01 王女と国王
「だってだって、どうしても殺したかったのですもの!」
スレーン国の王女ナターシャは、そう言い放つと子供のように唇を尖らせた。
白い肌に輝くような金色の髪。すらりとした身体に薄手のガウンをまとい、豪華な長椅子の上でお気に入りのクッションを抱きしめている。表情こそ子供のようだが、今年で十八歳になる立派な大人である。
「ですもの! ではない!」
スレーン国の国王は、右腕を振り上げると怒鳴り声をあげた。頭髪は薄く、鼻の下に髭をたくわえ、五十を越えた年齢だが腹は出ていない。娘の前を右に左に歩き回り、きびすを返すたびに背中のマントがひるがえる。
王女の趣味に合わせ、贅をこらした部屋の中は、きらびやかな装飾で目もくらまんばかりだ。床には複雑な模様で織られた絨毯、壁紙は白と金で、それに合わせて家具にも金色の装飾がふんだんに使われている。
国王夫妻の寝室もそれなりに金をかけているが、それよりも豪華というのは、どういうことだと国王は疑問に思う。きっとまた、隠れてよからぬことをしているに違いない。金の出所を絶対に突き止めてやる。だが今は、先に問い詰めねばならないことがあった。
「いったいどうして、アデリス国の領土に入るなんて馬鹿な真似をした? 国境越えに気付かなかったとは言わせないぞ。お前の護衛を締め上げて、何もかも吐かせたからな。護衛達が制止したにもかかわらず、それを振り切ってお前は国境を越えたそうじゃないか。たかだか……たかだか、魔獣ごときを仕留めるために!」
わめく国王に向かって、ナターシャは子供のように頬を膨らませて見せた。
「だってだって、どうしても殺したかったのですもの!」
「ですもの! ではない!」
国王は大声を出す。この馬鹿がと、心の中で付け加えた。
王家の姫ともなれば、政略結婚のために幼い内に嫁がされるのが常だが、どれだけ縁談の誘いが来ようとも、ナターシャを他国にやるわけには絶対にいなかった。嫁ぎ先の国でどんな騒ぎを起こすかわからず、相手から苦情が入るのは、火を見るより明らかだったからだ。
わが子ながら、長所は母親ゆずりの美貌だけ、短所は上げればきりがない。自己愛が強く、残虐な行為に快感を覚えるという異常な性癖の持ち主で、密かに揉み消した事件は数え切れない。国王の監視下から逃れて自由になれば、何をしでかすか知れたものではなかった。
国王は、ため息をついた。
「よりにもよって、アデリス国の施設を破壊するとは……」
辺境の森に入り、凶暴な魔獣を狩るのはナターシャの趣味である。
騎獣に乗って狩り場を移動し、自分の体の何倍もある大きな魔獣を狩り立て、瀕死の状態にして追い回すのが大のお気に入りだ。強い魔獣であればあるほど狩るのが楽しいらしく、より強い魔獣を求めて、王都から遠く離れた土地にまで遠出することも珍しくない。
今回の一件も、隣国との国境をまたぐ森での出来事だった。
護衛達の話によれば、獲物を追っている内にアデリス国領内に入り込んでしまったが、王女を止めることができなかった。こうなれば獲物を仕留めてすぐに引き返すしかないと腹をくくるも、獲物が遺跡のような建物のなかへ逃げ込んでしまった。
追いかけようにも中は真っ暗で、そもそも建物は今にも崩れ落ちそうな様子をしている。あきらめて帰るよう王女を説得したが、腹を立てた王女は、建物に攻撃魔法を浴びせて崩壊させてしまった。それで、すっきりして帰ってきた。とのことだ。
王女が城に戻ってから数日後、隣国であるアデリス国から一通の文書が届いた。
血相を変えた宰相から文書を受け取った国王は、一読するなり卒倒しかけた。
スレーン国の魔術師の手により、アデリス国の重要施設である“エベル寺院”が破壊された。近日中に納得の行く理由が示されなければ、これをスレーン国からの宣戦布告と見なし、相応の対処をさせてもらう。そう書かれていたからだ。
だと言うのに、
「壊されて困るような建物なら、周辺の土地ごと強い魔法で守っておくべきだったのですわ。簡単に破壊できてしまう弱い魔法壁しか張っていない、あちらが悪いのですわ。わたくしは何も悪くないですわ」
問い詰められたナターシャは、あっけらかんとしてそう主張した。
エベル寺院がどのような施設か知るよしもないが、戦争も辞さないと言ってきていることから、アデリス国にとって重要な施設だったことがうかがえる。その重要施設を、こともあろうにスレーン国の魔術師が破壊し、逃亡した。
宣戦布告と見なされても当然の行為であり、スレーン国としては、一刻も早く弁明の文書を送り返さねばならない。そうしなけば、アデリス国はスレーン国に攻撃をしかけてくるだろう。
スレーン国には、アデリス国と戦えるほどの戦力はない。
スレーン国が弱いのではなく、アデリス国が強すぎるのだ。かの国は二十五年前に軍がクーデターを起こし、王家を倒して軍部主導の政権を樹立させた。以降、アデリス国は他国との和平ではなく、軍事力を誇示することで自国の領土を守ってきたのだ。
国王は立ち止まると、ナターシャに向かってわめいた。
「いったいアデリス国になんと説明する? 狩りの獲物を追ってスレーン国の王女が国境を越え、獲物を仕留めそこねた腹いせに寺院を破壊したと? それを言えば、犯人を差し出せと言ってくるに違いない。お前を突き出さねば、我が王国はおしまいだ!」
ナターシャは、無邪気な表情で首をかしげた、
「そんなにお怒りにならないで、お父様。犯人を差し出せば解決するのでしょう?」
その手に乗るかと、国王はナターシャをにらみつけた。
「お前が自分から、アデリス国へおもむくというのか?」
国王の質問に、何を言うのかとナターシャが目をまるくした。
「まあお父様。行くわけがありませんわ」
「当たり前だ! 我が国の王女を、罪人として差し出すわけには絶対にいかん!」
美貌だけが取り柄の、知性の欠片もない馬鹿王女だとしても、王家の血を引く正統な王女だ。それを罪人として引き渡せば、スレーン国王家の体面が保てなくなる。
右腕を振り上げると、国王は怒鳴り声を上げた。
「身代わりだ! 身代わりを用意するしかない!」




