22 診察室
先を行くエドガーのあとを追い、ジットリアは要塞の廊下を進んだ。
音が鳴らないよう手枷の鎖をつかんでいるが、足枷の鎖はどうすることもできない。ジットリアが歩くたび、足枷の鎖が床に当たってじゃらじゃら派手な音を立てた。
当然のことながら、青いドレスに黄色の髪をして、手足に枷と口枷をくわえた者などジットリアの他にはいない。行く先々で人々が足を止め、ぎょっとした表情をすると道を空ける。エドガーにそれが噂の魔女かと尋ねる者もいたが、エドガーは「急いでいますので」と言って相手をしなかった。
ようやく医務室にたどり着いた時、ジットリアはぐったりしていた。広場を出てから数十分しか経っていないが、何時間も歩いたように疲れ果てている。
スレーン国での移送中は、荷台が檻になった馬車に乗せられ、道行く人々から軽蔑の視線を向けられていた。その時は目を閉じることで現実逃避していたが、今回は逃げ場がなかった。見知らぬ人々に奇異の目で見られ、噂話をされることが、このように恥ずかしく、神経をすり減らすものとは思ってもみなかった。
「おや。案外と、気が小さいんですね」
落ち込んでいるジットリアを見て、エドガーがへっと言って笑った。
言い方といい表情といい、下町の悪ガキそのもので、さすがのジットリアも怒りが湧いた。要塞は広く、建物も通路も入り組んでいる。エドガーにその気があれば、人の少ない通路を選ぶこともできたはずだ。
「わわと、ひとのおおいとこをえあびまひたえ!」
「何を言っているのかわかりません」
しれっとして言うと、エドガーは医務室の扉を開けて入って行く。ジットリアは、ため息をつくとエドガーのあとに続いた。
医務室と言っても一時的な処置をする場所であるらしく、片側の壁に薬品と医療器具の棚があり、反対側の壁にベッドがひとつあるだけだ。それとは別に診察室があるようで、奥の扉が開いてひとりの女性が姿を現した。
年齢は六十代ほどだろうか。半分白くなった髪を首の後ろでまとめ、ゆったりした白い制服を身につけている。ジットリアを見るなり険しい表情を浮かべ、すたすた歩いてくると、二人の前で立ち止まった。
「ミリアン先生。虜囚を連れてまいりました」
ジットリアを示しつつ、エドガーが言った。
それではこの人が、レネスが言っていた医務官なのかとジットリアは女性を見る。眉をひそめたミリアンは、ジットリアを頭からつま先まで眺めている。それでも足らずに、じろじろ観察しながらジットリアの周囲を歩き始めた。
「この背中とお腹がくっつきそうな体は、綺麗なドレスを着こなすためにそうしているの?」
痩せすぎた体を指さし、非難する口調でミリアンが尋ねた。
ジットリアは、まばたきをした。
確かに、流行のドレスの腰はどれも細く、着こなすために減量にはげむ女性は多い。だが、ジットリアはそうではない。修行時代は食料を買うお金がなく、スレーン国で逮捕されてからは、パンと水の食事しか与えられなかった。満足に食べられない境遇にあっただけで、望んでこうなったわけではない。
口枷をしたジットリアが首を横に振ると、お腹がぐううと鳴った。昼に軽食が出されたが、命を狙われたことが頭を離れず、ほとんど喉を通らなかったのだ。ジットリアは、しょんぼりすると両手をお腹に当てた。
「レネス様から、この虜囚は不調を隠して悪化させる癖があるとの言伝です」
真面目くさった表情でエドガーが報告する。ミリアンは目を上に向けると、あきれ顔で口を開いた。
「……なるほど。困ったお嬢さんだというわけね。エドガー、食堂に行って三人分の食事を持ってきてくれる? 夕食には少し早いけど、私の指示だと言えば、用意してくれるはずだから」
「三人分と言われましても、私の腕はふたつしかないのですが?」
無邪気な表情でエドガーが返すと、ミリアンは片手を口に当てた。
「嫌だわ。そのお利口さんの頭を使えばいいじゃない」
「……何か手段を考えるとしましょう。ところで、その三人分の中には私も含まれていますか?」
エドガーが尋ねると、ミリアンは何を言っているのといった顔で、自分とジットリアを順に示した。
「いいえ。私の分と、この痩せっぽちに二人分詰め込むのよ」
エドガーから枷の鍵を受け取ったミリアンは、診察室の扉を開くとジットリアになかへ入るよう言った。部屋のなかは、入口の脇に机と二脚の椅子があり、衝立をはさんだ部屋の半分には、薬品棚と書棚が整頓して置かれている。
「枷を外すから、そこに座って」
背もたれのない丸椅子にジットリアが腰掛けると、ミリアンが枷を外し始める。枷の内側に張られている革の状態を確かめ、次に枷がこすれていた部分の肌を観察した。
「ちょっと肌が荒れてるわね? 新しい革に張り替えるよう言っておくわ。口のを外して、服を全部脱いでちょうだい。待っているから、急がなくてもいいわよ」
そう言うと、ミリアンは机に向かって書類仕事を始めた。
ジットリアは椅子から立ち上がると、着ているものを脱ぎ始めた。服がゆるいため、背中のホックを外すのもひとりでできる。口枷と腕の包帯も外し、シュミーズとドロワーズ姿で椅子に座ったところ、振り向いたミリアンが首を横に振った。
「ダメよ。全部脱いでと言ったでしょ。それとも、その下着はあなたの体の一部だとでも言うの?」




