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04 国境での対立


「ジットリア・エスリル男爵令嬢。外へ出ろ!」


 檻の隅で膝を抱えていたジットリアは、はっとして顔を上げた。


 ジットリアが収容されているのは家畜を運ぶための檻であり、その扉は馬車の後部から地面に向かって開き、家畜を下ろすための坂道となる。その扉がいつの間にか開いており、武器を持った兵士がずらりと並び立っていた。処刑をおそれたジットリアが、魔法を使って逃げるのを警戒しているのだ。


 王都からの長旅をへて、ジットリアを乗せた馬車は目的地に到着していた。


「エスリル男爵令嬢。ぐずぐずするな!」


 怒鳴り声でうながされ、ジットリアはびくっとする。立ち上がろうとする足が震えるのは、長い時間、檻の中で過ごしてきたせいばかりではない。とうとう、怖れていた日が来てしまったのだ。


 どうにか立ち上がったジットリアは、荷台の後ろの傾斜板を下り始める。歩きながらふと、“エスリル男爵令嬢”と呼ばれたことに気づいた。国を揺るがす大犯罪者にもかかわらず、まだ身分を剥奪されていないらしい。


 ジットリアは、今も貴族の娘である。


 支給された地味な青色のドレスを身に着け、素足に平靴を履き、手枷も足枷もつけられていない。髪をまとめるためのリボンやピンは、自害に使う可能性があると取り上げられた。そのため、真っ黄色に染まった髪はジットリアの背で波打ちながら広がっている。


 荷台から降りると、短い草が地面にしがみつくだけの荒れ地が目の前に広がっていた。荒れ地の向こう側にはいびつな黒い壁が連なり、そこへ続く地面に点々と刺さっているのは石でできた剣である。


 ジットリアは、歴史の本で学んだことを思い出した。


 その昔、土の下に埋まっていた無数の石の剣が発見されたが、荒れ地の外へ運び出そうとした所、謎のケガ人や病人が多く出た。これは剣の持ち主による呪いに違いないと当時の人々は考え、発掘した石の剣をその場に突き立て、花輪をかけて死者の安らかなるを願ったと言う。以来、この荒れ地は古戦場と呼ばれている。


「――ひっ」


 古戦場の向こう側に目を留めたジットリアは、思わず声をあげた。黒い壁だと思っていたものが、数千、数万にもおよぶ大軍が地平線上に連なった姿だと気づいたからだ。国境を越えた先にいるからには、並び立っているのはアデリス国軍に違いない。あまりの迫力にジットリアは震え上がり、立場も忘れて逃げ出したくなった。


「エスリル男爵令嬢。情けない声を出すな」


 厳しい声がかかり、魔法省のクレアモント伯爵が姿を見せた。


 歳は五十代半ばほど。なでつけた白髪に太いもみ上げ、太い眉。握りに金をあしらった黒檀の杖を地面につき、洗練された貴族服をきっちり着こなしている。ジットリアと同じく馬車の長旅をしてきたはずだが、そんな様子は微塵も見えなかった。


 魔法省の長官であり、今回の事件の対応を一任されている人物である。ジットリアが仕えるナターシャ王女の姿は、見た限りどこにもない。父親であるエスリル男爵の姿もなかった。兵士達の噂話によれば、娘の不祥事を耳にして、すぐに姿をくらませたようだ。


 ジットリアは、おそるおそる背後を見た。


 思った通り、ジットリアを乗せてきた馬車の後方に、スレーン国側も数万にもおよぶ兵を展開させていた。ずらりと並んだ兵士達を目にして、ジットリアは気が遠のきかけた。


 エベル寺院――ジットリアがうっかり破壊してしまった建物は、アデリス国にとって重要な施設だったと言う。壊したのがスレーン国の魔術師だと知ったアデリス国は、これはスレーン国による宣戦布告ではないのかと騒ぎ立てた。


 いち魔術師が知らずにやってしまった事故だとスレーン国王は弁明し、アデリス国は表面上は納得する風を見せて、犯人の引き渡しを要求した。


 アデリス国が要求した通り、犯人を引き渡せば、今回の一件は解決となる。しかし、万が一にも交渉をあやまれば、両国の間で戦争が起きる可能性はゼロではない。古戦場の両岸に展開した大軍は、両国の緊張状態を露骨にあらわすものだった。


 クレアモントが咳払いをし、さげすんだ視線をジットリアに向けた。


「これからあなたを引き渡すわけだが、どのような目に遭わされても、命乞いなどという見苦しいまねをすることがないよう念を押しておこう。スレーン国の貴族らしく品性を保って処刑にのぞみ、下賤な国の民達に、さすがはスレーン国の貴族と敬服されるよう潔く果てる。それが、あなたが祖国のためにできる最後の役目だ」


 クレアモントが言い聞かせたが、ジットリアは上の空だった。


「……あの、ナターシャ王女様から、私にお言葉はありませんでしたか?」


 おずおずとして、ジットリアは尋ねた。


 辺境での狩りから帰ってきて以来、王女とは会えていない。何か伝言でもないだろうかと聞いたのだが、クレアモントが怒りの表情を浮かべる。手にした杖を横なぎにすると、杖の握りでジットリアの頬を殴りつけた。


 避ける間もなく打ち飛ばされ、ジットリアは地面にたおれ込んだ。目の間がチカチカし、焼けるように頬が熱い。何が起きたかわからずにいると、近づいてきたクレアモントに乱暴に髪をつかまれ、顔を上げさせられた。


 顔をゆがめたクレアモントが、大声でわめき始めた。


「お前という者は、自分の立場をわかっているのか! 見ろ、目の前のあの大軍を! お前のせいで、我が国がどれほどの危機にさらされていると思っている? 何が王女様からのお言葉だ。重罪人の分際で王女からお言葉をいただこうなど、まったくもって厚かましい。恩を仇で返す馬鹿者め。父親が父親なら、娘も娘だ。恥さらしの、薄汚い下級貴族ふぜいが。死んで身のほどを知れ!」


 ジットリアを突き飛ばしたクレアモントは、汚らしいという風に手袋を脱ぎ捨て、新しい手袋を取り出してつけ始めた。


 ジットリアは、恐怖の目でクレアモントを見た。


 地面に倒れた格好のまま、熱く痛む頬に手をやる。頬の内側を歯で切ってしまったようで、口の中に鉄の味が広がっていた。立ち上がり、非礼を詫びなくてはと思うが、暴力を振るわれた恐怖で体が動かない。思考は停止し、心臓は狂ったように早鐘を打っている。


 ジットリアが固まっていると、クレアモントが杖を振り上げた。


「言葉すら忘れたか、この痴れ者め!」


 ジットリアは、反射的に腕を上げると頭をかばった。その腕を、クレアモントがののしり声を上げながら黒檀の杖で叩く。今度は一度で終わらず、何度も何度も振り下ろされ、ジットリアはぎゅっと目をつぶってそれに耐えた。


「クレアモント伯爵。約束の刻限を過ぎております」


 ひかえていた兵が声をかけると、クレアモントが息をはずませながら杖を下ろした。


「面倒をかけさせおって!」


 ジットリアは、頭をかばった格好のまま動けずにいる。殴られた腕と頬が、熱を持ってじんじん痛んでいる。ショックで頭は痺れたようになり、声を出すことも、泣くこともできない。一方的な暴力は、身体だけでなく、心にも傷を負わせるのだと他人事のように考えた。


 クレアモントが舌打をした。


「この薄汚い恥さらしの雌犬め! もっと(しつ)けてやりたいところだが、残念ながら時間切れのようだ。何をしている? 約束の刻限を過ぎていると聞いただろう。早く行け! とっとと行ってしまえ!」


 脅すように杖を振り上げられ、ジットリアは這うようにしてその場から逃れた。


 クレアモントの手が届かない所まで行き、立ち上がったものの、恐怖で足が震えている。まっすぐ歩くことさえ難しかったが、しかし、クレアモントから離れたい一心でつまずきながら進み続けた。


 ひとりぼっちだと、そこで気づいた。


 背後に展開しているのは祖国の軍隊であるが、クレアモントがそうであったように、もうジットリアの味方とは言えない。そうかと言って、反対側に広がるアデリス国の軍隊もまた、ジットリアの味方ではあり得なかった。


 ここには数万の人間がいるのに、私の味方をしてくれる者はひとりもいない。


 ひとりぼっちだ。


 そう気づくと、ジットリアの目からは涙がぼろぼろこぼれ落ちた。


※主人公に何かした奴は必ず痛い目に遭います。

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