37 アンガランの末裔
ジットリアは眉をひそめ、少し考えてから息を呑んだ。
「――まさか、寺院の崩壊にケフラー王が巻き込まれたのですか?」
アデリス国の体制が変わったのは、二十五年前のことだ。ケフラー王の当時の年齢は不明だが、崩御を待てずに軍がクーデターを起こしたことから、それほど高齢ではなかったことがうかがえる。仮に五十代だったとして、今は七十代。生きていたとしても不思議ではない。
「いや、あなたが殺したわけではない」
レネスの言葉にほっとしたものの、続く言葉でジットリアは首をかしげた。
「だが、別の意味ではそうとも言える」
「……よくわかりません」
「あなたがケフラー王の命を絶ったわけではない。だが、ある意味では、あなたがケフラー王の命を絶ったとも言える。そういうことだ」
レネスが繰り返した。
謎かけのように聞こえるが、現実問題として、生きているケフラー王をジットリアが殺したわけではないようだ。その事実に、ジットリアはひとまず安堵する。あらためて、レネスの謎かけについて考えてみた。
ジットリアは、ケフラー王を殺したわけではない。だが、ある意味ではケフラー王を殺したようなものだという。そして、ジットリアが犯した罪といえば、森の奥にあったエベル寺院を壊したことだけだ。
「エベル寺院にケフラー王の墓があり、それが失われた。ということでしょうか?」
エベル寺院の中にケフラー王の墓があり、それが国民の信仰の対象となっていたとすれば。寺院の崩壊により神聖な墓が壊され、ジットリアが恨みを買うのも理解できる。だが、レネスは首を横に振った。
「理解の方向性は合っている。だが、ことはもっと馬鹿馬鹿しい」
レネスが言うのに、ジットリアは瞬きをする。国の大事だというのに、馬鹿馬鹿しいとはいったいどういう意味だろう。
「エベル寺院自体は、ただの廃墟にすぎない。古くは修道士の修行の場で、権力争いに敗れた王族を、表向き修道士として受け入れていたそうだ。だが、周辺の森に魔物がはびこるようになり、誰も訪れることができずに廃墟となった」
寺院自体に意味はない。重要なのはやはり中身のようだが、寺院に王の墓があったわけではないと言う。いや、そもそもレネスは、ケフラー王の死を白日のもとにしたのがジットリアだと言っていたではないか。
「先ほど、ケフラー王は亡くなっているとおっしゃいましたね?」
「そうだ」
「いつ、亡くなられたのですか?」
ジットリアが問うと、レネスの口がぴくりと動いた。唇の端で笑ったように見えたが、すぐに冷淡な表情に戻る。ジットリアに向かい、まっすぐ視線を返してきた。
「正確な日時は不明だ。だが、王政が廃されて間もなくだったのは間違いない」
ジットリアは、にぎった指を唇に当てると考えた。
勘違いでなければ、レネスの謎かけの意味がわかった気がした。
アンガラン王族は、神の遣いと信じられていた。そのため、ケフラー王の処刑に多くの国民が反対し、捕らえた王を処刑できる状況になかった。しかし、ケフラー王は、王政が廃されて間もなく亡くなったという。
病死か自害か、それとも反対する国民の声を無視して、軍は王の処刑に踏み切ったのだろうか。死因が何にせよ、神のごとく王を信仰するこの国で、革命直後にその事実を公表出来たはずがない。
ジットリアは、手を下ろすと顔を上げた。
「革命軍は、ケフラー王を処刑することができなかった。だから、エベル寺院に幽閉し、今まで生きているように見せかけていたんですね? 本当は処刑してしまったのに。でも、私がエベル寺院を壊してしまったことで、亡くなっていることが明るみに出てしまった」
謎かけに答えるジットリアを、レネスは真剣な表情で見つめている。すぐには返事をしなかったが、息をつくと事実を認めた。
「そうだ。我が国は、この問題を長年放置し続けてきた」
ジットリアがケフラー王を殺したわけではない。だが、殺したも同然という言葉の意味が、これでわかった。エベル寺院を破壊したことで、ケフラーという不死の王の幻想をも破壊してしまった。そう言うことらしい。
レネスが口を開いた。
「――二十五年前のことだ。捕らえたケフラー王の身柄は、魔の森にかこまれたエベル寺院へと移された。鎖で壁に繋がれたケフラー王の前には、最後の慈悲として毒入りの葡萄酒が置かれたそうだ。この事実を知るのは軍の上層部の者だけで、私は当時幹部だった父から直接聞いた」
「ケフラー王は……その……」
「葡萄酒を飲んだのか? いや、それはわからない」
淡々としてレネスは答えた。
「ケフラー王を壁に繋いだのち、エベル寺院には魔法による封印がほどこされ、封印の守り手としてラフォーク大狼が放たれた。封印がなされた後、エベル寺院から出た者はなく、エベル寺院に入った者もいない」
ジットリアが寺院を破壊するまでは、という言葉を待ったが、レネスは口にしなかった。
うつむいたジットリアは、膝の上に置いた自分の手を見つめた。この手で、アデリス国の歴史を変えてしまったのだ。その事実が、じわじわと心に染み入ってくる。部屋の中は暖かいにもかかわらず、寒さで肌が粟立つのを感じた。
「――私は、王殺しの重罪人なのですね」
そう言うと、ジットリアは震える指をにぎりしめた。




