41 総指揮官
レネスの訪問を聞いて近衛兵を下がらせたようで、部屋にはダリウスの他に人の姿はなかった。上官として出迎える必要はなかったはずが、約束もなしにレネスが来たことで、何か問題が起きたのかと警戒しているようだ。
考えてみれば、とレネスは思う。
第二指揮官に昇進してから、多忙を理由に父の元を訪れる機会が減った。その数少ない訪問も、たいていレネスの方が、ダリウスに呼びつけられている。ダリウスが身構えるのも無理はないが、しかし、何の件で来たのか見当はついているはずだ。エベル寺院が破壊されてからというもの、軍内部ではその話で持ちきりなのだから。
「お願いしたいことがあります。勝手に話しますので、どうぞ食事を続けてください」
部屋の中央にある書類机に目をやって、レネスは申し出た。ちょうど昼食の時刻だったようで、そこに大量の料理が並んでいる。レネスの言葉に、ダリウスは興味深そうに眉を上げた。
「相談ではなく、お願いか。珍しいこともあるものだ」
そう言いながら、椅子に腰かけるとナイフとフォークを手にとる。大きな書類机の上には、二十種類以上ある料理が所狭しと並べられていた。
食堂では各自で選び取る料理を、ダリウスの元には全種類が届けられる。兵達が普段口にしている食事を知るためであり、時には料理人達のメニュー会議にも顔を出す。残った飯は肥料にすればいいと、兵達が食べきれない量を作るよう指示したのもダリウスだ。
大量の料理が、みるみる大男の胃袋に消えて行く。その様子を、レネスは半ばあきれながら見守った。幼いころは、いずれ自分も父のようになるのだろうと思っていた。だが、成長するにつれ、自分は父とは違うのだと気がついた。
どれだけ鍛えたところで、レネスには父のようなぶ厚い筋肉も、人間離れした腕力も身につかなかった。そうして親族達を見渡してみれば、父のような怪物は他に一人もいない。要は、ダリウスの方がノルゼイン家の突然変異であり、幸か不幸か、その変異はレネスにまで遺伝されなかったのだ。
レネスは、背を正すと腰の後ろで手を組んだ。
「移送に使ったドラゴンに毒を盛られたことは、昨日、報告を上げた通りです。そのせいでドラゴン一頭を失い、私の部下は危うく命を落としかけました。その犯人も捕まらない内に、ジットリア・エスリルの牢に毒蜘蛛をしかけた者がいます」
「毒蜘蛛の種類は?」
「アカビグモです。窓から逃げ出し、今も要塞内をうろついていると思われます」
ダリウスが盛大にむせた。レネスが銀製の水差しを取ってグラスに水を注ぐと、ダリウスがグラスを奪って水を飲み干した。
「捜索は? 誰かがしているのだろうな?」
「ライゼルに依頼しました。元はと言えば奴の失態です」
ダリウスは渋い顔をする。空のグラスを突き出してきたので、レネスは黙って水を注いでやった。
「それで、私に頼みというのは?」
「ミローフ・コーデルに、被疑者に手を出すなと警告してください」
そう言うと、レネスは音を立てて水差しを置いた。
「指揮官としてあるまじき行為を恥じ、会議の決定を遵守するようにと」
証拠はない。だが、あの男の仕業に違いなかった。
ジットリアの即時処刑を求めた一派の中心人物がミローフ・コーデルであり、最後までレネスの意見に反対したのもコーデルだった。そして裁判を行うか否かの投票に負けたのちは、レネスに対する敵意を隠そうともしなかった。
それだけではない。
先の総指揮官を決める選挙でコーデルはダリウスに敗北しており、ダリウスと、その子息であるレネスの失脚を狙っているという噂もある。くわえて、目的を達成するためであれば、やり口は問わないという現実主義者でもある。
「コーデルが指示したという、確かな証拠はあるのか?」
レネスは眉をひそめた。それが見つかれば苦労はない。
「ありません。証拠を見つけたところで、部下が勝手にやったことだと切り捨てられて終わりです。ですが、あの男は自身の評価に傷がつくことを嫌います。総指揮官から警告を受ければ、指揮官達の間で評判を落とすことを怖れ、行動をひかえるでしょう」
「……証拠もなしに、犯人と決めつけるものではない」
どこか上の空で、ダリウスが非難する。コーデルとは総指揮官の座を争った仲だ。その人となりについて、ダリウスは誰よりも心得ている。レネスは目を細めた。
「悠長なことを。コーデルは、自身に服従を誓った者を側近に採用しています。いち指揮官が部下を私兵のごとく使い、中央会議の決定に背いて意のままにしている。指揮官として与えられた権限を逸脱した行為であり、言うまでもなく軍の規律に違反しています」
「なるほど。コーデルの側近は、お前に尻尾をつかませないほど優秀か」
そう言うと、ダリウスはくつくつ笑う。レネスは机の上に両手を置くと、冷ややかな視線をダリウスにそそいだ。
「――敵を賞賛しないでいただきたい」
「しかし、二度とも切り抜けたではないか。エニシダの花の君は、なかなかやるようだ」
レネスは片方の眉を上げた。エニシダは海岸沿いの地域に生息する常緑低木で、春になると鮮やかな黄色の花をつける。ジットリアの髪と同じ色だ。おそらく、例の望遠鏡でジットリアの姿をのぞき見たのだろう。
ダリウスは水を飲み干すと、グラスを置いた。
「コーデルのやり口を非難するなら、私ではなく本人にそう言え。小細工をしたのが奴であるという証拠がない以上、私が何を言ったところで奴には効かん。確かな証拠を手に入れるか、そうでなければ優秀な側近とやらを始末してしまえ」
ダリウスの言葉は、コーデルと戦えとけしかけているように聞こえた。いや、とレネスは思う。コーデルと戦うよう、けしかけているのだ。
「国の財産であるドラゴンが犠牲となり、無計画な罠のせいで毒蜘蛛が要塞内をうろついているのです。総指揮官として、何もなさらないおつもりですか?」
怒りをにじませつつレネスが言うと、ダリウスがあきれた顔をした。
「息子よ。他の指揮官達を説き伏せ、エニシダの花の君の即時処刑を思いとどまらせたのは、どこの誰だ? お前が矢面に立たないで、いったい誰が立つというのだ?」
「言い出したのは私ですが、決定を下したのは私ではありません」
「奇遇だな。私でもない」
素知らぬ顔をするダリウスを見て、レネスは今度こそ怒りがこみ上げてきた。
ダリウスが投票権を放棄したのは、今回に限ったことではない。
多くの候補者の中から選ばれたにもかかわらず、ダリウスは総指揮官としての権限を行使することに消極的だ。指揮官達の意見が割れた場合は、中立の立場を取り、どちらの味方にもつかない。議論を活性化し、後継となる指揮官を育てると言えば聞こえはいいが、見方を変えれば、総指揮官に課せられた責務を放棄しているとも取れる。
ダリウスを睨みつけたまま、レネスは机から離れた。
「――わかりました。コーデルの件は、引き続きこちらで対処します。ですが、コーデルの一派が私の部下を殺しかけたことは、心に留め置いてください。標的はエスリルだけとは限りません。あの男が、あなたの喉笛を狙っていることもお忘れなく」
「奴が食い千切るには、私の首は太すぎる。エニシダの花の君によろしくと伝えてくれ」
レネスは、一礼すると部屋を出た。
足早に階段を下りながら、考えを巡らせる。
ダリウスに敗北したとはいえ、コーデルは総指揮官の座を争ったほどの実力者だ。証拠を押さえるにしろ、側近を捕らえるにしろ、レネスと賛同者達が協力したところで不可能だろう。だが、コーデルは軍内部で自身の評判が落ちることを怖れている。
罠を仕掛けてジットリアを狙うのも、投票結果を無視して私刑を下したとなれば、外聞が悪くなるからだ。コーデルが表立って攻撃を仕掛けられないのに対し、レネスは人目を気にせず防御を固められる。ダリウスが動かない以上、レネスはレネスのやり方でジットリアを守るしかなかった。




