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02 禁忌の魔法


 お気に入りのクッションを抱えたナターシャは、上目づかいで国王を見た。


「わたくしが行くわけがないのですから、当然、そうなりますわね」


 いらだった国王は、また右に左に歩き始めた。


 寺院が破壊されるのを目撃した者がいたようだが、その者は、かなり遠くから見ていたらしい。その証拠に、スレーン国の魔術師が犯人だと言ってきただけで、護衛を引き連れた王族とは指摘されていない。よく似た偽物が名乗り出ても、それが身代わりであるとアデリス国は見抜けまい。


「だが、すすんで罪をかぶろうとする者などいないだろう……」


 マントをひるがえして歩きつつ、国王は頭を悩ませた。


 アデリス国に引き渡されれば、よくて斬首、悪ければ火あぶりだろう。


 返答によっては戦争も辞さないとばかりに、アデリス国は激怒しているのだ。方法が何であれ、むごいやり方で殺されるに決まっている。ナターシャの身代わりには、同じ年頃の娘を使うしかないが、処刑されるとわかっていて、身代わりを引き受ける若い娘などいるはずがない。


「死刑間近の罪人を……いや、それでは偽物だとバレてしまう……」


 運良くそんな娘が見つかったとして、ある程度の魔術の使い手でなければ、偽の犯人であると見抜かれてしまう。差し出したのが偽物だと知られれば、やはり戦争は避けられない。


 長椅子で寝そべっていたナターシャが、クッションを放り出すと起き上がった。


「お父様。わたくしに、いい案がありますわ」


「考えているから黙っていろ――ちょっと待て。いい案だと?」


「あら、お父様がおっしゃったのですわ。身代わりが必要だって。わたくし、わたくしの身代わりに心当たりがありますわ」


 そう言うと、ナターシャはパンパンと手を叩いた。


 隣室に続く扉が開き、怪しげな風体の男が入ってきた。


 白い貴族服を身に着け、顔の上半分を覆う黒い仮面をつけている。茶色の髪は見えているものの、仮面の覗き穴は小さく、目の色はわからない。見えている部分の様子から、まだ若い男であるとわかった。


 仮面の男は国王の前を素通りし、まっすぐ長椅子のところへ向かう。芝居がかった動作でナターシャの足元にひざまずいた。


「お呼びでしょうか。ナターシャ様」


「ええ。ちょっと、やってもらいたいことができましたの」


 あっけにとられていた国王は、我に返ると怒りの形相を浮かべた。


「私が選んだ護衛官ではないな。いったいどこから拾ってきた?」


 王女の護衛官は、宮廷魔術師のなかから国王自身が選んでいる。しかし、仮面をつけているとはいえ、この若い男にはまったく見覚えがない。


「わたしくが才能を見い出した者ですわ」


 得意げにナターシャが言うと、国王は怒りのあまり震え出した。


「また私の許可も得ずに勝手なことを……誰か! この男をつまみ出せ!」


「あら、お父様。お父様は、わたくしの身代わりが必要ではありませんの?」


「何だと? この者を身代わりにするというのか?」


 しかめっ面をして国王が尋ねると、ナターシャが笑い飛ばした。


「いやだわ、お父様。冗談はおよしになって」


「では、どうするつもりだ?」


 笑みを消したナターシャは、声をひそめると言った。


「隠された魔術のなかには、ありもしない記憶を植え付けることができる魔法がありますわ。そういう魔法を使えば、他者を意のままにすることも可能ですわ。つまり――それなりに魔術が使え、わたくしと背格好が似ており、処刑されても問題のない娘に、アデリス国の寺院を壊した記憶を植え付け、あちらに差し出せばいい――のですわ」


 そう言うと、ナターシャは獲物を見つけた猫のように舌なめずりをする。国王は信じられないという表情で、ごくりと唾を飲み込んだ。


「できるのか……そんなことが?」


「もちろんですわ。できますわよね?」


 ナターシャに問われると、仮面の男は自分の胸に手を当てた。


「ナターシャ様のお望みとあれば、叶えることは造作もございません」


「ほらね」


 勝ち誇った顔でナターシャが言う。


 国王はうなり声を上げ、腕組みをすると考え込んだ。


 内容からして、禁忌に属する闇魔法のようだ。闇魔法はあつかいが難しく、生け贄や代償を求めることも多いと聞く。良識ある魔術師達が口をそろえて非難するため、どこの国でも法律で禁じられ、スレーン国とて例外ではない。禁忌ゆえに表に出ることはなく、闇魔法を使う魔術師は巧妙に姿を隠し、見つけることは難しいと聞いたが。


 国王は、ちらっと仮面の男を見た。


 闇魔法が使える魔術師を、ナターシャはどこで拾ってきたものか。釈然としないが、今は問い詰めている時間がない。国と王家を守るためであれば、どんな手でも使わなければならない。たとえそれが、禁忌に属する闇魔法であっても。


「ならば、あとは身代わりとなる娘を用意するだけだな」


 高度な魔術が使え、ナターシャと背格好が似た、処刑されても問題のない娘。


 まっさきに浮かんだのは、今年入ったばかりの宮廷魔術師達のことだ。皆若く、魔術に長け、研修期間である今は王宮内の宿舎で寝起きしている。王女の護衛官を選ぶため全員の経歴に目を通したが、その中にひとり、適任者がいたことを国王は思い出した。


 宮廷魔術師の試験を首席で合格したが、家柄が王家とつり合わなかったため、王女の護衛官からは落とした。あれは確か――


「ジットリア・エスリル。落ち目男爵の娘……」


 名前を口に出すと、いよいよあの娘しかいないと思えてきた。


 父親であるエスリル男爵は酒と賭け事におぼれ、日々飲んだくれて、ろくに財産も残っていないと聞く。親族からはとっくに見放され、食うに困った娘は魔術を勉強し、宮廷魔術師の職を得たというわけだ。娘が姿を消したところで男爵が気づくかどうかもあやしく、万が一さわぎ立てたところで、飲んだくれの言葉に耳を貸す者などいない。


「――エスリル男爵の娘が適任だ。今は、宮廷魔術師の宿舎にいる」


 国王が言うと、ナターシャが仮面の男に向かって命じた。


「お父様のお許しが出ましたわ。誰にも知られないように、密かにことを運ぶのですわ」


「おおせのままに」


 深々と頭を下げた仮面の男は、そう答えると口元に笑みを浮かべた。


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