44 王殺しの魔女
礼拝堂は要塞の西の端にあり、星見の塔のように城壁を背にして立っていた。壁の向こうは海ではなく、崖の下に首都の街並みが広がっているはずだ。
中央に三角屋根の建物があり、その両側に優美な尖塔が高々と空を突いて立っている。回廊から礼拝堂まで石畳の道がのびており、左側に薬草園、右側に病院があり、病院の建物の奥に女子修道院があるのだとルークが説明した。
「病院は他にもあるんだけど、ここは長期療養が必要な患者が入る病院で、修道女さんが生活のお世話をしてくれるんだ。でも、入院させてくれって言ってもダメで、医務官の紹介状が必要だって追い払われるんだよね……」
実体験を添えてルークが説明すると、ナイルズが肘で小突いた。
「アホだなあ。目的がわかりきってる奴を、入院させるわけないだろう」
「でも、行動しないことには始まらないだろ。俺の熱意に負けて、入院させてくれる未来もあるかもしれないじゃないか」
二人の後ろを歩いていたジットリアは、思わず苦笑いを浮かべた。どう考えても、それが追い払われる理由だろう。
「まあ、入れてくれるかもな。馬鹿を治す薬があるならな」
にやにやしてナイルズが言うと、ルークが拳をにぎった。
「俺は真剣だ! 可愛い修道女さんたちが大勢いて、朝から晩まで、やさしく介抱してくれるんだぞ? この世の楽園のようじゃないか!」
話しながら礼拝堂の前まで行ったものの、中に入ることはできなかった。大きな両開きの扉に張り紙がされてあり、「屋根の修繕中につき関係者以外の立ち入りを禁じる」と書かれていたからだ。
礼拝堂へ続く石段に腰を下ろして、ルークが頭を掻いた。
「中に入れないのか……修繕のこと、ナイルズは知ってた?」
「知ってたら、さっきそう言って止めてたさ」
「はいえなくても、おいのりはえきまふ」
「うう……ごめんね、ジリー。でも資材が置いてないってことは、まだ作業が始まってないってことだろ。頼んだら入れてくれないかな」
辺りを見回しつつ、ルークが指摘する。近くに木材などはなく、屋根で作業をしている物音も聞こえない。ナイルズが両手を腰に当てると、ルークを睨んだ。
「長居はしないって約束しただろ」
「だけどさ、ナイルズ」
「だけども、だがも、しかしもねえ。あきらめろ」
ルークとナイルズは、口論を続けている。石畳の上に膝をついたジットリアは、胸の前で両手を組むと頭を垂れた。スレーン国でもアデリス国でも、祈る神は同じだ。
二十五年にもわたるケフラー王の平穏な眠りを、図らずもジットリアが壊してしまった。ケフラー王の遺骸が今どこにあるのか分からないが、不幸な最期を遂げたケフラー王と、王族達の罪が許され、どうか安らかに眠れますようにと祈った。
「ジリー、何をお祈りしたの?」
祈り終えて目を開けると、ルークが手をさしのべていた。ジットリアは、ルークの手をとると立ち上がった。
「あんがやんのいちよくのことを」
「アンガランの一族のこと? 何でまた?」
「あんがやんのいちよくはわういことをしみゃしたが、しょうおうのばつおうけまひた。だかあ、ひんだあとはやすあかなねむいにつけまひゅようにと、きゃみはまにおいおいひまひた」
「ジリーは優しいなあ……」
しみじみとルークが言い、ナイルズは眉をひそめた。
「一言もわからん。ジットリア嬢は何だって?」
「えっと、アンガランの一族は悪いことをしましたが、相応の罰を受けました。だから、死んだあとは安らかな眠りにつけますようにと、神様にお祈りしました。だって」
一言一句合っていることにジットリアが拍手すると、ルークが笑顔を返す。ナイルズがあきれた顔をした。
「お前といい、レネス様といい良く聞き取れるな」
「愛があれば聞き取れる!」
胸を張ってルークが言うのに、ジットリアは目を上に向けた。その言い方では、ルーク同様、レネスも愛があるからジットリアの言葉が理解できるように聞こえる。ジットリアが意見しようとすると、その前に別の声が割り込んできた。
「騒がしいと思えば、参謀部の連中か」
ルークとナイルズの顔に緊張が走り、反射的に腕を下ろすと背を正した。かなり立場が上の人物のようだと思いながら、ジットリアは振り向いて声の主を見る。石畳を歩いてくるのは、護衛の兵士を従えた五十代ほどのがっしりした体格の男だ。
銀をあしらった黒色の軍服を身に着け、白髪交じりの茶色の髪に、厳めしい顔立ち。薄い唇を皮肉げに曲げ、あざけるような表情を浮かべていたが、修道服姿のジットリアが口枷をしているのに気づくと驚いた表情をした。
「王殺しの魔女……」
男が立ち止まると、護衛達が主を守るように散開した。
「ジリー、下がって!」
ルークが剣の柄に手をかけたが、気付いたナイルズが「よせ!」と言って止める。ジットリアを押しのけて男の前に出ると、腰を低くしながら話し出した。
「――これはこれは、コーデル閣下。おいでに気づかず、進路をさえぎる真似をしてしまい、誠に申し訳ありません。我々の落ち度とは言え、神聖な礼拝堂の前です。どうか、穏便にすませていただくことはできないでしょうか?」
「牢につないでいるべき罪人を、なぜ出歩かせている?」
ナイルズの言葉を無視し、ジットリアに視線を向けたままコーデルと呼ばれた男が尋ねる。嫌悪を浮かべた表情と、今の発言からして、魔女の処刑を望む一派の者のようだとジットリアは気がついた。
ジットリアは、コーデルの護衛達に目をやった。ジットリア達三人を取り囲むようにして立ち、すぐに戦えるよう剣の柄に手をかけている。
ただの脅しだと思いたいが、簡単に通してくれるような雰囲気でもない。きちんと説明すれば通してくれるのか、それとも礼拝堂に逃げ込んだ方がいいのか。ジットリアが必死で考えていると、ルークが一歩前に出た。
「お言葉を返すようですが! この者は罪を問われている被疑者であって、罪を確定されるまでは罪人ではありません。牢につながれる必要はなく、礼拝堂を訪れることにも制限はないはずです!」
「罪人ではないと言いながら、この女に枷をつけているではないか」
嘲笑ってコーデルが言うが、ルークは引き下がらない。
「この者は、被疑者であると申し上げました。牢につなぐ必要はありませんが、監視下に置く必要はあります」
「逃亡の危険があることは、認めるというのだな?」
「形式上のことです。この者は逃亡したりしません」
「愚かな男だ。人間が嘘をつく生き物であると知らないらしい」
ルークが返事に詰まると、コーデルが鼻を鳴らした。
「王殺しの魔女を牢から出し、どういうわけで連れ歩いているのか。納得の行く理由を聞かせてもらおう。理由を説明できないのであれば、魔女の身柄はこちらがもらい受ける。罪人の扱いをどうすべきか、正しいやり方を教えてやろう」
あせったルークがナイルズに目を向けるが、ナイルズも打開策が浮かばないようで、唇を引き結んでいる。コーデルが目配せをすると、護衛達がいっせいに剣を抜き放った。




