33 グルスト要塞
手枷と口枷をつけられたあと、ジットリアは修道服の頭巾をかぶった。鎖を握っていれば服の袖で手枷を隠すことができるし、黄色い髪と口枷はうつむいていれば頭巾で隠せる。
緊張しながら塔を出たが、昨日のような大騒ぎは起きなかったので、ジットリアはほっとした。だが、ちらちらと見る視線はいくつも感じた。廊下を歩いているのは兵士と使用人ばかりで、修道服姿の女性は見かけない。それに、前後を兵にかこまれた修道女となると、ジットリア以外にはいなかったからだ。
修道服を着ていても、目立つものは目立ってしまう。ジットリアは、うつむくのをやめて普通に歩くことにした。逃亡するつもりはないが、純粋な好奇心から要塞のなかを観察した。
スレーン国とアデリス国は、友好条約などを結んでいるわけではない。
どちらも領土を広げる必要を感じておらず、穏便な無視とも言える関係が続いているが、二国間で戦争が起きる可能性は皆無ではない。そのような関係であるので、隣国であってもアデリス国に関するジットリアの知識はとぼしい。一般常識として、簡単な歴史を知るくらいのものだ。
アデリス国はかつて、スレーン国と同じように王政をしいていたと言う。しかし、革命により王族が倒され、軍部が国を支配するようになった。いずれも、ジットリアが生まれるより前の出来事である。その後、かつて王の宮殿であった建物群を改築してできたのが、ここグルスト要塞だ。
元は宮殿だと言うが、スレーン国の宮殿とはまったく様子が違う。
装飾のたぐいはいっさいなく、どれだけ歩いても灰色の壁が続くだけだ。すれ違う人々は軍服を身につけた兵士ばかりで、使用人の姿も見かけるものの、メイドや執事のようなお仕着せを身につけているわけではない。自前のものらしい質素な服に、職業別の腕章をつけていた。
長い回廊を出たところで、前を歩いていたルークが立ち止まった。
回廊と建物の継ぎ目部分で、見晴らしのいいバルコニーのようになっている。手摺りの向こうに広場を見下ろすことが出来、床に描かれた模様から、昨日ジットリア達がドラゴンで降りた中央広場であるとわかった。
ルークが、広場の北側に建つ巨大な建物を指さした。形こそ宮殿のままだが、屋根から壁まですべて灰色に塗られ、無骨な姿には岩山のような威厳がある。
「あれが司令本部が置かれてる中央砦だよ。重要な会議が開かれるのもあそこ」
「はいばんがひあかえうのも、あしょこえすか?」
「そうだよ。国の重要事は全部、あのなかで決まるんだ」
ジットリアは、広場の方に目をやった。
死刑が下された場合、処刑が行われるのはあそこだろうかと考えるが、ルークに聞くわけにはいかない。代わりに、要塞の西の果てにあるふたつの尖塔を指さした。無骨な要塞の中にあって、その尖塔だけが優美な装飾をまとっていたからだ。
「あしょこにあうきえいなとうは、なんえすか?」
「礼拝堂だよ。司祭様がいて、誰でも自由に祈ることができるよ」
ジットリアは、まぶしそうに礼拝堂を見た。
スレーン国でもアデリス国でも、祈る神は一緒のはずだ。ただ、聖職者は魔術師のことをよく思っておらず、ジットリアの方も信心深くはない。というか、魔術師はだいたいがそうだ。
信仰心がないから魔術が使えるのか、魔術を使うから信仰心を失うのかの議論は、いまだ結論が出ないと聞く。魔術を学び出してから礼拝堂に行ったことはなかったが、今こそ心を入れ替えて祈るべき時なのかもしれない。
「わあひも、おいおりできうでひょうか?」
「礼拝堂でお祈りしたいの?」
「えねすさまのきょかが、ひつようえすか?」
「聞いてみるけど、要塞から出るわけじゃないし、別にかまわないって言うと思うよ。そうそう、礼拝堂の隣に修道院と病院もあって、そこの修道女さんたちが、おいしいお菓子を作って売ってるんだよ!」
目を輝かせながらルークが言う。ルークの目的がお菓子ではなく、それを作っている修道女の方にあるのは明らかだ。と、横で聞いていたエドガーが苛立った声を上げた。
「レネス様を待たせているんですから、行きますよ」
「えねすさまは、どいらにいらっしゃうのえふか?」
「何を言っているのかわかりません」
きっぱりとエドガーが言い、代わりにルークが答えた。
「うちの隊の執務棟だよ」
部隊が集まって、仕事をするための建物があるらしい。ジットリアは納得し、それから首をかしげた。そもそも、レネス達はどこの所属なのだろう。
罪人の護送をしていたのだから、憲兵隊だろうかと考える。だが、憲兵隊は国内の事件の調書は取っても、外交問題にまでは口を出さないだろう。しかし、スレーン国がそうだからと言って、アデリス国も同じとは限らない。
「うひのたいって……?」
「言ってなかったっけ? 参謀部だよ」
「しゃんぼうぶ……」
予想外の単語が出てきて、ジットリアは困惑した。
スレーン国の軍隊には、参謀部という組織は存在しない。参謀と呼ばれる将校がいるのみで、参謀は王を補佐して軍の戦略を立てる人物だ。その参謀が、アデリス国では組織となっているらしい。そこまでは理解できるが、問題はなぜ参謀部がジットリアの護送をし、事件の調書まで作ろうとしているかだ。
ジットリアが疑問を口にする前に、痺れを切らしたエドガーが暗い声を出した。
「レネス様を待たせているって、さっき言いましたよね? 自分の足で歩きますか? それとも、尻を蹴飛ばされながら廊下を転がりたいですか?」




