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26 星見の塔


 レネス、ジットリア、ナイルズの順で長い階段をのぼり始めた。


 ちらと背後を見たジットリアは、衛兵達が詰め所に戻っているのを見て安心した。彼らと仲良くできる気はしないが、あまり刺激しないようにしようと心に留めた。


 階段をのぼりつつ、ジットリアは首を(めぐ)らせた。


 筒状の建物の中心には巨大な石柱があり、石柱に巻き付く(つた)のように螺旋階段が上階へのびている。階段の端に手すりはなく、階段と塔の壁の間には、広く空間があいている。壁の内側には星々と星座の絵が描かれ、まるで夜空をのぼって行く気分になるが、星々の方へ足を向けた途端、一階まで真っ逆さまという構造だ。


 魔法が使えるのであれば、ジットリアが高所を怖がる理由はない。


 風の魔法を使えば体を浮かせることができるし、氷の魔法を使えば足場を作ることもできる。しかし、今のジットリアは口枷をされ、魔法の詠唱を禁じられている。階段から足を踏み外せば、何もできずに死ぬか大ケガを負うだろう。


 想像したジットリアは、吹き抜けを見てぞくりとする。なるべく壁の方に寄りながら階段をのぼった。


 先を行くレネスが、足を止めると振り向いた。


 ジットリアは足枷をつけていないが、レネスより体力がなく、口枷をしているため呼吸もしづらい。まだ半分ものぼっていないというのに、レネスから遅れ、息を切らせていた。


 レネスは、立ち止まったままジットリアが追いつくのを待った。


「あまり壁に寄りすぎるな。溶けたロウで火傷をするぞ」


 石柱の壁には、古びた燭台(しょくだい)等間隔(とうかんかく)に取り付けられている。ロウ受けがついているものの、火のついたロウソクは短くなり、あふれたロウが床にこぼれ落ちていた。下を通るタイミングが悪ければ、溶けたロウを浴びることになる。


 息を整えたジットリアは、階段の外側を指さした。


「えすが、みゅこうへおちたあ、ぺしょんこにあってしみゃいあす」


「真ん中を歩けばいいだろう」


「みゃんなかでは、あんひんできまへん」


 ジットリアの後ろから、ナイルズがひょいと顔をのぞかせた。


「ジットリア嬢は、何と言ってるんです?」


「下に落ちるくらいなら、溶けたロウを浴びた方がましだと言っている」


「あひたいわけでは、あいまへん」


 ジットリアが首を横に振ると、ナイルズが指を鳴らした。


「残念。不正解だったようです」


「違ってはいない。今度は、顔に火傷を作るつもりか?」


 ジットリアは、はっとして頬に手をやった。


 医務室の鏡で確認したが、頬の痣は濃い紫色をしていた。昼間、口枷をとろうと引っ張ったせいで、悪化させてしまったようだ。この上、ロウを浴びて火傷まで負いたくはない。


 ジットリアは、横歩きで少しだけ壁から離れた。階上を見上げるが、レネスは眉間にしわを寄せている。勇気を出して、もう少しだけ離れると、レネスがそこでいいという風にうなずいて見せた。


「足元をよく見て、ゆっくり上がれ。何かあればナイルズが対処する」


 振り向くと、ナイルズがまかせろという風に親指を立てて見せる。ジットリアは、なるべく外側を見ないようにしながら、残りの階段をのぼった。






 螺旋階段をのぼり切ると、階上は二つに仕切られた広い部屋となっていた。


 階段の下り口のある手前の部屋と、奥にある部屋の間に分厚い壁があり、上部がアーチ状になった鉄格子が、壁にぴったり合う形で()め込まれている。庭園にある門を思わせる優美な造りで、中央にある鍵を開けて外側に開く仕組みだ。


 鉄格子の向こうには、質素ながらも清潔そうな軟禁部屋があった。


 白いシーツのかかった寝台に、椅子とテーブル、ささやかな浴槽と洗面所。部屋の壁は、塔の輪郭(りんかく)にそって曲線になっており、矢狭間(やざま)のような細い窓が並んでいる。細い窓にガラスはなく、風に乗って潮の匂いが部屋の中に流れ込んでいた。


 鉄格子の鍵を開けたレネスは、ジットリアに中へ入るよううながした。


「ナイルズ。鍵を閉めたら待機していろ」


 部屋の中に入りながら、レネスが鉄格子の鍵を投げる。鍵を受け取ったナイルズは、牢の扉を閉めると外側から施錠した。


 部屋にはレネスとジットリアがいるだけだが、鉄格子の扉が大きく、部屋の中が丸見えの状態なので、二人きりという感じはしない。鍵を持っているナイルズは、念のためか、鉄格子から離れたところに立っていた。


 手枷を外してもらったジットリアは、自分で口枷の布を外した。


「お部屋を用意してくださって、ありがとうございます。……また、鎖の長い足枷をするのですか?」


 昨日、野営地で宿泊した際は、長い鎖のついた足枷で天幕の柱につながれていた。ここでも同じようにするのかと尋ねたが、レネスは首を横に振った。


「いや、牢の中では自由にしてかまわない」


「いいのですか!」


 ジットリアの声が思わず弾んだ。今のジットリアは、手枷も足枷もつけていない。このまま部屋で過ごせるなら、今度こそ服を脱いで入浴することができる。


 嬉しそうなジットリアを見て、レネスが不可解そうな表情をした。


「驚くことはない。窓からは逃げられないし、鉄格子には簡単に壊せないよう魔法がかかっている。すぐれた魔術師でも、ここから逃亡するのは不可能だろう」


「部屋の中を見てもいいですか?」


「かまわない。よく調べてくれ」


 レネスの許可が出たので、ジットリアは部屋の中を歩きまわった。


 細い窓は頭くらい通りそうだが、関節でも外さない限り肩から先は通りそうにない。唯一の出入り口である鉄格子の扉は、隙間がせまい上、破壊できないよう魔法がかけられているという。


 ジットリアは、鉄格子をつかむと揺すってみた。


 部屋の中がよく見えるほど格子が細いが、見た目以上に頑丈で、押しても引いてもびくともしない。そうしてレネスが言った通り、鉄格子とそれが嵌まった仕切り壁には、強い魔法がかかっているのが感じられた。ジットリアの魔法でも壊せそうにない。とても古く、かなり頑丈な魔法だ。


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