32 うっとうしい
「ありがとうございます。女神ではないですけど……」
ジットリアは、ひかえ目に返事をした。
ルークは女性が好きな上、命を救われてからは、なぜかジットリアを神格化し始めた。しかし、そもそもルークが危機に陥ったのはジットリアのせいだ。女神などと呼ばれるのは心苦しいのだが、ルークはそう思っていない様子だった。
ジットリアは、鉄格子の前まで行くとルークと向き合った。
「あのドラゴンが、毒のせいで命を落としたと聞きました。私のせいでルークさんを危険にさらしたばかりか、ルークさんのドラゴンを死なせてしまい、本当に申し訳ありません」
興奮剤の過剰摂取により、飛行中に暴れ出したドラゴンは、森に落ちたあと命を落としたと聞いた。毒を盛られたのは、ジットリアの処刑を望む過激派が仕掛けた罠であり、ドラゴンはジットリアのせいで死んだようなものだ。
ジットリアが頭を下げると、ルークがあわてた様子で手を振った。
「あやまらないで! ジリーのせいじゃないよ。俺が、きちんとドラゴンの管理をしてなかったのがいけないんだ!」
「ですが……」
「出発前の点検で、ちょっと落ち着きがないなって思ったんだ。でも、飛べないほどじゃないし、毒のせいとは少しも疑わなかった。完全に俺の責任だよ」
「――こいつの言う通りです」
階段の方からエドガーの声がした。途中でルークに置いて行かれたようで、壁に手をついて息をはずませている。二人の会話が聞こえていたらしく、歩いてくると言葉を続けた。
「騎乗するドラゴンの餌に致死量の毒を盛られた上、それに気付きもしないこのクソ間抜けが悪い。それから、ドラゴンは任務のたびに借りるもので、ルークのドラゴンなどという同情を禁じ得ない生き物は、この世に存在しません」
「そういうこと」
ジットリアの耳には、ルークが馬鹿にされたように聞こえたのだが、本人は気にしていない様子だ。それよりも、ドラゴンが借りてきたものとは、どういう意味だろう。
「あのドラゴンは、ルークさんの相棒ではないのですか?」
「そう言いましたが、聞こえませんでしたか?」
にこりともせずに、エドガーが返す。ルークがうなずいた。
「調教や飼育は、ドラゴンの厩務官がしていて俺達は厩舎から借りて乗るだけ。あ、竜騎兵連隊は別だよ。厩務官と組んで、自分が乗るドラゴンをみっちり調教してる」
「では、厩務官の皆様にも謝罪しなくてはいけませんね……」
大事に育てたドラゴンが殺され、きっと悲しんでいるだろう。申し訳なさそうにジットリアが言うと、ルークが元気付けるように微笑んだ。
「ジリーは、これっぽっちも悪くないんだから気にしなくていいよ。それより、ジリーが無事で本当によかった。もしジリーが一緒に乗っていたら、そしたら俺の女神を死なせてしまう所だった。そうなったら俺は……俺はもう……後悔と絶望で生きていけないよ……」
最後は涙声になると、鉄格子にすがりながら座り込む。その後ろで、エドガーが声を出さずに高笑いをしていた。以前エドガーは、ルークのことを「紳士のふりをした野獣」と呼んでいた。おそらく、同時に何人もいるらしい、ルークと親しい女性達のことを思い出し、どの口が言うのかと思っているのだろう。
エドガーが、泣き崩れているルークの背中を蹴った。ルークと同じ灰と黒の軍服を身につけ、頑丈そうな長靴を履いている。
「痛い!」
「うっとうしい小芝居をやめて、さっさと牢を開けろ馬鹿ルーク。レネス様からジットリア嬢の護送を任されたのは、この私なんだからな!」
どこか誇らしげにエドガーが言う。
昨日、ナイルズが牢の外で待機していたように、ジットリアの枷を付け外しする間、牢の鍵をあずかる者が必要になる。エドガーの言葉からすると、今回ルークは牢の開閉役として付いてきたようだ。ルークは不満そうな顔をしたものの、鍵を取り出すと鉄格子の扉を開けた。
「うう、俺がジリーに枷をつけたかったのに……」
「ルークさん……」
落ち込んでいる様子のルークをジットリアが心配すると、エドガーが澄ました顔で口を開いた。
「こいつが女性を拘束する趣味に目覚めたら、ジットリア嬢の責任ですね」
「ルークさん、最低です」
「ジリー、俺は何も……。エドガー! いい加減なこと言うなよ!」
エドガーは鼻で笑うと牢に入ってくる。恨めしそうな目をしたルークが、扉を閉めて鍵をかけた。
規則ですのでと断ってから、エドガーが部屋の中を点検し始めた。脱獄や自害のための道具をジットリアが隠していないか、確認しているのだろう。そのようなものは当然ないが、代わりに寝台の下に置かれた壺を目ざとく見つけた。
「ジットリア嬢。この壺は、元からここにあったものですか?」
寝台の下をのぞきこみつつ、エドガーが聞いた。
「そんな所にどうして壺が? 私、ちっとも気付きませんでした」
両目を見開き、ジットリアは驚いた演技をする。だが、エドガーがへっと言って笑った所を見ると、嘘だとばれているようだ。
エドガーは革の手袋をすると、慎重に壺を引き寄せて観察し始めた。簡単に外れるよう蓋に細工がされており、どういう目的で作られたものであるか、見る者が見れば明らかだ。牢の外にいるルークが、いったい何事かと鉄格子に張りついた。
「エドガー、それは何だ?」
「さて、何でしょうね? ジットリア嬢、昨晩、この部屋で物騒な物を見かけませんでしたか?」
「物騒かどうかはわかりませんが、小さな蜘蛛がいたので窓から捨てました」
「素手で触っていませんね?」
「ええ、はい」
「なら、今後もそのように対処してください」
エドガーは白いハンカチを広げると、壺を包んでポケットに入れた。




