39 迎えを待つ者
「……申し訳ありません」
ことの重大さを改めて思い知り、ジットリアはうなだれる。ジットリアの過失さえなければ、ケフラー王は今も森の奥で安らかに眠っていたはずなのだ。レネスの言葉を思い返していたジットリアは、ふと気付いて尋ねた。
「私の処刑を望む方々は、私が王を殺したのではないとご存知なのですね?」
裁判を行うことに反対し、ジットリアの即時処刑を望むのは軍に所属する一派である。しかし、軍に所属する者であれば、王の幽閉がいつわりであり、生きた王をジットリアが殺したのではないと知っているはずだ。にもかかわらず、執拗にジットリアの命を狙うのは、どういう心境からなのだろう。
レネスが淡々とした声で答えた。
「彼らは、ケフラー王の信奉者ではない。事実を知った上で、あなたを生贄にしようとしているだけだ」
「生贄……ですか?」
不穏な単語が出てきたことに、ジットリアは困惑する。レネスは、考えこむ顔つきで説明を始めた。
「――エベル寺院が失われたことは、いずれ公表しなければならないが、同時にケフラー王の死も国民に知れ渡ることになる。幽閉されていたはずの王が死んでいたとなれば、民の怒りは軍に向く。しかし、スレーン国の魔女が幽閉されていた王を殺し、報復として軍が魔女を処刑した。この筋書きであれば、軍はケフラー王の死について責任をまぬがれることができる。王を失った民の怒りをどこへ向けるのか、という話だ」
「まさに生贄ですね……」
納得してジットリアがつぶやくと、レネスが言い足した。
「もちろん、これは一部の者の意見であり、全体の方針ではない。そうでなければ、あなたは国境を越えた時点で処刑されていただろう」
レネスの意見に賛成票が集まったために、ジットリアは国境で死なずにすんだ。もし、即時処刑を支持する者が多数を占めていたら、ジットリアは今こうして説明を聞くこともなかったのだ。
「総指揮官様は、ご自分の意見を示さなかったと聞きましたが……」
ルークの言葉を思い出すと言った。
僅差でレネスの意見が通ったものの、軍の最高権力者である総指揮官が投票権を放棄した。そのため、反対派を抑制する者がおらず、実力行使に出る可能性があるとのことだった。予想は当たり、ジットリアは二度も命を狙われることとなった。
「あの人は……」
言いかけて、レネスは口を閉じる。しばらく考えてから再び口を開いた。
「王を処刑した当事者の一人として、責任を感じているのだろう。民の暴動は阻止しなければならないが、無実の者に罪をなすりつけ、ことを収めるのはプライドが許さない。だが、それ以外に内乱を防ぐ方法も浮かばず、自分の立ち位置が定まらない。そんな所だろう」
「レネス様は、なぜ処刑に反対されたのですか?」
ジットリアが尋ねると、レネスが怪訝な顔をした。
「どういう意味だ?」
「王殺しとして私を処刑すれば、内乱は起きず、民と兵の命が失われずに済みます。私の命を狙う方々の意図も、そこにあるのでしょう。ひとりの犠牲で、多くの人々の命が救えるのです。それなのに、なぜレネス様は裁判にこだわるのですか?」
生きた王を殺したわけではないが、この国で不死の王の幻想を壊した罪は、殺人と同等に重い。ひとりの罪人の命と、大勢の民と兵の命。どちらを生かすべきかは、天秤にかけるまでもないはずだ。にもかかわらず、レネスは裁判を行うことにこだわっている。
正義感からではないだろうと、ジットリアは推測する。亡き王に対する信仰を、馬鹿馬鹿しいと言い切ったレネスだ。同情や正義感から即時処刑に反対したとは思えず、それで皆を説得できたとも思えない。きっと、何か思惑があるに違いない。
レネスは、椅子の背にもたれると腕組みをした。
「それでは、盲信者の目を覚まさせることができないからだ」
「戴く王がもういないのに、ですか?」
「ケフラー王が死んだ。犯人を処刑した。それで終わるとでも?」
またもや謎かけだ。そう思いながら、ジットリアは頭を悩ませる。だが、先ほどよりは謎を解くための手がかりが増えた。
「王族の生き残りが、どこかにいるのですか?」
ケフラー王の信奉者が王政の復活を望むのなら、後継者が必要になる。ジットリアが尋ねると、レネスは片方の眉を上げた。
「それはない。継承権を持っていた直系の王族達は、遠海にある孤島に置き去りにされている」
「それも二十五年前のことでしょうか?」
「そうだ」
「今もそこに暮らしている可能性は?」
置き去りにされた孤島で、たくましく生きているかもしれない。そう思ったが、レネスはそれも否定した。
「それもない。表向きは流刑とされているが、岩と砂しかない、岩礁のような島だったと父から聞いている」
きっぱりとした態度を見て、ただ置き去りにしたのではなさそうだと、ジットリアは考えた。その場で処刑したのか、それとも戻って遺骸を確認したのか。だが、王族達の最期について詳しく知りたいとは思わない。
そうしてジットリアは、レネスの懸念が理解できたように思えた。
王族の生き残りはいない。しかし、盲信者達は流刑にされた王族達が今もそこにいて、迎えの使者が来るのを待っていると信じている。幽閉されたケフラー王を救おうとしたように、王族達の暮らす島を探して船も出しただろう。だが、運良く島を見つけたとしても、そこには王族達の骸しかないのだ。
寒気を感じて、ジットリアは自分の体を抱きしめた。
エベル寺院の壁に繋がれたケフラー王、水も食料もない孤島に置き去りにされたアンガランの王族達。いたずらに民を死なせた罰とは言え、彼らの息絶えるまでの苦しみを考えると、他人事とは思えなかった。遠くない未来、ジットリアも同じ目に遭うかもしれないのだ。
想像した途端、ジットリアは血の気が引くのを感じた。乗ってきた船はどんどん遠ざかり、波に洗われる岩礁の上には水も食料もない。
「――ジットリア!」
レネスが椅子を蹴って立ち上がり、横向きに倒れ落ちるジットリアに腕をのばした。細い体をすくい上げるように抱え込み、床に片膝を突くと、間に合ったことに安堵の息を吐く。椅子の倒れる音を耳にしたルークが、室内に駆け込んできた。
「ジリー! まさか毒を――」
ぐったりしたジットリアを見て、ルークが悲痛な声を上げた。
「騒ぐな。毒ではない」
冷静にレネスが答えた。ジットリアを抱え直すと、青ざめた顔をのぞきこむ。
「――大丈夫か?」
ジットリアは目を開け、間近にあるレネスの顔を見上げた。
頭がふわふわして、体に力が入らない。しばらくレネスの顔を見つめ、椅子から落ちた所を助けてもらったのだと思い出した。
「だい……」
大丈夫ですと答えたつもりだが、自分の声が聞き取れない。視界が暗くなって行くのを見て、貧血を起こしたようだと気がついた。レネスが助けてくれなければ、床で頭を打っていただろう。
「隣に仮眠室がある。そこまで歩けるか?」
ジットリアの頬に手を置くと、レネスが尋ねた。肌に触れる手のひらが、とても温かくて気持ちがいい。ジットリアは、レネスの手に頬を押しつけるとうなずいた。
レネスとルークに支えられ、ジットリアはどうにか立ち上がる。血の気が引いていくのを感じつつ、横の扉から隣室に入り、寝台に横になると、体が地の底に向かってどこまでも落ちて行くように感じた。




