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38 王の解放


 アンガラン族の王は、ただの王ではないとレネスは言った。


 神に(つか)わされた聖なる血族であり、アンガラン族ではない王が統治すれば国が滅びるとまで伝えられている。民に暴政をしいた王は軍によって排除されたが、国民の多くが王の処刑に反対した。そこで革命軍は「王はエベル寺院に幽閉されている」と公表し、アンガランの王が失われていないという体裁(ていさい)をつくろった。


 常識で考えれば、立ち入る者もない寺院に閉じ込められた人間が、長く生きられるはずもない。だが、神にも等しいと思われているなら話は別だ。


 民は王の生存を信じ、民の盲信(もうしん)を軍は利用した。王の死が明るみに出ない限り、茶番は続くはずだった。しかし、エベル寺院が破壊されたことで、不死の王の仮面は剥がされることになった。


「あくまで、言葉の上ではという意味だ。男爵令嬢」


 静かな声でレネスが言う。ジットリアは首を横に振った。


「いいえ。私を殺したいと思う人がいるのも、当然です」


 魔法による封印があったと言うが、長い年月で封印が弱まっていたのだろう。注意していれば気づいたかもしれないが、ラフォーク大狼(おおかみ)を追うことに気をとられ、封印があったことすら気づかなかった。結果、不死の王を殺すという重罪を犯してしまった。


 ジットリアが落ち込んでいると、レネスが穏やかに声をかけた。


「ルークやエドガーが、あなたを憎んでいる様子があったか?」


 唐突な質問を受けて、ジットリアは顔を上げた。


「……いいえ。とても、よくしてくださっています」


 ジットリアが重罪人であるにもかかわらず、軽蔑する様子もない。それどころか、ジットリアの食事や体調を気づかってくれている。それはレネスも同じだ。裁判を受けさせるという目的があるにせよ、親切にされている事実は変わらない。


 レネスが、わずかに目元をやわらげた。


「そのはずだ。あなたを罪人だとは思っていないからな」


「……あの」


「言ったはずだ。馬鹿馬鹿しい理由だと」


 はっとして、ジットリアは息を呑んだ。アンガラン族の王を説明する言葉として、レネスは「神に遣わされた聖なる血族とされ、民の心の拠り所だった」と過去のこととして話していた。


 ケフラー王が廃され、表舞台から姿を消して二十五年もの月日がたつ。


 アンガラン王族が民の信仰を集めていたとはいえ、二十五歳より年齢が下の者は、王政時代の統治を知らず、生きた王族をその目で見たこともない。軍の統治により平和を保っているこの国で、暴君であったという過去の王を(した)う若者が、どれほどいるだろう。


「現在は、ケフラー王の影響は、それほど大きくないのですか?」


 確認して尋ねると、レネスがうなずいた。


「軍の所属で、王族に対する信仰を持つ者はいない。少なくとも表向きは。上層部を固めているのは、王政を否定し、ケフラー王を玉座から追いやった者達だからだ。しかし国民の中には、軍の統治に不満を持ち、王の解放を声高に叫ぶ者達がいる。実際に魔の森に出向き、封印を破ろうと(こころ)みた者もいたようだが……」


 語尾をにごすと、意味ありげにジットリアを見つめる。共謀(きょうぼう)を疑われていると気付いて、ジットリアは勢いよく首を横に振った。


「私は手先ではありません! 本当に事故だったんです!」


 狩りに出かけたナターシャ王女に同行し、ラフォーク大狼を見つけて王女の元へと追い立てた。しかし、ラフォーク大狼に襲われたナターシャが落馬してケガを負い、ジットリアに大狼の首を献上(けんじょう)するよう命じた。


 ナターシャの命令に従ったジットリアは、大狼が遺跡のような廃墟に逃げ込むのを目にした。建物から大狼を狩り出そうと魔法を使ったが、ジットリアの魔法が強すぎ、もろくなっていた廃墟が崩壊してしまった。結果としてそうなってしまっただけで、寺院を破壊する目的で魔法を放ったわけではない。


 ジットリアが説明する間、レネスは黙って耳をかたむけていた。


「寺院があった場所と、建物の特徴を覚えているか?」


「大狼を追うのに夢中だったので、詳しい場所はわかりません。寺院についても同じです。古い時代の聖堂だろうと思いましたが、じっくり見たわけではないので……」


 ナターシャの元へ戻れたのも、騎乗していたグリフィンが匂いをたどってくれたおかげで、ジットリア自身は森の地理に詳しくない。もう一度同じ場所へ行けと言われても、おそらく不可能だろう。


 レネスは何かを考えていたが、息をつくと口を開いた。


「本当に、誰かに指示されてやったわけではないな?」


「誓って本当です」


 しゅんとしてジットリアは言う。ナターシャの命令は魔獣の首を献上することで、寺院を攻撃して狩り出そうとしたのは、ジットリアがその場で考え、実行したことだ。


 ふと思いついて、ジットリアは顔を上げた。


「今も王族を(あが)めている国民は、どのくらいいるのでしょうか?」


 国民の中には、かつての王の解放を望む者達がいるとレネスは言った。軍に所属する者をのぞき、今もアンガラン族を信仰する者は、国民の何割に達するのだろう。


「信仰を隠している者もいるため、正確な数はわからない。総指揮官はただの臣下であり、幽閉されているケフラー王こそ、真の君主であるというのが彼らの主張だ。彼らはケフラー王の悪政の犠牲者でもあるが、それでもアンガラン族の王を頂くべきと固く信じ込んでいる」


「迷信から脱却(だっきゃく)できていないということですね……」


 ジットリアはつぶやき、それからこわごわ尋ねた。


「あの……ケフラー王のご遺骸(いがい)は……?」


 ジットリアが寺院を破壊してから、一ヶ月以上が経つ。アデリス軍は崩壊した寺院の調査と、後始末を終えているだろう。レネスは、答えるかどうかを迷っている様子だ。


「――瓦礫の下から遺骸が見つかった」


 簡単に告げると、視線を落とした。


 詳しく語ろうとしないのは、ジットリアの心中を察してのことだろう。当事者でさえなかったら、二十年以上も前に亡くなった者の(むくろ)について、詳しい話を聞きたいとは思わない。レネスが続けて言う。


「――エベル寺院が失われたことは、軍内部の周知にとどめ、国民にはまだ公表されていない。ケフラー王の死の責任を誰が負うかで、上層部の意見が分かれているからだ。寺院周辺の森を封鎖することで今はしのいでいるが、封印が失われた以上、長くは隠し通せないだろう」


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