42 仮眠室
薄暗い部屋の中で、ジットリアは目を覚ました。
ぼんやりしながら瞬きをし、ここはどこだろうと考える。塔の部屋よりも狭く、四つある寝台のひとつにジットリアが横たわり、残りの寝台は空で、あとは箱が積まれた棚が置かれている。窓にはカーテンが引かれ、隙間から漏れる光が部屋の中をぼんやり照らしていた。
ジットリアは、寝台に手をつくと体を起こした。
隣室に続く扉が開いており、扉近くの椅子の上でルークが居眠りをしている。うつらうつらしていた頭ががくっと落ち、口元をぬぐいながら辺りを見回す。ジットリアと目が合うなり、勢いよく椅子から立ち上がった。
「ジリー、目が覚めたんだね!」
嬉しそうな表情で言うと、ルークが寝台に駆け寄ってきた。
「気分はどう? 頭が痛いとか、吐き気がするとかない?」
「……私は、どうしてここにいるのでしょう?」
ぼんやりしながらジットリアは尋ねた。
「覚えてない? レネス様と話してて、貧血を起こしたんだよ」
「レネス様と……」
そう言われてみれば、ここは参謀部の執務棟のようだ。レネスとエベル寺院について話していたことを思い出したが、その途中から記憶があやふやになっている。
ルークがカーテンを開けに行き、ジットリアはまぶしさに目を細めた。レネスと話していたのは午前中だったはずが、今は昼間の遅い時刻のようだ。貧血を起こしたと言うが、いったい何時間寝ていたのだろう。
戻ってきたルークが、ベッドの上に手を突くと首をかしげた。
「何か食べたいものとかある? 氷菓子をもらってこようか?」
「……食べたいもの……なら、リュクラルが食べたいです」
深く考えずにジットリアは答えた。
リュクラル――肉と野菜で出汁を取ったスープで大麦を炊き、その上に薄く削って焼き目をつけたリュク茸をふりかけた料理――は、ジットリアの大好物だ。王宮の食堂でリュクラルを食べていたころが、今は遠い昔のように思える。
ジットリアが答えたところで、隣室の扉からレネスが姿を見せた。
「リュクラルとは何だ?」
ジットリアの声が聞こえていたようで、そう尋ねる。レネスの姿を目にした途端、ジットリアの眠気が一気に吹き飛んだ。
頭がはっきりすると同時に、ここに寝かされる前の出来事がよみがえってくる。アンガラン族の話を聞いている内に貧血を起こし、椅子から転げ落ちたところをレネスに助けられたのだ。レネスの腕に抱えられ、端整な顔を間近で見たことを思い出すと、ジットリアは顔から火が出そうになった。
ジットリアがうろたえていると、代わりにルークが答えた。
「リュク茸っていう、スレーン国の森で採れるキノコを使ったピラフみたいな料理ですよ。スレーン国の国境近くの店で食べたことがあるんですけど、リュク茸のクセのある風味が決め手になってて、かなり美味かったですよ」
「リュク茸が手に入れば、食堂でも作れそうか?」
「うーん……手の込んだ料理だから、レシピがないとむずかしいと思います」
ジットリアは、恥ずかしさから上掛けをかぶりたくなった。貧血を起こしてレネスに迷惑をかけたばかりか、好物が食べたいなどとわがままを言ってしまった。寝ぼけてさえいなければ、リュクラルが食べたいなどと絶対に言わなかっただろう。
「すみません。寝ぼけていたんです。どうか忘れてください」
あたふたしながらジットリアは懇願した。ルークが場所を空け、やってきたレネスが寝台の端に腰を下ろした。
「まだ目眩がするか?」
穏やかな声で尋ねられたので、ジットリアはほっとしながら答えた。
「十分休んだのでよくなりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「あやまらなくていい。近くにいた私が、先に気づいて休ませるべきだった」
そう言いながら、レネスはジットリアの顔を見つめる。
顔色を見ているのだと気づき、ジットリアは意識しないよう自分に言い聞かせた。だが、気にするまいと思うほど、そばにいるレネスの存在が気になってしかたがない。努力したが、顔が赤くなるのをおさえることができなかった。
「――あの、今日はもう、下がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
視線を落とすと言った。今から調書を取ると言われても、レネスの顔をまともに見られない。それに、今日教えられたアデリス国の歴史について、考える時間も欲しかった。
「構わない。だが、その前にリュクラルの作り方を教えて欲しい」
「……忘れてくださいと、申し上げました」
自分の失言を思い出し、恥じ入りながらジットリアは答える。忘れて欲しいと言ったのに、なぜレネスは蒸し返すのだろう。
「なぜ? あなたの好物なのだろう?」
ジットリアが顔を上げると、不思議そうな表情をしたレネスと目が合った。その後ろで、ルークがニコニコしながらメモと鉛筆を構えている。本当にリュクラルを用意する気で、ジットリアが言うレシピを書き取ろうとしているのだ。
恥ずかしさと嬉しさで、ジットリアは泣き出したくなった。
レネスはただ、体調のすぐれない者を心配しているだけだ。倒れたのがジットリアではなく、ルークだったとしても、同じようにしただろう。
間違っても、ジットリアを喜ばせようとして、好物を用意しようとしているわけではない。そう理解していても、レネスが好意を持ってくれているのではと勘違いしそうになる。そんなことは、天地がひっくり返ろうともあり得ないのに。
涙がこぼれそうになり、ジットリアは上掛けを強く握りしめた。
「違います。好物などではありません」
「……そうか」
無感情な声で言うと、レネスは立ち上がった。
ジットリアは、レネスを呼び止めたいのを我慢した。さし出された手を振り払ったのは自分だというのに、レネスに見捨てられたような、置き去りにされたような、みじめで不安な気持ちになる。
だが、同時にこれで良かったのだとも思う。虜囚である立場をわきまえ、レネスの善意に甘えてはいけない。勘違いをしていると、現実を知った時、辛い思いをすることになるのは自分自身なのだから。




