気ではなく、他にも理由がありそうだと思えたが、ルークがそう言うのなら嫌がらせなのだろう。
そこまで考えて、ふとレネスの父親は何者だろうという疑問が湧いた。レネスからは王政時代に軍の幹部だったと聞いており、それなら、今も軍に在籍していて不思議はない。何かの選挙でコーデルに勝利したというが、コーデルと同じように軍の要職に就いているのだろうか。
「えねすしゃまのおとうひゃま?」
「そう。ダリウス・ノルゼイン総指揮官」
「ひょうしきかん!?」
驚いたあまり、ジットリアは立ち止まった。
「あれ? レネス様から聞いてない?」
「ひいてまへん!」
ジットリアは声をあげた。
総指揮官を誰にするかは、会議の投票で決めると前にルークが言っていた。選挙というのは、軍の最高責任者を決める選挙のことで、レネスの父親が勝利し、コーデルは敗北した。それは理解できたが、たびたび話に出てきた総指揮官が、レネスの父親だとは思ってもみなかった。
レネスとの会話を思い返してみても、総指揮官が父親だと話したことは一度もない。総指揮官が意志を示さなかった理由を尋ねた時も、ケフラー王を処刑した当事者の一人として責任を感じているのだろうと、客観的に答えていた。
ナイルズが、のんびりと言った。
「レネス様が、俺の親父は総指揮官なんだぜって、自分から言うわけないだろ。にしても、総指揮官とレネス様って、一緒にいても他人行儀だよな。俺、あの親子が親子らしくしてる所を見たことがないよ」
「それは仕事中だからだろ」
ルークが指摘すると、ナイルズは眉を上げた。
「私生活だと仲良しなのか? 総指揮官とレネス様が、ワイン片手に庭で肉焼いたりするのか?」
「親子なんだからするだろ。……たぶん」
「ひょうしきかんは、どんなかたなのえすか?」
好奇心からジットリアが尋ねると、ルークがにっこりした。
「人間の皮をかぶった熊って感じだよ。見た目はおっかないけど公平な方だから、ジリーが怖がることはないよ」
ジットリアはうなずいたものの、レネスの父親については謎が深まった。アデリス国の最高指揮官とは、どのような人物なのだろう。




