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23 黄色い髪


 全部脱げと言われたジットリアは、驚いて目を丸くした。


 宮廷魔術師の試験でも身体検査を受けたが、その時も全部脱げとまでは言われなかった。公衆浴場(こうしゅうよくじょう)にも行ったことがなく、母親とメイドをのぞけばジットリアが誰かの前で裸になったことは一度もない。たとえ医務官の指示だとしても、全裸になるのは抵抗があった。


「……あの……でも……」


「意地悪で言っているわけではないのよ。ノルゼイン指揮官がついていたなら大丈夫だと思うけど、抵抗できない虜囚に暴行をくわえる卑劣(ひれつ)な兵もいるから。本人の申告だけでなく、自分の目で確認することにしているの」


 そう言いながら、ジットリアの左頬と腕についた(あざ)に目を向ける。レネス達が、これをしたと疑われている。そう受け取ったジットリアは、青くなりながら説明した。


「これはスレーン国で負わされたもので、アデリス国に引き渡されてからは、酷いことは何もされていません! レネス様も、ルークさんもエドガーさんも、とてもよくしてくださっています。暴行どころか、薬をくださって、包帯も巻いてくださいました。本当です。嘘ではありません!」


 レネス達の名誉を守るために必死で言うと、ミリアンがわかったという風に手を上げた。


「あなたの言葉を信じるわ。ノルゼイン指揮官が目を光らせてくれたようね」


「はい。レネス様は立派な方だと思います」


「それはそれとして、何もされてなくても診察は必要よ?」


 やはり脱ぐしかないのか。ジットリアが泣きそうな顔をすると、ミリアンがため息をついた。


「あなたがうちの兵なら引っぺがすんだけど、貴族のお嬢様に無理強いはできないわね。脱がなくてもいいけど、上はめくらせてね」


 不満を隠さずにミリアンが言う。医務官として、隅々(すみずみ)まで診察したかったようだが、ジットリアの意志を尊重することにしたようだ。


 ジットリアは、ほっとしながらうなずいた。指示されるまま、後ろを向いたり、口を開けたりして一通りの診察を受け、最後にミリアンが形式的な口調で尋ねた。


「ここが痛いとか、苦しいとか、自覚症状があったら教えてくれる?」


 すぐには言葉が出ず、ジットリアは黙り込んだ。


 以前のジットリアなら、即座(そくざ)に「ない」と答えただろう。ジットリアは、アデリス国の重要施設を破壊し、裁判を待つ身の虜囚だ。その裁判でさえ、死刑となるのはほぼ確実ときている。そんな者が、我が身の健康を気にしたところで何になるだろう。


 だが、腕のケガを隠していたことを知ったレネスは、医務官には正直に話して処置を受けて欲しいと言い、ジットリアは「はい」と答えてしまった。ここでまた不調を隠し、それをレネスに知られたら。約束を破ったジットリアは、今度こそレネスの信用を失ってしまうだろう。


 思惑があるとはいえ、レネスはジットリアの身の安全をはかり、快適に過ごせるよう配慮してくれている。レネスに頼めば、処刑の方法を縛り首にしてくれるかもしれない。苦痛が長引く火あぶりや、頭がなくなってしまう斬首は、ジットリアの望むところではなかった。


 ジットリアは、口ごもりつつ答えた。


「その……長い馬車移動による体の痛みと……それから……」


「それから?」


「この髪なんですが……朝起きたら、髪の色がすっかり変わっていたんです」


 黄色い髪を指さして言うと、ミリアンが興味深そうな表情をした。


「本当に? 生まれつきではなく、自分で染めたのでもないの?」


「はい。こういった症状が出る病気に、心当たりはありませんか?」


「ちょっと近くで見せてくれる?」


 ジットリアが頭をさし出すと、ミリアンは立ち上がって黄色い髪を観察し始めた。前髪を上げて生え際を確かめ、三つ編みを手にとって毛先を見る。ジットリア自身、何度も確認したので知っているが、生え際から毛先まで、他の色が混ざることなく真っ黄色をしている。


「精神的ショックで白髪になった、という話は聞いたことがあるけど、黄色は聞いたことがないわ。眠っている間に、友人の悪戯(いたずら)で染められたという可能性は?」


「そんな悪さをする友人はいません」


 修行時代ならともかく、髪がこうなってしまった時には、王宮内にある宿舎で寝起きしていた。扉には鍵をかけており、鍵はジットリアのほかには宿舎の管理人が持っているだけだ。管理人が手引きでもしない限り、誰かが侵入することはできない。


 説明を聞き終えたミリアンは、考えこみながら椅子に腰を下ろした。


「髪を少しもらってもいいかしら?」


「はい。もちろんです」


 ジットリアが三つ編みをほどくと、ミリアンが(くし)でジットリアの髪をとかし始める。櫛にからんだ黄色い髪を数本抜き取ると、ガラス瓶の中に入れて机の上に置いた。






 診察を終え、ミリアンとジットリアが最初の部屋に戻ると、エドガーともうひとり、見覚えのない男がベッドに腰掛けて話をしていた。


「あらナイルズ。足の具合はどう?」


 男に向かい、ミリアンがそう尋ねた。


 この人がレネスが言っていたエドガーの交代要員かと、ジットリアは男を見る。年齢は二十代後半ぐらいで、まぶたのくっきりした面長の顔立ちに、錆色(さびいろ)の髪と砂色の目をしている。レネスより年上のようだが、この人も部下であるようだ。


「おかげさまで、ここ何日かは調子がいいです」


 気楽な調子でナイルズが答えると、ミリアンが両手を腰に当てた。


「よかったわ。でも油断は禁物よ。完治するまで無理しないようにね」


「わかっちゃいるんですけど、仕事があるんですよ」


 ナイルズが肩をすくめたところで、エドガーが立ち上がった。


「先生のご希望通り、食事を三人分持ってまいりました!」


 食事と聞いて、ジットリアは背筋をのばした。


 そういえば、どこからか良い匂いがしている。匂いをたどってテーブルを見たジットリアは、置かれた料理を目にしてぎょっとした。


 ひとつのトレーには普通の食器に一人分の料理が、もうひとつのトレーには、同じ食器に大量の料理があふれんばかりに盛られていたからだ。ミリアンが二人分詰め込むと宣言していたが、どう見ても二人分以上ある。その証拠に、一人分の方には二個しかないパンが、大盛りの方には六個も積まれていた。


「ありがとう、エドガー。では、いただきましょうか」


 礼を言ったミリアンが一人分のトレーの前に座ったので、ジットリアに選択の余地はなくなった。


 レネスの隊では、外での身バレ防止の目的で名前呼びをしていますが、ナイルズは本人の希望で名字呼びになっています。フルネームは以下の通り。

レネス・ノルゼイン

ルーク・ランケッシュ

エドガー・ハーウェン

イーサン・ナイルズ

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