24 エドガーの悪ふざけ
ジットリアは、ごくりと唾を飲みこんだ。
料理は美味しそうだが、どれも、とんでもない量が盛られている。
大きなパンが六個もあるし、スープは縁までなみなみ注がれ、葉野菜とニンジンのサラダは器が見えないほど盛大にはみ出している。
メイン料理であるひき肉とチーズの重ね焼きは、ミリアンの皿の方は、四角く切られて具材の層が見えているが、ジットリアの皿の方は山の形をしている。ブロック状のまま積み上げようとした形跡があるが、失敗したので山型に切り替えたようだ。綺麗な層は見る影もなく、具材とソースの混ぜ焼きと成り果てていた。
ジットリアは両手をにぎりしめると、エドガーの方を振り向いた。
お腹は減っているし、食べ物の好き嫌いもないジットリアだが、長年にわたる粗食のせいで胃袋はあまり大きくない。こんな量は食べられないし、詰め込んだところで大量に残してしまうだろう。料理がもったいないし、作った人に申し訳がない。それもこれも、エドガーの悪ふざけのせいだ。
「エドガーさん、あんまりです!」
「あなたのために苦労して運んできたのに、なじられるいわれはありませんね」
横を向いてエドガーが言うと、隣にいるナイルズが渋い顔をした。
「お前、さっきからニヤついてたのはこのせいか。本当にいい性格してるな」
「ニヤついてなどいません」
「こいつ、すました顔して子供みたいな悪戯するんですよ」
「エドガーさん! 食べ物で遊ぶのはよくないと思います!」
ジットリアが強く言ったところで、ミリアンが手を叩いた。
「まあまあ、冷めてしまう前にいただきましょう。ためしに手をつけてご覧なさい。案外、ぺろりと行けてしまうかもしれないわよ?」
ジットリアは、絶望的な目でミリアンを見た。どの料理も、どうやってこぼさずに運んできたのか不思議なほどの盛り付けをされている。目の錯覚でもない限り、一人で食べきれる量ではない。
「――ミリアン先生」
情けない顔をするジットリアを見て、ミリアンが吹き出した。
「あらやだ、ほんの冗談よ。食べられる量だけ、食べればいいのよ。残飯と調理ごみは、捨てずに肥料や家畜の餌にするから気にしなくていいわ。食事の量が足りないと兵達の士気が落ちるから、毎回、余るぐらい作るのよ」
残した料理も無駄にならないと知り、ジットリアはほっとする。背後でエドガーの舌打ちが聞こえたが、気にならなかった。
サラダを少し、スープを少し、パンを一個と、重ね焼きを一人前食べたところで、ジットリアは満腹になってフォークを置いた。もっと食べたい気持ちはあるが、お腹がいっぱいで一口も入らない。がっかりしながら残った食事を見つめていると、医務室の扉が開いてレネスが入ってきた。
ロングコートのような丈の長い黒い軍服に、細身の剣を腰に佩き、すらりと背の高い姿は、兵士というより夜の国の皇子のようだ。医務室を見回したレネスは、空きベッドに腰掛けているエドガーを見ると、片方の眉を上げた。
「ナイルズと交代して、休むよう言ったはずだが?」
なぜ、まだいるのかと言外に尋ねる。声に非難がにじんでいるのは、休むことも仕事のうちだからだろう。エドガーとナイルズが、そろって立ち上がった。
「ミリアン先生から、頼まれ事をされたもので。今から休もうとしていたところです」
「頼まれ事?」
「はい。お二人の夕食を運んでくるようにと」
そう言って、エドガーがミリアンに視線を向ける。食事を終えていたミリアンは、椅子の背にもたれながら面白そうに唇の端を上げた。
「ええ、そうなの私が頼んだのよ。ありがとうエドガー、助かったわ。ついでにもうひと仕事、食べ終えた食器を返却しに行ってくれるかしら?」
「私はたった今非番になったので、それはナイルズにご命令ください」
「お前、ふざけるなよ!」
ナイルズが小声で文句を言うが、エドガーは聞こえないふりをしている。
何かを察したらしいレネスが、ミリアンとジットリアがいるテーブルに近づいた。ジットリアの前に置かれた、ジットリアが一人分食べて減らしたにもかかわらず、なお山盛りになっている料理を目にすると、軽く目を見張った。
「――エドガー」
「奴なら、もういません」
レネスとジットリアが同時に振り向くが、そこにはナイルズがいるだけだ。エドガーの姿はどこにもない。どうやってか、音もなく扉を開けて出て行ったらしい。レネスはあきれた顔をしてから、ミリアンに視線を向けた。
「あとで取りにこさせます」
「ええ、そうして頂戴。エドガーをかばうわけじゃないけど、私がこの痩せっぽちにたくさん食べさせると言ったせいなの。次からは、もっと細かく指示を出すことにするわ」
ミリアンが言うのを聞いて、ジットリアはレネスを見上げた。
「ミリアン先生は、きちんと三人分とおっしゃいました。ミリアン先生が一人分で、私が二人分です。ですが、エドガーさんが運んできたのは、ご覧の通りです。レネス様は、これが何人分に見えますか?」
ジットリアは両腕を広げると、最初の状態と比べて、少しも減っているように見えない山盛りの料理を示す。レネスは、考えるように目を細めている。
「二人分には見えないな。減り具合がよくわからないが、もういいのか?」
「はい。お腹いっぱいいただきました」
「ならいい」
「よくありません。こんなに残してしまって……」
「残した食事について、あなたが気にする必要はない。だが、気になると言うのであれば、少しでも多く口に運べ。ミリアン医務官の言うように、あなたの今の状態は健康的とはとても言えない」
「ですが……」
言いかけたものの、ジットリアは言葉を飲み込んだ。
レネスがジットリアの身を案じるのは、裁判を受ける前にジットリアに死なれては困るからだ。だが、少し食べる量を増やしたところで、健康になるとは思えない。腕のケガのこともそうだが、レネスは神経質すぎるのではないだろうか。




