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03 罠にかかった娘


 エスリル男爵令嬢、ジットリア・エスリルは追いつめられていた。


 立てた膝の間に顔をうずめ、両耳を手でおおい、現実を受け入れまいとがんばっている。これは夢だと何度も自分に言い聞かせ、どうか夢であって欲しいと一心に願った。王宮の宿舎から連れ出されて以来、ずっと願い続けているが、しかし、いっこうに目が醒めない所を見るに、逃れられない現実のようだ。


 ジットリアは、そろそろと顔を上げた。


 がたがた揺れる馬車の片隅である。普通の馬車ではない。


 本来は、家畜や騎獣を運ぶための馬車なのだろう。荷台部分が四角い檻になっており、檻の床には寝藁(ねわら)が敷かれ、天井には鉄の板がのせてある。四方は鉄格子に囲まれ、外の景色を見ることが出来る代わりに、外からもジットリアの姿がまる見えになっていた。


 鉄格子の向こうは一面の丘陵地帯――を背景にして、屈強の兵士達が馬をすすめている。ジットリアと目が合った兵士が、怒りの形相を浮かべて「何を見ている!」と怒鳴りつけた。


「――申し訳ございません」


 道行く人々からの軽蔑の視線を感じて、ジットリアの胃はしくしく痛む。


 騎兵隊に囲まれながら進む様子は、さながら移動する牢獄である。一行は、国境を目指して進んでいた。その目的は、アデリス国からの要求にしたがい、罪人であるジットリアを引き渡すためである。


「アデリス国に到着したら、火あぶり……」


 考えまいとしても、不幸な未来が頭をよぎる。


 ジットリアは膝を抱え、しょんぼりして目を伏せた。


 ふと、肩にかかった自分の髪に目をやる。腰まで届く波打った髪は、菜の花のような真っ黄色に染まってしまっている。髪だけでなく、眉や睫毛まで同じ色に変わっていた。


 宿舎のベッドで眠りにつく前は、確かにいつも通りの色だった。なのに、朝、目が覚めてみると、このような色になっていた。たった一晩で、体毛がぜんぶ真っ黄色に染まってしまったのだ。


 鏡を見て仰天したジットリアは、何かの病気に違いないと考えた。医術師に診てもらおうとしたが、それは叶わなかった。部屋を出る前に兵士達に押し入られ、拘束されて地下牢に放り込まれてしまったからだ。


「謎の奇病をわずらって、私はじきに死んでしまうのだわ……」


 むごたらしく処刑されるのが先か、一晩で髪の色が変わる奇病で死ぬのが先か。どちらか選べるのであれば、奇病の方にしてくださいとジットリアは天に願う。大勢の前で火あぶりにされる苦痛よりは、奇病の方がまだ苦しくないはずだ。


 あれから二週間以上たつが、髪以外で病気のような症状は出ていない。


 痩せた身体に、波打った長い髪。囚人生活で荒れ放題の肌に、目の下には紫色のくま。瞳の色が水色なので、紫色のくまはひどく目立つ。目の覚めるような真っ黄色の髪も、薄い色の瞳とまったく似合っていない。我が身ながら、目を背けたくなるような異様なありさまだ。


「せっかく、お腹いっぱい食べられるようになったのに……」


 師匠のもとを離れ、王宮付きの宮廷魔術師になったばかりだった。


 学費の高い魔術学校へ行くことはできず、魔女協会と契約を交わして、師匠の元に弟子入りした。契約内容は、師匠に学ぶ対価に住み込んで家事をすること、魔女となったら協会が依頼した仕事を引き受けることの二つで、契約を守りさえすれば金銭の支払いは必要ない。


 紹介された師匠は、下町に住む魔女だった。薄いスープと薄いパンで一食が足りてしまうような食の細い人で、師匠の食生活に合わせていたジットリアは、いつもお腹を空かせていた。弟子が師匠より食うわけにはいかず、そうかと言って、外で買い食いするようなお金もなかった。


 飲んだくれの父はいかがわしい宿に住み着き、ジットリアに生活費を渡すのも忘れて、賭け事に明け暮れていたし、使用人達にはとっくに暇を出し、滞納していた彼らの賃金を支払うため、屋敷にある金になりそうな物はすべて売り払っていた。父のおかげで、ジットリアは生きるのにとても苦労していた。


 宮廷魔術師になれば、大好物のリュクラル――肉と野菜で出汁を取ったスープで大麦を炊き、その上に薄く削って焼き目をつけたリュク茸をふりかけた料理――を好きなだけ食べられる。それを心の支えに、ジットリアは魔術の修行にはげんだ。


 宮廷魔術師の試験に合格した者は、一年の研修期間の間だけ王宮の宿舎に住まうことができる。難関試験を突破し、晴れて宮廷魔術師となったジットリアを待っていたのは、まさに夢に見ていたような生活だった。


 広くて清潔な自室には専属の使用人が付き、掃除洗濯を引き受けてくれる上に、日用品や式典用のドレスなど、頼めばすぐに用意してくれる。貴族専用の食堂は朝から晩まで開いており、新鮮な野菜や果物、温かい料理をいつでも好きなだけ食べることができた。


 ジットリアがリュクラルを作る際は、高価なリュク茸をほんの少ししか使えなかったが、食堂で出される料理の上には、リュク茸が罪深いほど山盛りになっていた。薄切りにして炙ったリュク茸にはえも言われぬ芳醇な香りがあり、スープで炊いた麦ご飯と一緒に食べると、夢のように美味しいのだった。


 大好物の味を思い出してうっとりしていると、ぐうぐうお腹が鳴った。


 空っぽの腹に手を置いて、ジットリアは現在の状況に目を向ける。


 吹きさらしの牢獄のような馬車に、ジットリアを監視する騎兵隊。食事は一日二回、パンと水が支給されるだけで、用足しをする際に外へ出してもらうほかは、ずっと檻の中で過ごしている。


 国境を越えてアデリス国に引き渡されれば、ジットリアは処刑される運命だ。護送する騎兵隊にしてみれば、最低限ジットリアが生きてさえいればそれでよく、衣食住を整えて快適に過ごさせてやる理由はひとつもない。逃亡を防ぐ意味では、ジットリアを精神的、肉体的に弱らせておいた方が都合がよいとさえ言えた。


 がたがた揺れる馬車の片隅で、ジットリアは膝を抱えてうずくまる。


 ようやく手にした夢のような生活は、今度こそ手の届かないところに行ってしまった。


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