25 虜囚の居所
黙り込んだジットリアを見て、レネスが不審そうな顔をする。ジットリアに言葉を続ける気がないと判断すると、ミリアンに顔を向けた。
「無理を聞いていただき、助かりました」
「このくらい朝飯前よ。報告書は、明日の昼までに届けるわ」
ミリアンが言うのを聞いて、ジットリアは身を固くした。
報告書というのは、おそらく今回の診断結果のことだろう。自分の体についての詳細をレネスに知られたくないが、不満を口にできる立場ではない。もし言えたとしても、職務上知る必要があると却下されるだけだろう。
うつむいているジットリアの耳に、レネスが答える声が聞こえた。
「報告の必要はありません。軟膏や飲み薬があれば、こちらで管理するので指示書と一緒によこしてください」
ジットリアが顔を上げると、気づいたレネスと目が合った。
「その方が、あなたも医務官に話しやすいだろう」
ジットリアが嫌がっているのを察し、それで断ってくれたらしい。ジットリアは安堵し、それからレネスの配慮に感謝した。
「……はい。ありがとうございます」
「礼を言われるようなことではない」
無表情でレネスが言い、ミリアンの方を向くと仕事の話をし始めた。
ひょっとしたらと、ジットリアは考える。ジットリアの気持ちに配慮したのではなく、その方が正直に話すだろうと、合理的に判断しただけかもしれない。レネスにとってジットリアは、裁判まで生かしておきたい虜囚というだけの存在で、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
レネスとナイルズに付き添われ、ジットリアは医務室を出た。手枷と口枷をつけられたが、足枷は必要ないと言われてほっとする。鎖がからまって転びそうになるし、床に引きずる音で人々の注目を浴びて恥ずかしいからだ。
ミリアンが朝晩塗るようにと軟膏を出してくれたが、当然のようにレネスが受け取り、中身を確認して腰に下げた物入れに収めた。蜂蜜入りの軟膏だったのだろう。
「あなたの身の安全を考え、警護しやすい場所に部屋を用意させた」
廊下を歩きながら、レネスが説明した。
「本来であれば、あなたの身柄は拘置所に置くべきだが、人の出入りが多すぎて身体検査ができない。衛兵隊長と相談し、使用していない建物をあなた専用の拘置所にすることにした。そこなら、身元が確かでない者が入り込むのをふせげる」
「うーくひゃんのどやごんは、おくをもらえていたのえすか?」
ジットリアは尋ねた。
そこまで厳重にするということは、ルークのドラゴンの一件が、不慮の事故や病気ではなく、仕組まれたものだという確証を得たのだろう。果たして、レネスはうなずいて返した。
「森で発見した時には、すでに息絶えていたそうだ。胃の内容物を採取して検査を行った結果、興奮剤の過剰摂取が原因だと判明した。無論、そんなものは誰も与えていない」
「どやごんがあわいそうえふ……。うーくひゃんは?」
「すでに戻っている。あなたに会いたがっていたが、面倒なので居場所を教えなかった。会いたいか?」
「そえよいも、うーくひゃんのみあひんぱいえふ」
「ルークのドラゴンが狙われたのは、あくまであなたが同乗すると思われていたからだ。今は交代制をとっているし、警備も強化している。要塞内で思い切ったことはしないと思うが、簡単にあきらめるとも思えない。あなたも、自身の身辺には気を配って欲しい」
錯乱したドラゴンが森に落ちていく姿を思い出し、ジットリアは身震いした。いずれ処刑される身だが、不意を突かれて殺されたりはしたくない。
二人のやりとりを聞いていたナイルズが、感心したように言った。
「レネス様。彼女の言っていることが、よくわかりますね」
「すべて聞き取れているわけではない。半分は勘だ。聞いている内に慣れてくる」
「おへふうをおかけひて、もうひわけあいまへん」
「レネス様、今のは?」
「手間をかけさせていることをわびている」
「あい」
肯定の印にジットリアが頭を上下させると、ナイルズが目をぐるりと回して見せた。
「俺には筆談でお願いしますよ」
建物や回廊を抜け、やがて広けた場所に出た。
波音が近いことから、海に突き出した要塞の端だとわかる。向こう側に高い城壁がそびえ、建物と城壁の間には武器などの運び入れを想定した広場がある。その片隅に、城壁と夜空を背景にして高い塔がそびえ立っていた。
要塞にある他の建物と同様、装飾を剥ぎ取られた簡素な外観をし、夜空の星々を切り取って黒い輪郭を浮かび上がらせている。城壁の倍ほどの高さがあり、一階から最上階まで、点々とある小窓から薄く灯りが漏れていた。
歩きながらレネスが説明したところによると、王政時代は貴人の軟禁場所として、その後は監視塔として利用されていたが、別の場所に新しい塔が建てられてからは使われなくなった。取り壊す予定が上の判断で凍結され、現在は王政時代と同じ「星見の塔」と呼ばれて放置されているという。
塔に入ると、そこは吹き抜けの広いホールになっていた。
左手に衛兵の詰め所、中央に巨大な石柱が立ち、石柱に巻き付く形で長い螺旋階段が続いている。階段は石柱の壁にならんだ燭台の光に照らされ、階段の端から塔の壁までは広く空間があいている。
簡素だった外壁とは違い、内側の壁には、金色の塗料で星々や星座が描かれている。これらが塗りつぶされていないのは、芸術としてではなく、天文学の資料として実用性があるからだろう。
レネスが手続きをする間、ジットリアとナイルズは詰め所の外で待っていた。詰め所にいる衛兵は五人で、暗赤色の軍服の上から胴鎧と籠手を身につけている。
やがて、牢の鍵を持ってレネスが出てきた。
「私が虜囚を連れて行く。同行の必要はない」
「了解いたしました」
返事をした衛兵が直立の姿勢をとると、他の兵も同じようにする。整列した兵達の前を通ったジットリアは、こちらを見ている兵達の視線に気づくとびくりとした。
ここにいる兵達と、以前に会ったことはない。だが、その視線には覚えがあった。
スレーン国の兵達が、まったく同じ目をしてジットリアを見ていたからだ。同じ人間ではなく、自分より劣った生物を見るような、軽蔑とさげすみの視線。寝藁の敷かれた檻や、粗末な食事を思い出し、ジットリアは呼吸が苦しくなる。顔を伏せると、急いで兵達の前を通り過ぎた。




