27 風呂と洗濯
牢の鉄格子にかけられているのは、かなり古い魔法のようだ。王政時代は貴人の軟禁場所であったと言うから、その時代にかけられた魔法だろう。鉄格子と仕切り壁を物理的に強化した上、攻撃魔法を打ち消す効果もありそうだ。
ジットリアが鉄格子を調べていると、向こう側にいるナイルズが面白がって声をかけてきた。
「お嬢さん。よろしければ、斧でもお貸ししましょうか?」
ジットリアは、微笑むと首を横に振った。
「ご親切にありがとうございます。ですが、その必要はありません」
念のため、鉄格子の向こう側の空間も確認する。
左手に螺旋階段の下り口があり、右手には何もない。そう思ったが、視線を上げると、天井に真っ黒な空間がぽっかり口を開けているのを見つけた。梯子をかければ、さらに上の階へあがれるようだ。
王政が廃されてからは、軍の監視塔として利用していたとレネスから聞いたのを思い出す。この部屋の細い窓では、哨戒任務はできそうもない。展望室のような、見晴らしの良い部屋が上階にあるのだろう。
鉄格子から離れると、ジットリアはレネスの方を見た。
「ほかにも、魔法がかかっている場所はありますか?」
「この部屋の床下と、上の階の床にも魔法がかかっている」
「そうですか……」
ジットリアはつぶやいた。天井を破壊すれば、上の階に出られると思ったが、そう簡単には行かないようだ。しかし、レネスはなぜ、床下にも魔法があることを黙っていたのだろう。ジットリアは、両腕を広げると部屋全体を示した。
「この塔自体にも、魔法はかけられているのですか?」
レネスが小さく息をついた。
「……痛いところを突いてくるな」
「かかっていないのですか?」
「外の城壁には防御魔法がかけられているが、星見の塔にはかかっていない。外部からの攻撃は想定していても、内部から破壊されることは想定していないからだ」
「と言うことは、外側の壁は魔法で破壊できるのですね?」
鉄格子、床、天井は魔法で強化されているが、窓のある壁には魔法がかかっていないことになる。ジットリアが確認すると、レネスがうなずいた。
「だが、破壊したところで逃げられない。城壁の上では、歩兵が常時巡回している。あなたがどこかを吹き飛ばし、脱走をはかったとしても、警報を鳴らして要塞から出る前に捕獲できる。参考までに聞くが、あなたの魔法で塔の壁を破壊することは可能か?」
「……少しお待ちください」
そう言い置いて、ジットリアは窓の方に歩いて行く。壁の厚みを確かめるために、ガラスのない窓に片腕をさし入れた。
塔の外壁は厚く、腕を伸ばしきった所で、やっと手のひらに風が触れた。これだけ頑丈なら、普通の魔術師は手こずりそうだ。だが、それが土と石で出来ている以上、精霊魔法の敵ではない。
腕を引っ込めたジットリアは、レネスの方を振り向いた。
「壁を破壊することは、正直むずかしくはありません。先ほどレネス様は、歩兵が巡回しているとおっしゃいましたが、風の魔法を使えば、破壊音を打ち消すことができます。昼間は無理でも、夜間であれば、歩兵に気づかれずに穴を開けることができると思います」
ジットリアは正直に話した。ジットリアに脱走する意志はないが、次に軟禁される魔術師は脱走を計画するかもしれない。ジットリアが脱走できなかったからと安心し、次に軟禁した魔術師に逃げられたら、レネスはきっと困るだろう。
ナイルズが長く口笛を吹き、レネスはあきれた顔をした。
「鎖につないでおくべきか、それすら無意味なのか悩むところだな」
レネスの言葉に、ジットリアはぎょっとした。せっかく、牢の中では自由にしていいと言われたのに、レネスが心変わりをしたら大変だ。
ジットリアは、両手を握り合わせると懇願した。
「私は聞かれたので答えただけで、逃げようなどとは少しも考えていません。前にも申し上げましたが、私は罪をつぐなうためにアデリス国に来たのであって、脱走して罪を重ねるためではないのです。牢の中でも枷をつけるのだけは、どうかご容赦ください」
必死の思いが伝わったのか、レネスは真面目な表情でジットリアを見た。
「今まで大人しく枷をつけられていたのに、なぜ牢の中では嫌なんだ?」
ジットリアは、言葉を選びつつ答えた。
「不満を言える立場でないのは、わかっています。わかっていますが、手足に枷をつけたままでは、服を脱いで着替えることができないのです。服の糸をほどいて縫い直すという手もありますが、それでは着替えのたびに何時間もかかってしまい、とても手間がかかります。――レネス様がそうせよとおっしゃるなら、私は従うよりないのですが……もし、枷をつけたままにするのであれば、一緒に裁縫道具も置いていただけないでしょうか?」
レネスは腕組みをし、考える表情でジットリアをながめている。鉄格子の外で、ナイルズが急に咳き込み始めた。
「着替え以外で、重いとか、鎖が邪魔だとかいう不満はないのか?」
「それは虜囚なので我慢します」
「だが、着替えられないのは我慢しかねると?」
レネスの疑問に、ジットリアは驚きで目をまるくした。
「考えても見てください。レネス様だって、その服を何日も脱げないとしたら困るはずです。お風呂に入りながら、お洗濯も一緒にしなくてはいけないんですよ?」
「それは確かに困るな」
「とても困ります! 濡れて重くなった服を身につけていると、毛皮を洗われて不機嫌になる犬の気持ちがわかる気がします。私は魔法で服を乾かすことができますが、濡れた服のまま過ごすしかないとなったら、この世の終わりのような気持ちになると思います」
濡れた服を着たまま、乾くのをじっと待つところを想像してジットリアは身震いする。服が体に張り付いて気持ちが悪いし、体が冷えて風邪を引いてしまうだろう。
「それで裁縫道具が必要になるわけか。ナイルズ、笑いすぎだ」
壁に片手をついたナイルズが、腹を押さえて体を震わせている。笑っているのは自分の発言のせいらしいが、ジットリアには何が面白いのかさっぱりわからない。レネスの命令ひとつで、風呂と洗濯を一緒にするかどうかの瀬戸際なのだ。




